2014年05月28日

イメージ図書からはじめなきゃ(1)

久しぶりにイメージ図書の話。

難しいものをやっているのはどこかかっこいい?
たしかにぃ。
難しい問題集をやっているとその分野のツウみたいでかっこよかったりする。雰囲気が大切なのである。


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(チェリーセージの花にはどこか小鳥の雰囲気がある。そんなにヴォクをみつめないで。)


でもね、初学者がいきなり難しい問題集を?
なんで?
最終的にどこまで到達しているのかということと、はじめどこからスタートするかは別問題。

難しい本とかっこよく格闘してるはずが、難しい問題集とにらめっこが進んでる。

10題やって1題解けそう。
脳がとけそう。(失礼)

自力丸がつかないならもうプライドを捨てかんたんな本を探してそれからはじめよう。

はじめるのにかんたんすぎることはない
(詠み人 ヴォク)

絵のいっぱいついた本が書店にある。
歴史まんがのついた歴史の本は有名だね。
わかりやすいし記憶にダイレクト。
歴史だけじゃなくて全教科あるよ。
市販されているよ。

イメージや漫画は脳内にイメージの核を形成してくれる。
難しい問題群と格闘するはイメージができたその後がいい。

漫画っていいよなー。まんがって感動するよなー。
たのしい、引きずりこまれるうちにいつの間にか内容が頭に入るという。

まぁ漫画読んで困ることと言えば挿絵に見とれて、「にやぁー」としてるところを人に見られたときにはずいことくらいなわけ。
ちょっとはずいだけよ。
そんなときは「みたなーっ?」て言えばよろしい(ニヤリ)

それでも漫画。
漫画ってやっぱおもろいじゃん。
な!?
マンガはイメージどかーんだ!

10冊書店で見て漫画の載ったいい説明書がなかったらもっと大きい書店でもう20冊見てみるといい。

漫画やイメージの本は必ずある。
見開き1ページが1分から5分で読める。

見開き1ページでひとつのテーマになっているから5分で1テーマのイメージが持てる。挿絵だけかと思いきや説明書きは十分にツボをおさえている。
ぐぐーって。

これならもう自力でできそう。
って、そう思えるようになったのはマンガや挿絵のおかげでイメージを共有することができたからなんだね。

イメージ図書というのは独学者の初学者にとって必要な図書であって、そこをきっと「ホーム」にしたらいい。

イメージなのではじめに書店で読んでみてビビっとくるのを選んだらいい。
ビビビのビってきたら、まちがいない。

本屋で5分読んで感じるところがなかったならその本ではまだだめだ。次いってみよー。

本当のイメージ図書ならその5分であなたに訴えるだけのインパクトをもっている。

もう、出会えただろうか。
イメージ図書に。

教科書をよく読んで疑問点はすぐに調べる、それが学問の基本であることは間違いないが教科書の意味さえ伝わってこない仕方のないスタート期は、もうプライドなんてかなぐり捨ててイメージ図書に突っ走れ。

そういうイメージの本は本当にあるんだ。

一方で教科書は学校で使うものだから個性的には作られていない。
教科書には無駄が一切ない。

教科書じゃあ、興味がわきにくいっていう初学段階ではもうイメージ図書からはじめてみるの。

厳密さを犠牲にしてでもあなたにイメージをダイレクトにインパクトをこめて伝えようと必死な絵本。

そういうところをホームにしたっていい。
難しいことならいくらでも後からやったらいいじゃない?

難しいことを簡単に伝えるのは実際に難しい。
そこをなんとか工夫に工夫を凝らして、届けようって、言ってる絵本(まんが 挿し絵 写真 図 グラフがいっぱいの本)がいっぱいあるの。
そして同じ、図が載ってるでも、
図がデカくてキレイなのがいい。

図がデカくてキレイ
なのがあるの。
見やすいはわかりやすいにつながっているんだ。
猫や犬まで登場していたらもう本物だ。



ほなね。はなね。ほなはなね。

(いつものように挨拶の後になんか書く。)

イメ図書は各教科、たくさんありすぎるので、例、あくまで例。(じゃ、あんたもブログでなくて漫画で書けばいいのに!(いや、ヴォクは絵はねー、絵はなー。・・・テニスボール拾いならうまいんだけどねー。))

こないだの「ほんわか」

NHKの例の講座。

サッカー キング カズ の召集はあるのか。
優勝を狙うW杯日本代表のゴールデンメンバーサプライズ選出の噂が飛び交う中、庭のゴールデンマーガレットが花をつけた。
黄色い花をつけた。風にも負けず雨にも負けず、ジャーマンカモミール、ローマンカモミールと咲きほこる。
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posted by ヒカリ at 06:15| 伝説の参考書、独学図書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小学生中学生高校生と独学

去年中3だった子たち(現高1生)が中間試験を迎えている。
高校生たちには、小学生の頃から独学の必要性をコンコンと指導してきた。約束と原則を守ってきた子たちで高校生になった今でも大学入試へ向けて、そのまま塾に来ている。

質問がほとんどなく過去1ヶ月で、全員合わせて質問メールは物理の1問のみだった。


意地でも自学自習しようとしているのだろう。

質問をしても「本をよく読んで」としか答えないことが続いたので質問する気がしなくなったのだろうか。

入試の勉強は結局自分でやるしかない。
そのことが伝わっているとしたらこれでいいのだ。

ノートやメモ帳を見る限り難しい問題がいくつも見えた。
今回も確認テストなしでやってきた。

高校生ともなれば確認くらい自分でできるようでないと話にならない。
そのことに高校生たちには早く気がついてほしくて、百問百答もなければ毎週何十枚もあった確認テストもない。

試験対策の勉強は結局自分でやるしかない。


「授業を受けるだけでは成績=点数が上がらない」=「学校・塾・予備校だけでは結果がついてこない」。
なぜならわかった気になっても自分で練習して自分なりの仕方でマスターしなければ自分の身にならず「問題が解ける」状態にまでならないから。

もちろん、先生・師・コーチに「やり方」を習って、それで上達する部分は大きい。しかし、授業は「勉強法の伝達や原理原則の導入が中心」なので受験で必要になる範囲を、学校・塾・予備校ですべてカバーするのは無理。授業を受けるのを「スピード1」とすれば、自学自習は「スピード20」ぐらい。自分でやった方が、早い。試験範囲は広いのでどんどん進まないと終わらない。

「自分でやってみる」というのが基本となる。

自分でやってみてわからないときに質問するべき存在がいればいい。


ヴォクがさっき検索ワードを調べたら、写真、「貴乃花」というのが上位にあった。しかもそれが「青ボールペン」よりも「定期試験学年一位」よりも上にあるって。珍しいところでは「東大を目指す公立中学3年生の参考書」というのがあった。中学のカリキュラムでは原理原則がきちんと理科で出てこないのでそこは通過するのがよい。
高校の物理化学生物地学をやった方がつながる。

数学も数学1A程度はなるべく早く終えておいた方がよい。1Aでは整数、確率、幾何、三角比といった重要単元が出てくるので数学力を鍛えられるだろう。

数学1Aの問題をいっぱい出す私学の入試対策にもなる。二次関数と直線の式だけでもやっておけば高校入試の関数が楽勝になる。
中学範囲のテクニックにこだわってとどまるよりは一度高校数学をやってしまったほうが実力がつく。

英語では高校の英文法までやっておけば比較的難しくなる準1級以上に挑戦しやすくなる。
日本では英文法を中1、2、3と高1で学ぶことになっているわけだが、4年に分ける必要性がない。
1、2年程度でやって文法の全体像を見たほうがいい。

国立大は5教科勝負で、理科と社会に時間をかけないと仕上がらない。
そういうこともあるので数英はどんなに予習しておいてもしすぎということはない。







光推薦独学図書
posted by ヒカリ at 09:00| 伝説の参考書、独学図書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月20日

試験用紙の重さ

きょうは庭のセージがいい花をつけていた。毎年毎日?花がつくと写真をとっているが、ブログ「花の匂い」は振り返ることが検索からできるので便利だ。
ヴォクと貴乃花とのうどん会写真とか花の写真とか結構何でも出てくる。
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(横から見てもやっぱり飛んでる。パタパタパターと小ヅルのようだ。)


きょうはテスト用紙と答案用紙を持ってきている子が多かった。

コピーはしないが見せてもらっている。
重い紙だ。

そこにはどう備えたか過去のことが書かれていて、

その紙には何点とったかの現在地も書かれていて、

目標校の入試で必要な点と逆算して未来も垣間見ることができる。

薄いのに重い紙だ。


余裕があってお釣りが出るくらいまで学力を高めておけば進路選びにも余裕が生まれる。

逆に成績がギリギリであると自信がなくなり期限や周りの声など偶発的な要素に流されて動きやすくなってしまう。

自分の声に耳を傾けよというのは簡単だがその前に、結果を出しておく必要がある。

進路を選ぶ重要な時期にさしかかった。
決めてしまう前に結果を出しておかねばならない。

結果を出すために改良あるのみ。
そして実行あるのみだ。

きょうは小学生に暗記の話をした。
何でも覚えている人がいる。
すごいなと思う。

定期試験の前に確認テストをしていると200問、300問くらい書いても満点という子がいる。

たとえばチェリーセージが好きでチェリーセージが趣味なんだという人はチェリーセージについて色々調べてチェリーセージのことをいろいろ試してたくさんのチェリーセージを見に行って、自分のチェリーセージを角度を変え向きを変えて何度もなんども眺めて、チェリーセージをいろんなところに寄せ植えして、ときにはチェリーセージを植え替えして、根を見て茎を見て葉を見て花を見て、何度もチェリーセージに話しかけるうちにチェリーセージについて詳しくなっていくんだろう。
チェリーセージについて200問、300問くらい聞かれたところで全部答えてしまうことがあったって何ら不思議なことではない。
だって彼はチェリーセージが好きなのだから。

(ローズマリーの花言葉の方が「記憶」だったからローズマリーで書けばよかったのだけれど、ローズマリーは春に植えたばかりでほとんど何も知らない。つい最近、立性だけでなく立性、半立性、匍匐性の3系統があることを知ったくらい。
でも何も知らないというのもどうなるか予測ができなくて面白いもんだ。立性のローズマリーでグリーンカーテン「花と緑のカーテン」や「気球みたいにでかくてまんまるのローズマリー」をつくりたいなぁと思ってちょこちょこ育つのを見ていたら先日ある方のブログですばらしいお写真を見つけた。
謎の植物に飲み込まれてしまうお写真なので目をつむってクリックしうっすらチラ見でお願いします。
許されるならヴォクもこういう髪型にしてみたい。てかカーテンは逆にほふく性、そっちか。)

ほなね、はなね、はなひかり。
あ、アリオ上尾の隣のハーブガーデン?のローズとハーブのラインナップにはぶったまげた。
これはもうハーブと薔薇のちょっとした植物園としか言いようがない。様々だ。

大宮の花の丘公園(大学2年になるM3から教えてもらって行ったところ)、伊奈の薔薇園(伊奈町町制施行記念公園、大学3年のFさんのお気にスポット)に続く衝撃だった。
アンガールズやニッチェなどいろんな芸人さんががふらっと来るアリオ上尾もすごいがこのハーブ園みたいなお店もゴイスー。

でも無料で人のネタを見るのはどこかしっくりこない。
やっぱりプロの芸には御礼が必要な気がする。
でもそしたらふらーと行っても予約してないお前に見せる芸はねえ!となるわけで。
この辺がアンバーランズ(なんとなくアンガールズっぽく)。

ヴォクの好きなセージだけでも、
コモンセージ
メキシカンブッシュセージ
パイナップルセージ
フルーツセージ
チェリーセージ
ラベンダーセージ
ペインテッドセージ
クラリーセージ
ホワイトチェリーセージ
パープルセージ
メドウセージ
があった気がする・・・(うろ覚え)

ゴイスーなお店は、こちら。ホーマック隣ホーマックローゼンハーブ上尾店

そして千原セージはアリオには来ていなかった(お決まりで)。


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店内ではマリアンさんみたいな、薔薇好きな方が熱心に何周もしながらつぶやきながら花に見入っている。カメラを持つその熱い姿勢に圧倒される。
机を離れたところでいかに学習するかを最近考えていたら桜島の遠藤さんがまたゴイスなことをインタビューで語っていた。

コピーして貼り付けよう。以下は全文引用。(ゲキサカより)

―日常生活で練習できるのですか?
「いっぱいあると思いますよ。例えば、レジとかもそうですし」

―レジ?
「スーパーとかに行って、早く帰りたいとき、ほとんどの人は並んでいる人が少ない列に行くじゃないですか? 4人並んでいる列と3人並んでいる列があれば、3人のほうが早いと思いますよね。でも、それは人数を数えているだけで、そのカゴに入れている中身まで見れば、5人並んでいようが、3人の列より早いときがあります。あとは、レジの人も見ますね。ベテランの店員の方だとカゴに入れるのも早いし、計算もパパッとやる。でも、それが研修生だったりすると時間がかかる。そういうのを確認して、感性を磨くのは楽しいと思います」



posted by ヒカリ at 22:55| 大学入試、化学、物理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コーチ・えのもと(15)

子どもが先生を見つめている。
じっと見つめてる。

ときおり子どもたちは、はい、と声を揃えて返事をしている。
壁から半分顔を出して覗くものがいても、
カラスがかあかあ猫がにゃあにゃあとないても、

子どもが先生を見つめている。
先生は何かを話してる。
手振り身振りで何かを伝えている。

それはまるで耳元でささやいているような、
それはまるで糸電話でなにかの意図を伝えているような。

子どもの顔は20度くらい仰いだ先の先生の顔を向いたきりだ。
動かずに。

いや先生の動きに合わせて首と目だけが動いてる。
両の手先はピンと気をつけいをしたまま。

じっと耳をすましている。
あー、コーチえのもとがここにいるよ。

あわててヴォクも夢の中のコーチえのもとに耳をすます。


浅山はテニスが下手や。
浅山には才能がない。
でも朝、コートにきてひとりで練習しとる。

いちばん早くきて練習しとる。
うまくなってる。
フォームが固まってきとる。

浅山は一軍の3番手になろうと必死や。
浅山はうまくなってきとる。
練習のプロや。
練習ではうまい。

いーか、おまえたちは浅山になれ。
浅山の練習をみろ。
浅山はいちばんにきて壁打ちをしとる。

きこえてきた。
ありがとう、ありがとう。
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コーチえのもと(15-1)
コーチえのもとは練習後にいつも話をしてくれた。
あんなに長々と毎日話したいことがよくあるものだなと今になって思う。
家族が子どもに話すよりもひょっとしてもっとたくさんのいろんな話をしてくれたんだ。
逆にぼくらはコーチえのもとのことをほとんど何も知らなかった。
コーチえのもとは家族と過ごす時間をつぶしてぼくたちの練習を見ていてくれる、そのことが不思議でならなかった。
盆も正月もなかった。
ただ雨の日だけはコーチえのもとはコートにこなかった。
雨が好きになったのはあの頃からかもしれない。
あー、きょうは遊べると考えたものだった。

かつて全国大会に陸上で出場した卒塾生(現大学生)がヴォクに話してくれたことがあった。
「練習をがんばったのはコーチのためです」と。

ぼくたちもほとんど同じような気持ちだったかもしれない。
テニスをがんばることがテニスでないところで絶対に役立つ。
お前たちは今はテニスをやっちょっが、大人になったらテニスなんかせんやろう。
でもいまやってるテニスの中に将来勉強をして仕事をするときにつながっていくものがある。
30になったらわかるからとにかく誰よりも練習をしなさい。
一球に気持ちを入れなさい。
中途半端に打ったらいかん、俺は半端はひとっちゃすかん。
誰かが倒れるまで1セットの練習は回すから倒れるまでやれ、俺が水をかけて起こすから心配はいらん。

そして倒れるのはだいたいのところ、ヴォクだった。速さについていけずに足がからまってずっこけるだけで倒れるといっても気を失ったわけではなかった。

もともと吹奏楽部で運動はからきし苦手、運動会が何より嫌い、足も極めて遅かったヴォクは部員の中に男子が一人しかいなかったことになぜだかたえかねて仕方なしに三ヶ月遅れでテニス部に入部した。友達がいたからというただそれだけの理由だった。

「お願いします」と入部届けをもっていったときもコーチえのもとは何も言わずにただ用紙を受け取っただけだった。まさか鉛筆で名前を書いただけのあの紙切れ一枚がその後のヴォクの人生にここまでの影響をもたらすだなんて思いもしなかった。

その後部活引退まで直接お話をしたことというのは一度もなかった。
説教を聞きちょっとした返事をするくらいはあったけれど。

夏休みは太陽よりも長くぼくらはコートの上にいた。
太陽が出る前に家を出てボールが見えなくなったらコート整備をした。

太陽が基準の練習時間だったので物理的な限界まで練習をすることができた。できることは全部やったと思いながら帰る日々が続いた。
これが充実でなくて他のどこに充実があるのだろう、あーきょうはテニスを倒れるくらいやった。
コートにライトが整備されていなかったこと、体育館にコートがなかったことが練習に区切りをもたらした。

太陽の出ている決まった時間しか練習ができないということ、雨の日はコートが痛むので練習をすることは許されないということを知った。
限界があったので限界のところちょうどまでテニスをすることができた。

これは1日に終わりがあること、天気に従うしかないこと、制限の中でベストの練習をすることをぼくらに教えてくれたんだ。

ゲイキン(くじらのガット)はまた雨に弱かった。
雨が降るとボールははねにくくなる。いつもの練習は中止になった。
体育館の中でやると膝を痛めるので試合は野外で行うのが基本だった。

天気とは天の気分なのかもしれない。
でもその天の気分のおかげでぼくらは限界のところまではやるということの意味を知った。
恵まれた村の生活をしている中学生達にとって限界を教えてくれるものなど他になかった。

部活動と天気のおかげで、限られた時間いっぱい(そう、時間はいつだって限られている)は必死にやるという動きをぼくらは身につけた。






posted by ヒカリ at 08:32| コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする