2020年09月05日

コーチえのもと(17)

365かける2といくらかの歳月をかけて毎日まいにちコーチえのもとがぼくらに教えたことはテニスであるとばかり当時は思い込んでいた。

ぼくの練習メニューの1つめだったスマッシュは250本が日課だった。1本でもネットにかけたり的から外したりしたら1本目から数え直しだった。

彼は打ち方についてしゃべりかけながらぼくらにたくさんすぶりをしてみせた。

スイングや身体の動きに関してはゴルフと野球と卓球の話が多かった。
テニスもゴルフも野球も同じこと、というのが彼の持論だった。

クラブとバットとラケットで身体の使い方が同じだという彼の理論が正直なところ、ヴォクは今でもよくわかっていない。


彼はぼくらにてっきりテニスを教えてくれているのだとばかり思ってた。
でも違った。

いまになって思えばそんな技術的なものではなかった。すぶりにごまかされていた。

実際彼が球出し以外ではラケットをもつことはなかったし彼はテニス初心者でフラットにラケットを持つことすらしていなかった。カットボールしか受けた記憶がない。

彼のベンチにはテニスの本が置かれていて、彼が折り目をつけたドッグイヤーのページを開いて確認するシーンを目にすることは少なくなかった。

彼は一日の終わりにはいつも筋肉痛だったんじゃないか。
あんな下手くそな手打ちで何百球千球も球出しのため打っていたら肘も肩もがいたくなったに違いない。そのそぶりすら見せなかったけれど。


彼はぼくらにいったい何をしたかったのだろう。
その問いがいつものように気になって仕方がない。


耳にタコができるくらい聞かされた「30になったらわかるからやれ!」の言葉を信じやったが、わかるまでに15年も必要なかった。

18歳になるまでにはそれはもうぼくらの信念になっていたんだ。

成し遂げるための方法がそのことを除いて他になにひとつないということは、もはや疑いようのないくらいにまでしみついていた。

コーチえのもとはぼくらにテニスを教えてくれた(ように見えていた)。
そしてすべてを教えてくれた。
ついでに少しだけ筋骨たくましくもしてくれた。

コーチえのもとは、ひとつの物事に打ち込むことをぼくらに教えてくれたんだ。
ボールの打ち方なんてもんでなく。

きっちりやるか、やらないか、どっちかしかない。やるならやれ、俺は半端はひとっちゃすかん。えのもとのやり方はいつの間にかぼくらの中に染み込んでいたんだ。

夏休みになると練習はいよいよ本格化した。練習スケジュール表などというものはない。休みという文字はコーチえのもとの辞書に存在しなかった。

雨のたまる日以外は朝6:00からボールが見えなくなるまで毎日外のコートで練習、大雨でコートに水たまりが多い日は自主練を体育館でやった。
夏が来るとまだ暗い空の下、自転車をこぐ田んぼのあぜ道の記憶があの草の匂いとともによみがえる。

帰りはもっとまっくらでハンドルが曲がってライトをうまくさせずよく田んぼに落ちた。足ががくがくで自転車をこぐ力も弱々しい。

ほっとするのは12:00から12:40の休憩のときだけだった。
喉がかわきすぎておにぎりひとつ食べるのがやっとで繰り返し繰り返しポカリスウェットを飲んだ。
そして階段の陰で空を見上げた格好のまま目を閉じてとにかく休んだ。
もうこのままずっと休憩だったらいいのにと思っても時刻になると学校のどこに寝ている部員にも聞こえる大声で「集合〜〜〜」の声をかけねばならなかった。

コーチえのもとがぼくらに挑んだ闘いは夏の猛練習だった。

一日経つごとにぼくらはたしかにうまくなった。

あのときだ。練習すればするだけ絶対にうまくなるということに気がついたのは。練習では足がもつれて倒れてばかり、本番大会の試合が楽に思えたんだ。

家に帰りつくと地下から出る水のシャワーを頭にかけた。
まるでスイカを湧き水で冷やすみたいに長い時間水のシャワーを浴びた。

夏休みに、部員の全員がテニスのフォームが同じようになり程度の差はあれみなうまくなった。
程度の差はあれみな真っ黒の肌になった。

夏の試合でも、日により焼けているチームが勝った。
あれだけ練習して負ける方がおかしいと誰もが気合でボールを打った。

負けるわけがなかった。

posted by ヒカリ at 05:55| Comment(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月17日

光推薦独学図書No.123 ニューアクションレジェンド plus シラバスだけあれば plus 定置網勉(8) plus コーチえのもと(21) plus 宇宙の果てまでいってキュー。plus 本を読むのに灯りをともさないの? plus チェリーセージの寄せ植え plus 1番店長 plus ブログのアクセス数

ある子に昨日見学している部活動を教えてもらった。その中にテニスという言葉があったがテニスにしてーとは間違っても言えない。ヴォクは選ぶ人ではない。
コーチえのもとはボールを長く運ぶことをくらやみトーク中にも練習中にも何度も何度も教えてくれた。
力だけで打ってもいい球は打てんぞ。
ボールを長く打ちなさい。
ボールを押し出すようにラケットを長くボールにつけなさい。

力積という物理の言葉こそ彼は使わなかったが高校生になって物理の教科書でそれを知ったときにこのことだったのか!と知った。

ラケットのフォロースルーを大きくとって前に押し出すようにもラケットを運ぶ選手の球は方向もスピードも回転もすべてがよかった。

ラケットで長い距離ボールを運びなさい。ラケットで運ぶ時間は長くとりなさい。のちに落合の超野球学の中でも読むことになったわけだが、当時はそれらの理屈が運動方程式や仕事(力の距離的効果)や力積(力の時間的効果)と関係していただなんて気づきもしなかった。ただなんとなく物理的身体的にそうするとうまくいく原理なのだと感じるだけだった。コートの上では数式や計算がなかった。数式による証明を体験することはなかった。
長く打つのと短く打つのを交互に試すと必ず前者の方がよい球がいった。テニスに数式はいらなかった。飛んだボールの速さと勢いとが何よりの証明だった。頭で考える必要がなかった。そうした方がいいということは直感的に納得することができていた。あまりにいい球が行くのでなんでそうしたらいいのかまでは考えられなかった。コーチえのもとが言うことに疑問を持ったことなどただの一度もなかった。あの頃の純真をヴォクは今も持っているのだろうか。

なぜそうするといい球が行くのかまで根拠などはわからなかったがとにかくここは守れというコーチえのもとが毎日言っていたことだけは疑うこともせずとにかく守った。いい球が行くと身体が喜ぶ。疲れると無駄な動きなどできなくなった。無駄のない理にかなったコーチえのもとの伝える基本は身体に染み込んだ。

逆にボールをパンっと打つようなフォームやボールを瞬間的に打ち返すような打ち方はどうやってもできなくなっていた。
部員の全員がその基本を守っていたため、ヴォクらのラケットは回転しながらもボールを長くつかむような打ち方をした。

「壁をつくり駒のように回転しなさい。」
「インパクトの瞬間にだけ力をかけなさい。」
「ボールを押し出しなさい。」
ぼくらの頭の中はコーチえのもとの言葉だけで埋め尽くされていたんだ。

plus ヴォクの仕事はハンマー投げ
小さいときに会う。純真に純真で応えたい。螺旋状に会うたびに発見があってあってもあっても発見がなくて諦めずに螺旋運動できるように力を加えたり離したり話したり見たり見なかったりする。
期待に期待で応えたい。準備は複雑化してゆき目が周る。ときにこうをそうしときに無効になり、あるときは笑いあるときは泣いたりもして。
廻れまわれーよ、高く廻れ。
もういいか、まだか、そろそろいいか、まだか。
いつしか等速運動になっているときを夢見て力を加えて。

もう力は加えていないよ。
ヴォクは中心から引っ張っていないよ。
外に出て見ているだけだけれどもう等速運動しているのではない?
いまだ。いま手を離してももう遠くまで飛んでゆける。
さようなら。

plus 本を読むのに電子書籍が多くなった。若い頃は電気をつけてというのが大変であまり書きたくないがたしか前にここにも書いたが電気が布団をもやし焦げたりした苦い思い出もある。火事でなくてよかった。
電子書籍のメリットは電気がいらないこと。いらないといっても電子機器の方の電気を使うわけであるのだけど。
目に優しいモードもあってなんとも読書好きにはたまらない便利な時代になったものよ。
本は読んだ後にどこにしまうかが悩みで本棚がいくらあっても足りない。紙は重く、おもくのしかかることそれは大問題であった。

いまは本が身の周りには減った。それでも木の本棚を使わないということはないが、本棚にある書物が電子書籍でも読めるというのは何倍にも便利なところがある。
本棚がホームか電子書籍がホームか内容は同じだから合鍵と本鍵みたいなものでそのどちらもケースバイケースで使えるということが大助かり。

だいたい本が読みたいときには今すぐに読みたいわけでその場で1分後には端末に本があるというのが「スピード経営の思考」をもっとスピーディにしたようなものであって、速いの安いのうっまいのー、三拍子揃っている。
その上、試し読みや無料まであるときたらもう本パラダイスとはこのことだ。

plus 新しい版がkindleで出たのがうれしかった。思考力はセンスではないに同意する。Vが待ち遠しい。指定図書にしよう。NEW ACTION LEGEND 数学I+A(本編) ニューアクション

plus 寄せ植えしてみた。
題 「つる性用の登り竹と」
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うちの庭のローズマリーが茂っていい感じ。
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plus 開店以来お世話になっている床屋があるのだが、そこには店長の理髪師さん以外にも複数のスタッフがいて本来は指名ができない。朝一に万一1番をとっていない場合には順番に案内される。

基本的には自分の髪は自分でカット。これヴォク流。しかし、イチローのように切って欲しいときがある。そのような場合、ヴォクは朝早くにいって1番札をとっていつも店長さんに切ってもらっているのであるが、もし番号がずれた場合は本来は選べないのでどの人に担当してもらうのかは運である。
しかし店長さんは順番がずれた場合でも顔剃りタイムなどでうまく調整してヴォクのカットをしてくださる。
3mmのイチローでといっても、同じ3mmにもいろいろあるのでやっぱりヴォクは店長さんのカットがいい。
だからすごく助かっている。
余計な負担をかけないようしっかり1番札をとろうという話。

plus ブログのアクセス
たまに何か書くとあとでふと気になってアクセスを見る。シーサーはいろんなデータが無料で得られる。1日のアクセスが3000、5000とあるとまた何か書こうという気になる。かな。何でも見られるってことはありがたいこと。
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plus 英語の学習法
英語の読解の学習法を伝えるときにヴォクがいつもやる伝え方がある。
目の前で子どもの持っている英文ページをどこか適当に開いて一回音読する。子どもはただ見て聞いている。
今度は紙を子どもに渡してヴォクは紙をみないで目隠しして英文を読む。
A4用紙ジャスト1枚分くらいを全部スラスラ言うだけ。
次に本を机に置く。
その上に消しゴムを8つくらい適当に紙の上に投げる。
消しゴムがたくさん集まっているところで英文を消しゴムが隠したままでもヴォクが読む。
消しゴムの下にあった英文があっているか消しゴムを取り去りながら。
やり方はかんたんで反復に鍵がある。語学が得意になる方法のひとつ。

plus 本を読んで独学するのと授業を聞いて勉強するのとで最大の違いは前者が自分の知りたいことに焦点をあてるということである。

したがって読み勉のときにはスピードも読み順も変幻自在、へーと頷いたりそっかーと感動してため息をついたりやったーと2年考えてわからなかった疑問点が書物に書かれていて読んでわかって氷解し感動の渦と波とに包まれるなんていうこともある。海の真ん中でとったどーと叫ぶような感じ。
この感覚や体験が重なるにつれ教科が得意になってゆく。

授業というものは教える人の目的にしたがって進行するのに対し本を読む場合には書き手の想いもさることながら読み手の思いで決まる部分が大きい。

本を読むときは期待してじっくりと味わいながら読むといい。ものすごい書物には定置網のように仕掛けと創意工夫が張り巡らされている。
よく読めば得られるものは計り知れない。(定置網勉つづく)

いまは社会人になっている光子でこんな子がいた。
彼は夜に本を2、3冊読んでから寝る子だった。
読む子は育つという言葉は彼を見て思ったことなのだが、彼曰く眠れないときは時間がもったいないからとにかく本を読んで過ごしていると。
村上春樹から受験参考書から雑誌の類まで床について(go to bed)から眠りにつく(go to sleep)までの間に本を数冊読んでいるということだった。
高校では学年の成績はトップ校でもほとんど全部1番で全教科が得意だった。
読む勉強は自分のわかるものを選んでおもしろい順に進めることができるのでハマっても違う本に移行すればよいだけで止まらない、結果進むすすむ勉強が進むという感じだったようだ。

読み勉には良い点が多いがひとつに速く進むということもある、そんなことを彼を見ながら思った。

plus
小学生の時以来、千葉から片道90分かけて来ている光っ子。東葛飾高校のシラバスをもってきてくれた。毎回写真でいいというのにわざわざ製本なさってくださった。サイン入り。シラバスさえあれば学習は自分で組み立てやすくなる。最重要資料なのでありがたい。
入学予定の大学の入試科目を見つめると普段何をしたらよいかが見える。
高校のシラバスを見たら試験ごとにどこを強化しておけばよいかわかる。
シラバスより貴重なバスはない。ほかのバスもないけど。

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ほなね。
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2019年03月18日

小学生の映画英語1.2倍速 plus makuakeで買った電動水出しアイスコーヒー plus 鉛筆ホルダーを好きなウッドから切り出す plus 奇偶勉 plus 英語リーディングの奥義 plus コーチえのもと(20) plus 猿丸兄さんの技 plus GDrive 2TB

コーチえのもとは練習後にえのもとになったんだ。
整列、礼、「お願いしまーす。」

カチカチっ、すー、ぷかー、「優勝する学校も準優勝する学校もテニスのうまさは変わらん。優勝するかしないかは最後の大事な場面を迎えたときにとるかとらんかで決まる。そのときをイメージして普段からボールを打ちなさい。その球が打てれば相手が打ち返せない、そういうボールを打つ気持ちで全部の球に向かいなさい。球はお前たちは誰よりも多く打っとる。それは間違いない。太陽のあるとき全部練習時間にあてとって、雨の日に素振りもずっとしとる。俺は全部の学校を見てきたからわかる。ライトの下で夜まで練習している学校はなかど。だからお前たちが練習量はもう一番多い。それから回転数。お前たちは一時間あたり打つ球数が多い。ぐるぐる回転しながらどんどん打つから球を打つ数も多くなっとる。それでも負けるとしたらイメージしかない。回転して列の後ろに並んで次のボールに備える間に試合本番の最終セットをイメージしなさい。アドバンテージを相手にとられて後がないときにボールが来て逃げずに自分のボールを打ち切るときをイメージしなさい。テニスは足でするというのは技術の話や、本当はテニスは気でするんや。気合いで打ちなさい。わかったか。

一同「はい。」

その話はリピートで毎晩30分くらい続いた。
ボール拾いもコート整備も終わった何もないまっくら闇のコートの上では前にいる選手の白いシャツの白みだけがうっすらとした色をもっているように見える。ほかのものは暗くて見えない。松林の風で揺れる音、鳥の声、そしてコーチえのもとの声しか見えなくなった。

ぼくらの頭はコーチえのもとの声で作られたんだ。


plus プロゴルファー猿
わいわさるやー プロゴルファーさるやーのプロゴルファーの話。
彼がすごかったのは旗包みなどの技は言うまでもなく、まずもってゴルフの道具 ウッド の素材となる木を探す 木を掘り出す 木取りするところから始めていたところ。あの漫画をはじめて見た少年時代、なんでも自分でやってみるもんやなーと感動した。

憧れてウッド一本でコースを回った人は少なくあるまい。

plus 2TBのクラウドのドライブ(google drive略してググルのgドラ)に全部の過去問35年分程度を保存しているのだが、光子が何かを質問する場合、問題と解答と答案(とくに誤答に至った考え方)も添付するように頼んでいるので出先でそこまでたどるという必要がなくなっている。アップルノート丸一台を持ち歩かなくて済むからと思い長く利用してきたが、いまはiPadのgoodreaderに収納している分で十分に足りるようになっている。念のために保存するのにもクラウド以外にも、

Transcend USB3.1 2.5インチ スリムポータブルHDD M3シリーズ アイロングレー 1TB TS1TSJ25M3Sと

Seagate 1TB TV 録画 ポータブル 外付 HDD 4K テレビ PS4 対応 2.5 ハードディスク USB3.0と

I-O DATA 外付けHDD ハードディスク 4TB テレビ録画 TV接続ガイド付 PS4 Mac EX-HD4CZにもトリプル保存している。

クラウドの方は不要なのかもしれない。ヤフージオシティーズもなくなってしまうことだしここでクラウドドライブも整理してなしにしようかと思っている。勢いで消してあとでやっぱりとなったことは少なくないので30日寝かせることにする。保管方法には慎重主義。年契約を解除するか継続するか悩み抜こう。

誤答に至る考え方のない質問には一切答えない。
自分の考えもないのに質問するなんて何の意味もない。

plus この春に大学に進学する卒業生が本をどっさり持ってきてくださった。
書き込みの文字が読みやすいというその一点だけで価値が計り知れないのだがさらに、問題との格闘記録がありがたい。ある数学の分厚い問題集を見ると、ある問題では、

9/6 × 
9/8 ×
9/10 ×
9/14 ×
9/16 × 東大整数のパターン確認
9/18 △ 最後に確かめをしていなかった
9/20 ○ とけた 60分かけてしまった
9/22 △ 方針よし イコールを省いた
9/26 ○ 
9/28 ○
10/28 ○
2/18 ○
(原文まま)

とある。偶数日ばかりなのには深い訳があるようだ。解き直しをする日は整数の2倍の日を数学の日とすると決めていたのか。本人が高校2年生だった頃に曰く、奇数の日には新しいのを予習し、偶数の日は復習する日にあてていると。
どの問題をどれくらい解いていたのかがよくわかり、難易度もわかるので参考になる。
小学生だった頃はせめて7回間違えるまではやれ!
○なんかつけるな!! 答え合わせすらできないの? きょうで何回め? 数えて。

本がもったいない! ヤギにあげろ! 紙のむだ。ムダムダムダ。

わかった後で見て真似するだけじゃだめ!わかった後はかんたんに見えるのは当たり前だろ!わからないのがわかる瞬間を増やせ!
思いつくまで粘れ!

いつだれが赤ペンで書けと言った? 自分で考えるときは黒だ!

字が薄い 次やったらボールペン縛り 

なんで1ページしか進めなかったと思う?

ステーキを食べてたほうがましじゃない?

 勉強やってなくて書写かっ! 

答え写して何がしたいの? と何度も同じ内容で怒鳴りつけていた子だ。思い出すだけでも悪かったなー、大人気なかったなーと思う。なぜかこの子はめげながらもついてきた。将来やりたいことがあるのできちんとやれるようになりたいと言ってたのは本当だったようだ。中1の半ばくらいからはあまり伝えるような基本的な学習法はなくなってきて、その後は教科の話しか授業中にはなくなっていたように思う。

この分厚い問題集のすべての問題を平均9回くらいは解いているようだ。
7周までは数えていましたと言っていたのだがたしかにそうだったのだね。
貴重なテキストをありがとう、ありがとう。

予習と復習を半々にするというのは独特な工夫で真似したいと思った。ここ足音にも書いておこう。

plus 
まもなく出る「英語リーディングの奥義」は英語リーディング教本ファン待望の一冊か。予約中の本の中でもとくに楽しみな一冊。英語のミカタを固定してくるという点では英文解釈教室に負けぬパワーがある。

plus 「漢辞海」の句法が便利。気になったらさっと瞬間的に検索できる。

plus Random House英和大辞典の語源が便利。

plus あるサイトで光が家系塾に分類されてた。勝手に分類しやがって。まあどうでもいいけど。

plus 小学生が数検2級を通過したと証書を見せてくれた。いつの間に受けていたのかな。次からは微分積分に入るが、一周しているだけでは真の理解には達せずただ問題が解けるだけに近い状況なのは否めない。数学は2周目からがオモロイということに気づくことが楽しみでならないが微分積分まではとりあえず進めよう。内容はどまん中のまっすぐで全公式の導出と大学入試スタンダード演習までしか1周目なので行なっていない。

plus きょうの小学生の映画英語
映画はテニスと同じくらい好きでまあ観るほうだ。「好きな映画の話」ほかでこれまでここには何回か書いたが大学生の頃から蓮實せんせいや友人の影響で映画は多く観るようになりここ数年もやはり年間300くらいは観ている。学生時代には図書館でも映画が観られた。フランス映画などはなかなか手に入らなかったのでありがたかった。観られるものは全部みた。映画を観るのは生活の一部だった。行き帰りの電車では観た後の映画を今度は聴いていたので使えるようになった。片道最低2時間は電車内にいたのでときには映画にも飽きた。そのときは電車内は語学と割り切っていたから今度は本を読んでいろんな語学をやった。フランス語だったら大学の先輩にもらった蓮實氏の『フランス語の余白に』は何十周も繰り返していた。今でも例文が全部言える。落合がやめイチローがやめ野球を観る回数が減ってしまいその分が少し映画や語学に回ったと言えば言えようか。机の上では書くことをし、電車の中では視聴することをすると決めていた。いまの時代ならPAD端末が充実しているから視聴しながら書けるが当時は朝の満員電車の中では聴くか、できても読むのまでが精一杯だった。

小学生に勧められる映画がいっぱいあって中でも英語の勉強にもよいものが山ほどある。
光の週課題の中に英語のセリフを覚えてくるというものがあるのだが今日の子は15文覚えてきていた。週速度マクシマム。
ここまでくるともう自分でできている。
よかったね、おめでとう。ようこそ、趣味の映画英語の世界へ。フランス映画の世界へ。

plus 蓮實重彦の蓮實節をはじめて満喫するような人には『映画時評』というテクストが一番良い。そう思うとる。

plus 慶應の方が赤本をいっぱいくれると連絡があった。参考書はいっぱいもっているがこの卒生のメモの方に興味があるのでありがたくいただくことになった。いつ何をしたか何回同じ問題にチェックが入っているのかなどは本屋に売っている本にはないめっさ貴重な情報だ。
大学で人からいっぱい刺激を受けているということだった。人ということばがでてきている時点でやはりすごい方だなーと尊敬しかない。
ヴォクも自分を持っている人にならねば。

plus 鉛筆補助軸 ペンホルダー
ヴォクのペンホルダーはヴォクの好きな木で作っている。
音をかき鳴らし文字を書きなぐるのが目的なので音がなる木を使う。
ハワイアンコア、ペルナンブーコ、ハカランダ、御蔵島柘植、島桑など好きな木でホルダーをつくっている。
好きな筆記具のインクを芯を鉛筆を、ジャストサイズの好きな軸に入れてよい音を書き鳴らしながら文字を書くという単純なことに周り周りに回って何周も回って近頃気がついた。

そうつまり、オットセイのつまりは、つまるところは、以前は好きな木軸に入る替え芯や鉛筆を探していたのだが、540度逆に、あらゆる芯に取り付けられる木軸ホルダーだけでいいではないかと。
お気に入りの一本のホルダーであらゆるものにつけてしまえばいいではないかと。
幸い、ヴォクは太い軸が手になじむ。

ありとあるペン生きとし生ける鉛筆をカバーできるペンホルダーを好きな木から自作したらいいのではないかと。

プロゴルファー猿がウッドからウッドをつくったように。猿よ、ありがとう。
どうしてこんなに単純なことに気がつかなかったのだろう。

ついでに先端はイチローモデルのバットのグリップエンドの形にしている。テンションがマックス。

plus makuakeなどクラウドファンディングは情熱と新発想の宝庫で散策するだけでも楽しい。応援するとさらに楽しい。
ひとつ問題といえば何でもほしがるまこちゃんになってしまうことくらい。ヴォクが。

plus ムネリンの復帰が楽しみ。

plus 奥田民生カバーのイノセントワールド。ごいす。

ほなね。

後日談
makuakeで支援していた電動水出しコーヒーメーカーが届いた。
20分で、普段1晩かけてつくっていた(待っていた)アイスコーヒーができた。20分で。
すぐにできるだけあって、むしろ香りがいい。
いやもっと厳密に言えば、テーブルの上で20分、冷蔵庫に入れないので、余計な香りが混ざらない、風味が落ちない。冷たいので氷が溶けにくく薄まらない。
水出しは、エスプレッソと同じで豆自体を味わえる感覚。おらはいま猛烈に感動しているぞ(久しぶりにクレヨンしんちゃんキャラで)。
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plus 最強の暗記アイテムの1つ
オレンジ色のインク、習字の先生がよくあか入れに使うあの色は、めっさ視認性がよい。時計の文字盤などでも真っ黒な背景にオレンジの蛍光色ダイヤルとか目立つよね。

オレンジ色のペンで書く文字は赤色のシート通称「赤シート」で覆うと、見えなくなる。ドラえもんの暗記パンの出来上がり。

plus シラバスは学校が配布する資料の中でいちばん役に立つ。
学校の指導の核ががシラバスにある。実におもしろい。



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2018年02月01日

コーチ・えのもと (19) plus 着メールあり、入試結果。

お前はテニスの才能はない。
足は速くない。
目はよくない。
体力はあまりない。
・・・
・・・
お前は一軍で使う。
気合を入れろ。

「はい。」

コーチえのもとは選手がうまくないときはどうやって一軍を選んでいたのだろう。ぼくはその頃、絶対にうまくなかった。なんとなく部活に遅れて入って、なんとなくメニューをこなしていただけ。
自主性がなくうまくなるわけがなかった。

「はい。」という返事をするか、固まって何も言えないかのどっちかで会話というのを一度もしたことがなかった。
去り際には目すら合わせてもらえなかった。

こちらは涙をこらえて彼のことを目に焼き付けようとまっていたが最後の言葉なんてかけてもらえなかった。

あれだけ苦しめておいてあれだけたたいておいて(たたくというのはまーどういう意味でも構わない)、あれだけ助けておいて、最後にサヨナラするときにはポンだ。テニスの乱打のうちの何の意味のない一球みたいにポーンとぼくらを投げ捨てて彼は去っていった。何の言葉もなかった。

いなくなるのなら最後にがんばれとか気の利いた言葉がほしかった。
ぼくたちが異動を知ったのはコーチえのもとの最終勤務の日でコーチえのもとは手にかかえられるほどの最後の荷物をかかえてローレルに乗り込もうとした後だった。
異動を知って練習をやめあわてて車まで走り移動したがもう出発というところで姿を見るのがせいいっぱいだった。

優勝したときにも見たことのない涙をこらえる赤い目だけを残して彼は去っていった。

plus
1/19 9:57 着信あり。高3の女子が防衛大に合格なさったとのこと。もうひとつ月末に勝負が残っている。すべての結果を揃えてから最終的な進学先を判断なさるとのこと。小論文や2次面接試験など知らないことをいろいろ教えていただいた。小学生の頃から今まで一緒に勉強してきた。最後の数日となるが何かできることがあれば役に立ちたい。

2/1 9:49 着信あり。中3の女子が都立日比谷高校に合格なさったとのこと。小学生の頃から1人で電車で文京区から上尾まで通ってきてくれている。夢への通過点で、何かのお役に立てたならこれ幸い。



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2017年12月19日

コーチ・えのもと (17)plus アインシュタインが息子に書いた手紙 plus 小論文入試への備え方 plus ヴォク自身の考え plus ユニボール シグノ 極細0.38mm

365かける2といくらかの歳月をかけて毎日まいにちコーチえのもとがぼくらに教えたことはテニスであるとばかり当時は思い込んでいた。

ぼくの練習メニューの1つめだったスマッシュは250本が日課だった。1本でもネットにかけたり的から外したりしたら1本目から数え直しだった。

彼は打ち方についてしゃべりかけながらぼくらにたくさんすぶりをしてみせた。

スイングや身体の動きに関してはゴルフと野球と卓球の話が多かった。
テニスもゴルフも野球も同じこと、というのが彼の持論だった。

クラブとバットとラケットで身体の使い方が同じだという彼の理論が正直なところ、ヴォクは今でもよくわかっていない。


彼はぼくらにてっきりテニスを教えてくれているのだとばかり思ってた。
でも違った。

いまになって思えばそんな技術的なものではなかった。すぶりにごまかされていた。

実際彼が球出し以外ではラケットをもつことはなかったし彼はテニス初心者でフラットにラケットを持つことすらしていなかった。カットボールしか受けた記憶がない。

彼のベンチにはテニスの本が置かれていて、彼が折り目をつけたドッグイヤーのページを開いて確認するシーンを目にすることは少なくなかった。

彼は一日の終わりにはいつも筋肉痛だったんじゃないか。
あんな下手くそな手打ちで何百球千球も球出しのため打っていたら肘も肩もがいたくなったに違いない。そのそぶりすら見せなかったけれど。


彼はぼくらにいったい何をしたかったのだろう。
その問いがいつものように気になって仕方がない。


耳にタコができるくらい聞かされた「30になったらわかるからやれ!」の言葉を信じやったが、わかるまでに15年も必要なかった。

18歳になるまでにはそれはもうぼくらの信念になっていたんだ。

成し遂げるための方法がそのことを除いて他になにひとつないということは、もはや疑いようのないくらいにまでしみついていた。

コーチえのもとはぼくらにテニスを教えてくれた(ように見えていた)。
そしてすべてを教えてくれた。
ついでに少しだけ筋骨たくましくもしてくれた。

コーチえのもとは、ひとつの物事に打ち込むことをぼくらに教えてくれたんだ。
ボールの打ち方なんてもんでなく。

夏休みになると練習はいよいよ本格化した。練習スケジュール表などというものはない。休みという文字はコーチえのもとの辞書に存在しなかった。

雨のたまる日以外は朝6:00からボールが見えなくなるまで毎日外のコートで練習、大雨でコートに水たまりが多い日は自主練を体育館でやった。
夏が来るとまだ暗い空の下、自転車をこぐ田んぼのあぜ道の記憶があの草の匂いとともによみがえる。

帰りはもっとまっくらでハンドルが曲がってライトをうまくさせずよく田んぼに落ちた。足ががくがくで自転車をこぐ力も弱々しい。

ほっとするのは12:00から13:00の休憩のときだけだった。
喉がかわきすぎておにぎりひとつ食べるのがやっとで繰り返し繰り返しポカリスウェットを飲んだ。
そして階段の陰で空を見上げた格好のまま目を閉じてとにかく休んだ。
もうこのままずっと休憩だったらいいのにと思っても13:00になると集合〜〜〜の声をかけねばならなかった。

コーチえのもとがぼくらに挑んだ闘いは夏の猛練習だった。

一日経つごとにぼくらはたしかにうまくなった。

あのときだ。練習すればするだけ絶対にうまくなるということに気がついたのは。

家に帰りつくと地下から出る水のシャワーを頭にかけた。
まるでスイカを冷やすみたいに長い時間水のシャワーをかけた。

夏休みに、部員の全員がテニスのフォームが同じようになり程度の差はあれみなうまくなった。
程度の差はあれみな真っ黒の肌になった。

夏の試合でも、日により焼けているチームが勝った。
あれだけ練習して負ける方がおかしいと誰もが気合でボールを打った。

負けるわけがなかった。

plus 防衛大入試、医学部面接、都立日比谷高校入試など小論文試験や面接試験のある入試の準備で。

小論文試験のある場合、面接試験のある場合に、練習は、やらない。相手はプロ中のプロで学生、先輩方と日々向き合っている方々。つくったような対策などしても何の意味もない。

小論文を書く代わりに文章をいっぱい読む。要約を何年間も書く。長い文章の要約さえできないうちに難問を何問解いてもたいして意味がない。そしてもっとずっと根本的なこととしてラブレターのそれのような心のこもった文字を書くということが筆記試験において重要ポイントになる。

どんな問題が出ても、あなたが日々ニュースを見て思いを募らせてきたこと、あなたが日々生きて考えてきたこと、あなたがいまどうあるのかを堂々と見せたらいい。どんな問題が来てもあなたはあなたの考えを示したらよい。小論文を課す方はあなた自身をふつうの試験よりも少しでも深く知りたくてそれを問うているのだから。

あなたが読んできた書物があなたの栄養になっていてあなたが観てきた映画があなたの考え方に影響を与えてきて、あなたの接してきた人たちがあなたに影響を与えてきた。今度はあなたが面接で相手に影響を及ぼす番だ。

いつものあなたを見せたらいい。

plus アインシュタインの言葉 気になったので引用

I am very pleased that you find joy with the piano. This and carpentry are in my opinion for your age the best pursuits, better even than school. Because those are things which fit a young person such as you very well. Mainly play the things on the piano which please you, even if the teacher does not assign those. That is the way to learn the most, that when you are doing something with such enjoyment that you don't notice that the time passes. I am sometimes so wrapped up in my work that I forget about the noon meal. . . .
君がピアノを楽しんでいることがぼくはとてもうれしいよ。ぼくの意見では、君ぐらいの年の子はピアノと大工仕事が最も追求すべきことで、たとえ学校よりももっといい追求すべきことだ。なぜなら、それらは君のような若い人にとても合っているから。ピアノの先生からたとえ指定されなくても、自分が楽しいと思う曲を主に弾きなさい。それがもっともいっぱい学ぶ方法だ。楽しいことをしていると、時が過ぎるのも忘れてしまうだろう。ぼくもときどき、仕事に没頭しすぎて、お昼ご飯を忘れてしまうことがある。

plus 
ヴォク自身の考え

「子どもに勉強しろ」と言えば子どもは勉強しなくなるよ。
だってさ、勉強はもともと楽しいもんでしょ?
違うの? ねー 、何か違うかな?
子どもがせっかく楽しんでいるものを横から入って奪うのはだめ。

plus 文具マニアの1人 卒生のSさんが久しぶりに来た。
ヴォクを驚かせるプレゼントがあるので会ってくださいと手紙に書いてあったのでどんな新しいズクかと待っていると、ユニボールシグノの48色セットだった。めっさ驚いている。自分の分と2つ予約していたとのこと。
お返しには何がいいか思いつかなかったがsignoにはsignoでカリカリいい音が鳴るような木軸を。
うれしいがもったいなくて使いにくい。
飾っておくしかないのか。大切に使って軸だけでも保存しておこう。
signoは20年ずっと使っているがこれよりよいペンには一度も出会ったことがない。ヴォクの感想。


posted by ヒカリ at 05:50| コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コーチ・えのもと (16) plus フォントにお気にのほんと plus 受験生の上向きベクトル

これもまたコーチえのもとに習った練習術の話。

高地トレーニングをやらされた。
ぼくらは中学生なのだが社会人のもんげーうまい人を連れてきて乱打をお願いし、ぼくらの誰かが打ち勝つことはまずなかった。
乱打というのはただ相手のコート内4分の1の決まった範囲内にまっすぐに力任せで打ち合うことを言う。

乱打は20本30本連続で続くのは当たり前でときには40本50本以上も続くが結局社会人の方が打ち負かされることはまずなかった。

打ち負けるぼくらの方は交代するので交代せずに打ち続ける横綱はついに体力がいつか切れて何周目かには負けることがあった。

これは乱打に打ち負ける状態ではなく体力がなくなっているだけなのだがその時にたまたま乱打していた者はまるで自分が乱打でコーチに打ち勝ったような気分になり自信をつけたもんだ。

社会人の方は軸が決まり無駄な動きがなく何百球と打っても安定したスイングでぼくらをなぎ倒してくださった。あんなに小さなスイングでどうしてあんなに速い球が打てるのだろう。
相手の球が速ければ速いほどコーチは小さな動きで同じくらい速い球を打ち返してくる。ぼくらは乱打の間中、コーチのフォームを目に焼き付けた。

終わるとコーチは、えのもと監督と10分くらい何か話をして帰っていった。コーチと直接お話をしたことは、えのもと監督とお話をしたことがないのと同様一度もない。

その練習のことをコーチえのもとは「高地トレーニング」と呼んだ。
ぼくらはえのもと先生にならって彼のことを「コーチ」と呼んでいたのでひょっとしたら「コーチトレーニング」の方の漢字をあてるのかもしれない。

でもえのもと先生は練習後に話してくれた。
「練習はハードにやれば試合の方が楽をできる。練習は試合より速い球を受けなさい。練習では試合中より一歩前に出なさい。練習では試合中よりもっと強い球を狙いなさい。マラソン選手も高地出身の選手層は強いだろう? あれは本番より空気の薄い場所で練習しているから本番の方が楽だというのもあるぞ。」

そういう話があったのでやっぱり「高地トレーニング」と漢字をあてるのだろうなとぼくは勝手に解釈していた。

いくらハードな設定だからと言ってネット前のド至近距離からボレー練習の球出しをするあの練習だけは今思い出すだけでもこわい。

何回メガネにあたってメガネがずり落ち、鼻がいたくなったことか。

plus クラフト墨のほんとがフォントに好き。
この画像の文字なんて火を噴きそうな衝撃だぜ。
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plus 今年の受験生
上向きベクトルのままほとんどの子は判定C、Dくらいのまま本番に突入していく。ヴォクの方でいいねだの悪いねだの言うことは何もない。目指すのは本人にしかできないこと。

「承知しました。」の一言しか言えない。

高地トレーニングでの勢いを重視している。本番の極限状況の中で自分の構え自分のスイングをすることができるか、その練習には普段3倍くらいの圧をかけて練習するのがいい。
調子を上向きのまま、力をためてためてーーーーをしている最中だ。

plus 大学入試数学にセンスなど関係ない。位置ベクトルがわからないという人に限って位置ベクトルってなあに?と聞くと答えが返ってこない。
位置のベクトルですか?

位置ベクトルの問題を解くときの考え方はいつだって1つしかない。そのたった1つのことを意識しないで考えようとしたって何をしたらいいのかがわからないのはもっともだ。
原点をOにとって点Aまでベクトルをとる。それが位置ベクトルだよ。
それで点Aはどこにあるのか世界中の人にかんたんに伝えることができるようになる。
原点からみて東に2、北に3って言えば世界でそこはもう1点しかないってことだからね。
数学でもっとも重要なことは定義をきちんと把握することで、そこに正しい勉強法がある。

plus 仕事中にピンポンという言葉を使っていたのだが、ピンポンパンライスのせいでどうしても2つ少なくなってしまう。ジャルジャルのせいだー。

plus コーチえのもとのダッシュ練習。

お前たちは前の県大会で優勝した。お前たちは次の県大会も優勝するための練習をしとる。
優勝するために練習しとるから優勝するのは当たり前だ。
今回は全試合負けなしで行くど。今までは天才に頼ってきたが次の試合はうちの3番手が相手の1番手にあたっても勝つ。そのための練習をしとる。いいな。ペアも全部入れ替えて1、2、3番手とも同じくらいのパワーにするからな。

はい。

でもそんなー。
チームの中で足を引っ張るのが目立って余計にやりにくいな。
まいったなー。

もやし体質のぼくは試合に出るのも嫌なのによりによって負けるなときたもんだ。
天才と組んで足を引っ張らないテニスができるわけもないし。

また変な夢を目指すなー。
内心で少しそう思ったが優勝しないはずはないしせっかくなら勝ち切ってみたいそう思った。

きつい練習の中でぼくはいつも1番後ろでついていくだけだった。
途中から足が絡まりはじめスピードの中でテンパってずっこける、それがぼくだった。
水をぶっかけられて目を覚ます、いつものパターンだった。
水をかけられると生き返った気がした。
水を飲ませてもらってもフラフラした足はなかなか戻らなかったがとにかく無我夢中で打って走った。
空振りがあってもでかい声を出してごまかした。

チームのダッシュスピードがあまりにも早いので自分の足が遅いおそいといつも思っていたがある日かけっこを走るといつのまにかぼくの足は速くなっていた。部活の外、ふつうの体育レベルで見るとかなり速い部類に自分が属しているようだった。
ありえないことが起きている。
まさか足が速くなるなんてことがあるわけがないのに。

信じられなかったぼくは陸上部へ行き見てもらった。
君はスタートだけものすごく速いようだよ。
はじめの30mなら誰にも負けないくらい速いぞ。


なんじゃそりゃー。
まさかの出来事であった。
テニスはダッシュと戻りの繰り返しで長い距離走ることがない。
ぼくの足はいつのまにかテニス足になっていたようで短い距離をすばやく移動する能力が抜群になっていた。
不思議な才能に恵まれたのかなんなのかよくわからないがテニスには向いていた。

ほなね。
posted by ヒカリ at 05:42| コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする