2015年06月26日

左上のボタン 「足音」のアクセス数 plus ローズマリーホワイト plus ブログ足音のかっけーURL plus 鉄人位の上に四葉位がありさらにその上に足音位がある。

たまにはヴォクの話、略してたまぼく。

日本一好きなラーメン屋には券売機はない。
そこでは「いつもの」(つけ麺大の意味)をヴォクは頼む。

券売機のあるラーメン屋にはじめて(あくまではじめて)行く時はほとんど他を見ないで左上のボタンを押す。
大体においてそこに店一番のメニューがあるだろうから。
ただしそれとは別に大盛りのボタンがあればそれを押す。そこはどうでもいい話だ。

さて、ヴォクの携帯電話の画面の左上はなんだろう。
ヴォクの場合はメモ帳で、そこには塾生から送られてきた写真のすべてと合わせて結果や範囲表、順位、そしてシラバスが保存されている。

定期試験の範囲表やシラバスがないと話にならないのでずーっとぼやくことになる。
実に無駄な時間だ。

しかし最近は大久保選手の真似をして(書くの3回目以上)、「むだむだむだむだ。」と叫んで深呼吸する。
その後に言いたいことを言うと短く終わる(はずな)ので相手が泣かなくて済む。

というなーんだという話。
左上。本当はそこに誰かの写真、誰かのことば、ミスチルの歌、花のことなど、しゃれたものがそこにあればよかったのだが、いかんせん一日で一番長い時間使うものを左上にするより他に仕方がない。

それとは別にランダムでくるGmailなどはホームボタンにおいており、どのページにいってもとにかく同じで親指の先で見ることができるのは言うまでもない。

ほなね。

plus
前回テストの範囲票を持ってきていなかった子が今回持ってきてくれた。
遅い。しかしよい。あればそれでいい。

(範囲票はもらったその日にメールしなさい。あるO中の子など(現大学3年生)など、もらった日どころか時折もらった日の休み時間にメールが来た。
あれは予約発送メールだったということにしておこう。)

さてたとえ全範囲を終えている子でも、定期テストの直前だけは範囲票を舐め回すように復習の時間をとっている。
完璧な準備というのはどこまでどれくらいやったらそうと言えるのかを伝えたいから。

結果が学年一位なのかそうでなかったのかよりも重要なことがある。
満足いく練習をしたのかどうかのことだ。
やるべきことを全部やったのならそれでいい。

plus 最近のアクセス 
日記としては書いている数が少ない気がするが毎日2、3千くらいのアクセス数があるようだ。

検索ワードでは「セルフラーニング」と「独学」というのが一番多い。
って、それは当たり前か。
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そもそもこのブログの題名は「セルフラーニング」になっている。
花 → 花の匂い → 足音 その他日本語での題名はいろいろ変わっているが、ここのURL名は開いたときからあまり変わっていないなぁ。(いや普通そこは固定だからっ!) そろそろ独自ドメインの hikarijyuku.app とか hikarijyuku.info とか、かっけー、光△な名前に変えようとは思ってる(思うだけなら自由主義)。

『たまの文具部日誌』や『セルフラーニングアシストブログ』や『光の花日記』など間違って閉じたブログが多い。知恵袋の投稿も最近はしていない。ヴォクが最近書いているもんと言えば、Amazonの書評(数千冊)とここ(数千件)くらいか。
この日記だけは開いたままでいたいもんだ。

でもなー、ローズマリーの日記をはじめたんだよなー。匍匐性のローズマリーがどんどん増える話、ローズマリーのグリーンカーテン、ローズマリーの自生地写真集、・・・なんだかなー。

って、高校生の質問メールに回答書かねば。


plus
ローズマリーホワイトの花が咲いた。
ピンクがかっているときもあるが、咲いた花は真っ白だった。
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plus 印鑑レベル
鉄人印のさらに上がある。四葉印、そして最上位の足音印。鉄人印は満点がとれ人に解法を説明できるということを認定するものである。

四葉印は独自の解法で問題を解決している場合におしている。

足音印は独自の理論を打ち立てていることに気づいた際におしている。理論があっているかあっていないかということよりも、自分で仮説を立てている、検証しようとしているというところがすてきだから。
その段階までいけばセルフラーニングの全段階は完成していると言える。

ほなね。









posted by ヒカリ at 23:42| たまぼく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月23日

夢のオーダーメイド plus ローズマリーのまりちゃんげぇ

たまぼく、略さずに、たまにはヴォクのこと。

自分でどうしようもないものはプロにお願いしている。
いろんなことをそうしているが、木のペンの製作も同様である。

その職人さんはヴォクが10項目ほど特別な設計で要望してもすべてその通りの形で実現してくださる。
それはまるで木でこんな風な庭をつくってくださいと言ってその通りつくってくださるのと同じことであり、本来はめっさ(←イチロー)、手間暇もコストもかかるものだ。
それはまるで木でこんな風な本棚をつくってくださいと言ってその通りつくってくださるのと同じことであり、本来はめっさ(←イチロー選手がつかっているのを聞いて以来のど真似)、手間暇もコストもかかるものだ。
それなのにしかも驚くほどの低価格でつくってくださる。
聞けば趣味だから、というお返事。
嗚呼。

「シェフにおまかせサラダ」や「シェフのおすすめランチ」ともまた違う。設計書自体が選ぶ注文する側の要望の中に原型があるのだから。

たとえばボディの木軸を「14.8mm」と希望する。その通り製作してくださる。
たとえばある木の「虎杢」を希望する。3種類の虎杢をわざわざ仕入れ、写真でどれを材料にしたいか、どれでも選んでくださいと提案してくださる。
たとえば「芯だしのミリ」のオーダーにも精度0.1ミリ以下なのではないかとおもうくらいの絶妙な長さでつくってくださる。
たとえば漆塗り仕上げをお願いする。うねりや波打ちなく、美しく仕上げなさる。拭き漆を10回も重ねてくださったり、毎度驚かされている。

その職人のお仕事ぶりはあらゆる点でヴォクの想定レベルをはるかに超えている。信じられない職人気質に加えあくまで使う人の立場を考えていらっしゃる旺盛なサービス精神だ。
全部お任せします、と言いたい気持ちをぐっと抑え、ここはこうはならないか、可能性としてあそこはああはならないかとお尋ねする。もちろん技術的にできないことはできないのだと知りたいのを前提で、念のためお尋ねする。

するとどんな要望に対しても「うまくいくかはわかりません。うねりが発生したりするリスクもあります。でもなんとかやってみます」というように可能性を常に拡げる方向での挑戦のお返事。しかもお返事が早いこと、速いこと。結果はうまくいかないどころか見たこともない素晴らしいペンをつくってくださる。もちろんこの世の中でたったひとつの木のひとつの杢(杢:もく と読む)でしかも特注の設計書に基づいてつくられたフルオーダー品のそのペンはヴォクの理想型を超えた形で現実のモノとなり相棒となっている。

おかげで手にフィットするペンを毎日使うことができ、インクがなくなっても替芯だけ交換すればよいので芯のコストも小さくて済む。

おかげで(2回目)ヴォクは待つ間のおよそ1ヶ月(本当は2週間くらいだがゆっくりなさってくださいとお願い申し上げている、なぜなら待つ間がもっとも妄想が膨らむから(ドキドキ主義))、ミスジェサップ、ホワイト、モーツァルト、マジョピン、ホワイト、カプリ、コリンウッド、レックス、ギルデッド・ゴールドたちの葉姿をぼんやりと眺めながらいつか会うことができるかもしれない、しかし結局今会うことはない木のペンのことを夢想してドキドキしている。

あらゆる特注品がそうであるように、頭の中にしかない理想型が現実のモノとなって会える予定であるとして、実際に手にする前の妄想に花を咲かせるときがいちばんドキドキするもんだ。
それはときとして実際に咲いた花以上に綺麗なはずなのだが、この職人さんのつくるペンはその妄想をも上回る形で完成して納品される。

なぜ待つ間ドキドキするかと言えばそれはものの現実の姿がいささかも見えない、触れられないからだ。
でも製作途中のチラ見写真まで頻繁に送ってくださる。
それどころか切る前の木から見せてくださる。
妄想が拡大して仕方がないぞ。

ヴォクは虎杢やカーリー杢がそれだけ好きだ、というどうでもいい話。

(ペンを入れるケースである)木箱の作成(こちらは箱なので芸術品ではない)は単純作業なのでちょっとやったらすぐやめにしてずっと続けてたくさんつくったりしないようにしているというお話を聞いたことがあるのだが、職人さん気質が現れているなーと感動したのを覚えている。

最後に、心配なことのひとつはお身体を酷使していらっしゃるのであろうか、腰などの痛みから「旋盤作業を休み拭き漆塗りの作業だけ毎日続けて」などと仰っていることがある。機械の前に立てないのがどれほどつらいことかヴォクにはわからないが、これほどまで自身の製作品にこだわりの強いお方の場合、満足行くまで作業をおやめにならないであろうことは想像に難くない。
どうかお大事にしてください。

plus 先週の火曜日のこと、急に雷雨があり急きょ、ロズマリを玄関の中に避難させた。いつも大雨のたびにロズマリを玄関にとじこめるのがかわいそうに思ったので(あるいはヴォクのGGが発動したら困るので)、ロズマリ小屋をつくった。

ロズマリたちの身長、高さ、奥行き、胴回り、広がりなどをメジャーで採寸した。
(メジャーリーグ級の種類の多さと細かさでデータをとった。)

その後、ロズマリが雨の日に住むべきテントのサイズを設計し、ぴったしカンカンで合うもの(枠とカバーシート)を探して用意した。ロズマリ小屋の名はメアリーズ(Mary's)と命名した。鹿児島弁で訳すと「まりちゃんげぇ」、岐阜弁でなら、「まりさん」とさん付けしても「熱田さん」や「お伊勢さん」みたいに神社ぽくてよろしい。

ホースのシャワーでシャワー(にわか雨)を降らせ実験したところ、虹ができる程度でロズマリには水がかからなかった。

やっぱりまりちゃんげぇ、100粒ふっても大丈夫(物置きかっ!)。

「あのー、上に伸びたいんですけどー。」
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南に太陽が出ていたらシートを外してやり上に雨が続くときはシートをかぶせてやる。
太陽のように舞い、雨のように動く。

「過保護かっ! 雨にあたりたいしっ!」
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長雨のない場合は地中海に環境が近いと解釈し、パラソルをOFFモードにする。

こちらは満開後(たぶん)3日目のローズマリー(パラソルOFF)。
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優しい雨、ふってね。
あ、でも本棚と同じできっとこれでもいつか足りなくなるんだろうなー。
斑入りのローズマリー・ミスジェサップさえあるのだから、雨がめっさ好きなローズマリーだって品種改良した方が早かったりして(ないないっ!)

2022年hikari宅の庭で発見。ミスジェサップアップ・ライト・紫株とモーツァルト•ブルー株とホワイト株とマジョルカ・ピンク株とウッド・ブルー株の5株の重なり合うくぼ地から発見!(庭で発見て・・・)
名前は、マリーアンドvdhh」4&/:&?。7・・・(妄想がとまらぬままフェイドアウツ、移動のしすぎでぎっくらG•腰G気味)

もうひとつだけ目的があって、書斎の機械類に雨が地面から反射してぶつからぬようにするというものもある。
一石二鳥なの。座るところがローズマリーの隣というのは譲れないからね。


plus
ヴォクの好きなローズマリーのブログ(勝手に)紹介
拡大写真がめっさ見やすい。ありがたいです。

ローズマリーの唄(byサイモン&ガーファンクル)
1、『パセリ。セージ・ローズマリー・アンド・タイム』。
2、『雨に負けぬ花』http://youtu.be/0ryrrjRYBVk

ローズマリー・ウッドの青い花
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posted by ヒカリ at 05:52| セージ、ローズマリー、タイム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

セルフラーニングの向上(13) 「我武者羅に考える」 〜ガムと参考書を噛みながらREFLECTION〜

大学受験生を毎年まいとし見ていて思うことがある。
大学受験において、講義をいくら受けても成績が上がるということはおよそない。大学受験生に大事なのは自習の時間、練習の時間を確保することである。自習をやる、自分の手と頭を動かして考えてみる練習時間を作ること、暗記の時間を作ること、勉強はそこからはじめる必要がある。
だから中学生や小学生のうちから自習を上手にやれるように育てていきたい。
自習がうまい人になってほしい。


というヴォクの指導に関する考えは置いといて、ヴォクの好みについて書こう。

風船ガムがすき。
風船ガムはなぜおいしいのかと言えば噛めば味が出てくるから。
はじめのひと噛みのかたさに比して後々やわらかくなり終わりには風船さえ作れるようになる。
口の外で膨らましてはパンと鳴らし、口の中で膨らましてはタンと鳴らす。

参考書は風船ガムみたいなのがすき。
一見難しいことまで書いてあるように見え、読んでも意味はわからない。
壁みたいなかたさでそれははじめヴォクを拒絶する。(高校時代、物理の参考書を30冊くらい持っていた。
回り回ってはじめの頃に買った『前田の物理』と『親切な物理』の2冊のラインナップか、またはもう「くわしい物理の新研究」一冊でよかったかなと思うようになった。
中途半端にいろいろグルグルやるくらいならはじめからそういう参考書だけでよかった。)

一見難しいことまで書いてあるように見え、読んでも意味はわからない。
壁みたいなかたさでそれははじめヴォクを拒絶する。
でも何回目かに、他の本を経由して戻ってきたときにふとこりずに読んでみたときどういうわけかふわあと頭の中でその意味内容が膨らむことがある。
うんうんうんと首を上下させながらうなっている。

それはたしかに昔読んだときから同じ文言でそこに書いてあったような気がするのだが、今度はいささかも壁のようなかたい文章でなく、やわらかい毛布のようにヴォクの頭の中でザックリとほぐれている。

何度か読み返してもわからなかった事柄の周囲でぐるぐると同じところばかりをずっと回っていたようでありながら実は回り回って360度目には一層だけ上の方に進んでいる。悩んでいたものがパンとはじけ、こういうことだったのかと理解がらせん的に進んだような感覚を得る。いや一層どころではない。はじめの抵抗感がかえって納得度を増し二層も三層も階段を登ったような気分さえする。霧が晴れるようなとしばしば形容されるあの感覚が訪れた。

そういうガムみたいな本はわかりにくくしたくて難しいことをぐりぐるとまわりくどく書いていたのではない。複雑なことをごまかさずにストレートに書いていたのだ。だからかたい本になっている。

そういうことがあるのでかたい本にはあきらめずにReflectするのがいい。かたい本に向き合えば読み返すごとに味がある。我武者羅に熟考してわかったときの味はなかなか他では得られない。

ほなね。

plus 水挿ししていたチェリーセージに根が出ていた。マリアン姉さん、ありがとうございました。今までは土から抜いてみてはじめて確かめられるため、何回も見られなかったが、水挿しの場合はそこを通るたびに見えるのがいい。何回も根を見にいきたくなる。

何もまだ根がなくてもドキドキしたし根が出ていたら拡大して確認しようとしたが、凸レンズのような瓶と水が根の様子を大きくして見せてくれた。

土にそのまま挿しても根付くことがある強い花よ。
水の中といういつもと違う環境で苦しくはなかったかい。
あした雨がやんだら、やさしい土の中へ帰ることにしよう。

plus 最近、なぜか、メモ帳にメモりながら授業を受ける子が急に何人か現れた。急に見たこともない独特なノートを取り出されると気になって仕方がない。必死にメモされると話す速度を変更し戦場カメラマンのような発話ペースになってしまいがちではないか。

二番目に気になるのはなんと書いたのだろうかということ。
そしていちばん気になるのが、いま開いた前のページにはどんなことがメモされているのかということ。

それはいささかプライヴェットなことなので見せてとはかんたんに言わないがそれでも言うと、ちょっと待ってといった感じで先に見せてもよいメモかと確認したりしている。
さすがにわるいのでまたいつか見たいなあと言ってなかったことにする。



話を知識の木の話に戻そう。
参考書が、しかしどれだけ優れているにしても、自分で考えないうちは身につかない。

後出しじゃんけんとは自分だけ後から手を出すことだ。
ヴォクの場合は来年の分を何ヶ月も早く書いていることにして早出しじゃんけんということにしておこうか。
いやそもそも誰かとじゃんけんをしているわけでもなかった。

あまりに当たり前のことだが、数学や物理をやるのに人のやり方を真似ているばかりではなかなかうまくならない。

一定の理解の段階まで来たらそこから先は自分でできるのか確かめる練習や確認がどうしたって必要である。

高校時代、自分はここがわからず壁にぶちあたった。
わかりやすく解説してある参考書を読んでわかったような気になる。
わかたっようであるのだからできたと勘違いしていたのだが、いざ初見の問題を解いてみるとなかなか解けない。

原因は何ヶ月もたってようやくわかった。
ぶつかるべき壁にぶつからず、わかりやすい参考書の導きのままにわかっていたつもりになっていたのだ。「真似しかできないこのマネシンボ」とヴォクは自分をバカにした。

うまく飛ばしたり、たとえ話でごまかしたり、イメージだけで理由をはしょったりして難所を難題のままに示さない参考書の解説を鵜呑みにして、とそこまではそれはそれでよいのだが、肝心の、自分の手で考える、自分の頭で汗をかくという体験をしていなかったのだ。気づいて以降はくわしい参考書をわかるまで読み込み何度でも鉛筆を動かして考えるようになった。

たしかに答えを先に見たって構わないだろう。学習効率は受験勉強という時間制限のある場合、高いに越したことはない。わかるまでの時間は短くていい。
たしかにわかりやすい解説を読んでわかった気になるのもわるくない。
たしかにイメージを先につかんで現象をとらえたような感覚を得るのもまずくない。

しかし、それだけでは試験のとき、問題のただ中にいざ一人で放り込まれたときに右にも左にも動くことができなくなる。
手が動かなくなる。
脳は汗をかいたことがないのでただ無回転のまま同じところをぼんやりとながめたまままったく働いていないのだ。

数学や物理の難題では、たったの1つの数式を理解するのに考えても考えても1 ヶ月以上かかってしまうことなどいくらも存在する。
本当はそのままわからなかったがいったん宙づりにして先へ行く。

どうせそこには何度だって帰ってくことになる。未解決なのだから何度でも学習者の前に現れるたびに苦しめる。結局その難所をクリアしていなければ何回も何回もそれは現れて苦しめ続けることになる。もはやわかってしまう以外にそこを通過するすべがないことに気がつき、いよいよ集中してそのことを考えてみるがそれでもやはりわからない。
そんなことが多いのだ。

何冊調べたところで結果はあまり変わらない。表現などどの文献でも大方似たようなものだ。結局頼ろうとする、人に聞こうとしてばかりいる、わかりにくいぞと参考書や指導者のせいにしている自分の方に問題はあったのだ。

後から気がつけば何でもなかったようにかんたんに思えることが講義依存症の学習者にとってどれだけ難問に見えることか。
参考書を5冊調べ、10冊調べとする労力を自分で考えるという新しい方向に使うだけでどれだけ多くのことが会得できることか。

わかった気になったあと、自分でどれだけ練習して会得するか、そこが実力の差になる。
入試の出題範囲も問題もはじめから問題集に、過去問に全部載っている。
かたっぱしから自分で解いて自分なりの仕方で身につけていく、そういうことが新しいことを吸収する上でどれだけ重要か。

頼っても頼っても探しても周りばかりを見ているうちはどこにも答えなど見つからない。手ほどきを受けたら今度は自分流でそれをやってみるしかない。

「理解」から「会得」に至る過程というのは他人の真似を仕切ることとは紙一重のところで異なる。
どんなに師匠の技を真似たところで完全に同じ仕方で身につけることはできない。
会得するときは自分なりの仕方で、自分の限界のところを突破してぎりぎりところで知識が広がり繋がっている。

自分のいまいる限界点がAのところだとすると新しく身につきそうなBはその限界点のAから枝葉を伸ばしてどうにかこうにか身についていくようなものだ。

そこのAとBの間にいくら他人の技、美技をもってきたところでそれがCでありDであるうちはBを身につけるには至らない。

自分の限界地点Aから新しい思索を開始することだ。
あなたがいま立っている場所は、あなただけが立っていられる場所だ。
そしてあなたのいる場所Aから絶景の場所Bへたどり着く道はあなただけにしか見つけられない。

知識の木はたしかに万人に見えているものではある。
しかしその知識の木の真実を掴む方法は、それを真剣に考える人に対してしか示されていない。
ましてや他人がとった実だけを食べようとしているうちはいつまでたっても自力で新しい実が取れるようになどならない。

枝を見てルートを探ることだ。
今いる場所から次の場所へ行くにはどんな可能性があるのだろうか。
よく見たら次の足をのせるべき土台が見つかるかもしれない。

plus
光推薦独学図書

plus きょうの東大数学。
過去問30年分を終え、去年までやっていた京大と東工大の数学を再度やり直すことにした。
この子はいろんな解き方で突き進むのが好きで解答を4種類くらいつくってどれが速いか比べたりしている。
1問に2時間くらいかけているときもあるが道理で解法の選択眼があるのだろう。
次の東大模試がたのしみ。


posted by ヒカリ at 05:55| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

水挿し、根がでたーーーっ plus 匍匐性ローズマリー 斑入りの葉のローズマリー タイム セージ

という題でブログを書くため(そこ目的が反対だからっ!)、
さっそく行きつけの園芸店に来た。(車内で流す妄想曲はもちろん「水に挿した花」)



「えーと、は、は、ハイフレッシュください。」

マリアンさんの水挿しのご様子と比較対照するとどうもヴォクの水挿しは全体に雑だったと反省。
思うにマリアンさんなら茎をズバッと綺麗に斜めに切っているだろうしマリアンさんなら速攻で水に挿しているだろう。
下に敷く白い紙1枚、さらにその下に置く高台装置ひとつをとっても、あらゆる点でヴォクの水挿しは雑だった。



「1点、やりなおし」(欽ちゃん風に)

あれはあれで続けながらも次の挿し芽を作らねば、チェリーセージに申し訳ない。



この後は携帯を隣座席に置いて17号上尾店までBダッシュっ。

ヴォクはいま猛烈にあの瓶が欲しい。

plus ネットで見つけたときにびっくりしたローズマリー(匍匐性)
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髪型もすごいが、やっぱりポーズがすてき。

plus
斑入りのハーブ。
斑入りの葉が好きでチェリーセージ、ローズマリー、タイムの斑入りを見かけると一株ずつ分けていただいている。
そうこうしているうちに庭が斑入りだらけになってきた。
斑入りの場合、花が咲いていなくても花が咲いているときに負けず劣らず楽しめるというのがある。
斑入りの斑がしっかり入ったまま花も満開なんてなるとむぉーおなかいっぱい。
斑入りなだけで咲いていなくても満足。

posted by ヒカリ at 08:43| セージ、ローズマリー、タイム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

高校の水泳部 plus ゴールデンレモンタイム ローズマリーウッド(コリンウッドイングラム)

高校の水泳部の子から聞いた。
部活の予定表の紙を見せてくれたのでついでに少し様子を聞いた。

他の高校に行って練習したり逆に他の高校が来て合同で練習したりすることがとても多いらしい。

中学ではあまりこういうことは多くないと思っていたが高校ではそういうこともあるのだろうか。

知らなかった。

タイムの中では匍匐性のものが好き。
中でもゴールデンレモンタイムは朝や夕方に見ると金色に輝く。
庭のタイムを眺めながら思った、花よりきれいな花とは、タイムのことだ。
ちょっとタイム。
もう全部タイムでいっぱいにしようかなとも思うが名古屋城や墨俣一夜城歴史資料館以上に庭が金色に輝いてしまうので躊躇する。
どうしよう、すこし考えたい、ちょっとタイム。

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こっちはローズマリーウッド
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モーツァルト・ブルーと同じくらい青い。

kindleで出ているローズマリーの書籍はかたっぱしから読んでいる。
文字を指でなぞると知らない単語の日本語訳が出る。
便利以外の何物でもない。

posted by ヒカリ at 12:36| 高校生 英数国理社の5教科入試 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チェリーセージの水挿し挑戦中(マリアンさんのどマネで) plus 3年生のシラバス

雨が強く、九州も本州もかなり降っている。
ローズマリーとチェリーセージに危機を感じてもがいていた矢先、マリアンさんのブログ記事を拝読。


これはもう挑戦するしかない、水挿しに。今回の初挑戦では、茎太め、葉が細長い、花大きめが特徴のサルビア・ヤメンシス・サーモンイエロー。
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問題は、まだマックに行っていないこと。このままでは根が出たのか、出ていないのか、ドキドキできる瓶がないではないか。

行きつけのハンバーガー屋さんの朝MBで似たのを探したがないのでやむを得ず、風呂場にあったペットボトルで交代を送った次第。

比較ドキドキのために旧メンバー「さし芽・種まきの土」でも同時に試合開始。
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こちらは混成チームでチェリーセージの中でも斑入りや紫白などを入れた。
kazuと大久保と遠藤にusamiを混ぜるくらいの混合度かな。
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さて新人挿し芽にばかり頼っていてもいけない。
水挿しと土挿し芽が全部うまくいくとは限らない。
いまあるメンバーでどう戦うのか。

負けられない雨がある。
雷、大雨に負けてはいけない。
どういう戦術でいくのか。

前回挿し芽でまだか弱い若木たるローズマリーやチェリーセージはどうしようかと一晩「ジュクコウシ」、ハリル光が決めたことには、鉢の上にでかい透明のビーチパラソル傘を、さした(挿し芽だけに)。

もっとでかいお気にのミスジェサップ・ローズマリーほかは、軒下や玄関の中に入れた。こっちも日光にあてたいからビーチパラソルを用意せねば。

ドキドキ増幅以外には、ほふく前進(匍匐性植物の業界用語で雨や太陽に合わせて鉢を移動すること)しなくても雨に負けない方法を考えようと思い、この記事を書いてみた。ビニールハウスをつくった方がはやいかな。
ほなね。

マリアンさんのブログ記事

3年生がシラバスを持ってきてくれた。何をいつまでに仕上げればいいのか。
試験範囲表の100倍役に立つ。
ありがとう、ありがとう。

学校で扱われないところは自分でやればいい。


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posted by ヒカリ at 09:36| セージ、ローズマリー、タイム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする