2014年03月29日

授業中の百問百答 〜花〜

授業中に百問百答をしている。
話をする。

答えのきまった問答は、たまに念のため紙に書いてもらう。
語句のつづりなど。

発見が多い。
逆に講師の(役割の)ヴォクの方が発見することもある。

答えのある問題はクイズとして。
それが全部終わると今度は答えのない問題もなぞなぞや限界提示として。

きょうの小学生(5年生)。
伝えている。「英語の過去分詞100個は桜が咲いているうちに覚えておくといい。」

逆に質問してきた。
「せんせー、どうしてforgetには過去分詞が2つあるのですか。」

すばらしい。
おもしろすぎる質問だ。ヴォクは質問されるために存在している。この子は疑問を聞くために質問している。
(桜はなぜいましか咲かないのか。)

この子は通知票をもってこなかったがどういう学習をしているのか、質問内容でよくわかる。

だから、通知票を見せてと催促するようなことはない。

クイズの数がJUST 100ということはない。200問答、300問答になることもある。

クイズの数と範囲は何を扱っているかどうかで変わる。
定義や背景にまでさかのぼりクイズする。

本に書いてあることはクイズとして。
本に書いていないことはおまじないとして。おまじないノートを手渡している。

答えを聞くこともあるが、正解不正解に関わらず、理由を聞くこともある。

答えが正しいか、正解を知っているかを知りたいばかりで、問答をしているのではない。

自分で考えてみたのか、考えたなら、どう考えたかが知りたくて口頭問答をしている。

理由の理由を聞くクイズもある。

理由をさかのぼって、原理まで行くともうそこから先の理由がみえなくなるのでそこで終わりとなる。

それより先を聞くとすると禅問答のようになってしまう。

電流の周りにはどうして右回りの磁界が発生するのか。なぜ右であって左ではないのか。

エネルギーはなぜ保存するのか。保存しないのはどんなときか。

運動をすると学習する細胞が脳内に作られるという話は本当か。

(それに対して)動物や人間はなぜ死ぬのか。

答えの例。

「むぅーーー(無)。」

「うぅーーー(有)。」

高校生クイズではそういう内容になってしまうことも少なくない。

今年大学へ進んだ子たちとは半分は進捗確認、1割がテストに出ることの質問解答だった。4割がいま書いたような限界の話だ。(数字は適当)

いっぱい質問を受ける。
ヴォクからは少しだけクイズをしている。
残念なことは小中学校で習うことの理由が高校学習範囲以降に集まっていることが少なくないことだ。

重要なものは高3と大学まわしというのが日本のカリキュラムの特徴になっているので、日本の小中高生は勉強はひょっとして暗記なのではないかと錯覚しやすい。

そして、小中学生の授業中に理由の理由の理由まで遡るのが難しくなる。
理由の理由くらいまでしか言えない。

いまはここまでだけどいついつのどこそこの本や記事(論文掲載雑誌やnytimesのURLなど)で出てくると紹介するところで終わってしまう。

だから壁いっぱいに本がある。よい参考書よい問題集には理由があり、体系がある。

本を見せ紹介するところまででとまってしまう。
期待と、学ぶ楽しみが増えるから、まあよろしい。



入園、入学おめでとう☆
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写真はお茶大に通う卒生からのいただきもの。他にクローバーもいただいた。四つ葉と五つ葉が咲いたら教えてね、と。
感謝。
大学での物理と花屋でのお仕事の両立生活とのこと。


それから東大に進んだ方のお父様がお見えになってお菓子をいただきました。ありがとうございました。
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オーストラリアに行った新1年生にコアラをいただいてコアラがコラボしたりシンガポールにいった新2年生にマーライオンをいただいてマーライオンが群れになったりしております。感謝。

他にも最近旅行のお土産をいただいてばかり。
なかなかここにすべては載せられませんが、感謝しております。




posted by ヒカリ at 08:57| 失敗は成功のマザー by ミスター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

もっと勉強したい(37)

初学者よ、解ける問題から解け。

難しい問題をずっと考えていて途中から頭が動かなくなってくる。

もうずっと根性と意地をもって机に座って問題を見つめているのに手が動かない。

まるで泥沼の中をもがいているような気分で表情がこわばっている。

それでも考え続けることに単元の仕上げ期においてなら意味もあるが、初学時にはいささかも意味がない。

とまってうんうんとうなる時間をつかってすぐに解答を見たらいい。

解答の解説をじっと見ても何をやっているのかよくわからないことがあまり多いなら、そもそもやる問題集を間違えている。

7割から8割くらいはなんとか自力でわかる問題群を探して先にそっちに手をつけよ。

残りの2割3割の要素を問題集を読み参考書を調べ、うまく吸収し、自分の力にすることができる。

2割3割の解決できなかった問題に学ぶことができる。

問題集の◯の数を数えよ。
全部◯なら、やはりやる問題集を間違っている。

ひとつも×がないことがずっと続くなら問題集のレベルを上げていいだろう。
0、1、2が身についているのだ。

全部×なら、問題集を間違っている。
その問題集がレベル6として学習者の単元レベルは4以下だったのかもしれぬ。

雪だるまがだんだん大きくなるみたいに力が自分についてきたと思ってからでも最初の(以前の自分のレベルよりも上にあった)問題群に立ち向かうのは遅くない。

独学者が困るのは練習メニューの選定に自信がなくなったときに誰も周りにいないことだ。

しかしいまはカリキュラム、学習プラン、問題集の情報はネットを見ても見つかる。

以前のように限られた先輩談、学校のカリキュラム、数冊の合格体験記だけに頼らなくとも、いつなにをやったのかの情報が入手しやすくなっている。

玉石混淆でネットなんてだめと言うなら書店に行き問題集をよく比べよ。
よい相棒の選択肢が少なくない。

独学者はコーチがあれこれ練習メニューを組み立ててくれないときこそ、自分のやりたい順序でやりたい練習をしたらいい。

それがセルフラーニングだ。あれこれもがきながら毎日目標の時間いっぱい、自学するのがセルフラーニングだ。

疑問点が山のようにあふれる場合に、疑問点が生じないまま読み進められる参考書を読むのもひとつの手だ。

どうしてもわからなくなったら同じ単元で複数の参考書にあたってみるのもよい戦術だ。

ひょっとしてAの単元はBの参考書がよいが、Cの単元になるとDの参考書の方がわかりやすいということだってある。
そして後から振り返ったらその単元はBの参考書よりも(捨てた方の)Aの方がよくまとまっていてわかりやすく感じたなんてこともある。やっぱりAいいなー。


初学時は全体像が見えないうちはとかく道に迷いやすい。
大きな森の中で自分を失い、ともすれば自信喪失にまでいたる。

森全体を見ることができるようになるまでは薄くても全体を手早く終えられるようなかんたんな参考書を一周するのが鉄則だ。

かんたんでも全体がわかれば、次に難度があがった問題集で細部をやるときにでも解法の見通しが立てやすくなるものだ。

なぜならその問題が単元の中でどんな意味を持つものなのかという大きな視野と地図をもって立ち向かうことができるからだ。

ここに来たのは初めてではないという根拠から来る自信が解答者に集中力と方向感覚を与えてくれもする。

はじめは、かんたんな道でいいから全体を歩き回れ。
これを森勉という。

森勉(36)が単元を極める直前段階、仕上げ段階にいる上級者の学習法とすれば、今回の(37)は初学者の森勉。

いっぱんに森勉では、上級になればなるほど細部にこだわって学習するようにし、はじめであればあるほどまずは全体を見るようにしてみることを戦略とする。

ざっくりいって、初学者こそ、かんたんな問題集をやれということだ。
教科書や傍用問題集ができないうちに背伸びして難しいのばかりやるのは逆に遅くなる。
そして教科書がわからないなら教科書よりわかる基礎まで戻ってやるということだ。

7割8割解けて、解けなかった問題と格闘する、その繰り返しの先に、目標大学合格がある。

高1の入学時に描いた君の目標はなんだろう。
そしてそれをつかむための道はどんな道だろう。

他のものを犠牲にしてでも達成したいことがあるのなら、その道を突き進め、その道の真ん中を突き進め。

進もうと思ったら方法はかんたんだ。
進もうと思ったらたんに自学自習して進めばいい。

自学自習すると何が変わるか。
工夫するようになるんだ。

暗記法など。
いろいろなやり方を自分なりの仕方でためすうちに暗記スキルが向上していく。

小さいノートにまとめる。
ルーズリーフにまとめる。
紙に何回も書く。
つぶやく、見る。
隠す、見る。
読む。
ダビングする、聞く。
暗記の仕方などいくらでもあるがそれを自分でやってみるということに自学自習の意味がある。

自学自習をしてはじめてできあがる学習能力というものが存在する。

目次をつくる。
まとめる。
間違った問題について調べたことをまとめる。

自分でつくったノートには愛着がわくから何度でも見返したくなる。
もしも筆跡がお気に入りのタイプなら効果は倍増。
もしも好きなペンの好きな色で文字が書かれていたら効果倍増。
(だから習字は頭にいいんだろうな)

書いてて自分で書いた文字が嫌になるよりは毎回うっとりできる方がよくないか?

書いてて毎回ボールペンのだまが気になるくらいならだまの出ないペンで書いたほうがよくないか?

復習するタイミングも一日後、二日後など忘れかけたちょうどその時にやるのもうまくなっていく。

自分が覚えたことを何日間そのまま覚えていられるのか自分でわかるようになっていく。

本を読んで記憶に残りやすい時間帯というのもわかってくる。
寝る前に読むのか、寝起き直後がきくか、電車の中の25分間が記憶にいいのか。一日中ずっとやれたらよいが一日中机に向かっていられるほど恵まれた環境にいる人間はそんなに多く居ない。

本を読むときも一冊を一気通貫がいいのか、単元別に小分けにして複数の本を乱読するのがいいのか。

タイプができあがっていく。
そして自学自習をすればするほど新しいタイプが出来上がり一層自学自習能力が増してゆく。

講義を聞いてインパクトや感動をもらうのはたしかにあるが自分のものとするためにはその何倍の時間分もの練習がいる。

不調なときに新しい勉強法を試し打開することができるようになる。
たとえスランプに落ち込んだり、一時間
廃人になってしまうにしても、新しいことを試せる人は起き上がるチャンスを自分でつかみやすくなる。

何度も工夫して勉強法を塗り替えてきた過去の自分が不調のときの自分を助けるバネになってくれるようになる。

定期試験前だから勉強をする。
入試前だから勉強をする。
それはそれでもちろんよいだろう。

でも知りたくて勉強をしてた、って部分を忘れてしまっていないか。

その証拠に一週間勉強禁止という環境にいれられたとしよう。

うれしいか、苦しいか。




(前回 「あの子が勉強する理由」)
http://selflearning.seesaa.net/article/287978615.html

(つづく)

2014年03月23日

解答スピード◯を身につける3つの方法

スピード◯の話の続き。
速度が速くなると学習時間の多寡にあまり関係なく学習が進む。
速度が速くなればテストで楽になる。
どうやったら速度が上がるだろう。
思考速度を上げるにはどうしたらいいんだろう?
でもそんな方法があったらみんなやってるよなー。
ないよねー。


まぁないこともないんだけど。
そんなときはー、
難度と時間の書いてある問題集〜(ドラえもん風)

(なにそれー)

これを使うと解くのが速くなるんだぁ。
たとえばぁー、「標準15分」を解くときにGshockのスタートを押す。
とき終わったらストップさせる。

ボタンを押してから始めると背中のスピードスイッチが入って頭がじっと動かなくなって集中、まるでノートにはりつくみたい。

鉛筆の進みも速くなる。
ストップウォッチのタイマーを見てごらん。
ね、緊張で普段より速くなってたでしょう。

60分あったら何問解けると思う?
(15分の問題だったら4題でしょう?)
そう。だから目標計画が立てやすくなってテンションが上がるんだー。
(うん、4題解きたい気がしてきたー。)

無駄な時間も少なくすることができて一石二鳥というわけ。
(やってみよっかなー。)
posted by ヒカリ at 17:13| どうでもいい花波詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月19日

表札が光らなくて

いつからだろう、太陽光で光る(はずの)光塾の表札が光らなくて名前がとんと見えない。

これでは光らない塾だ。

まあよろしい。

表札が光っても光らなくても中の電気が光っている教室があればいいではないか。

どうでもよい表札はさておき、光っている参考書の話も。
「わかりやすすぎる本は親切すぎてわかった気になるだけで不親切だ」などとよく聞くが、わからないよりはわかった方がおもしろいというのもあって、かんたんなことを難しく書く本よりは難しいことでもかんたんに説明している本が好き。

そういう本が好きなので子どもにもそういう本を紹介することが多い。

自学独学スキルがあがればあがるほど、どんな本を読めばいいのかさえわかれば自分でどんどん勉強ができるようになる。どんな本を選ぶかは重要でときに運命を変える。

物理がわからなくてきらいだった人がある参考書を読んで感銘を受け大学の理学部物理科に進んだこともあったし、英語が嫌いだったところに「英文解釈教室」を読んで高校の英語教師になった人がかつていた。

よい本には工夫がある。体系がある。やるべきことのTO DOが見える。よい問題集には到達点(と呼ばれるもの)がある。
いわく、「この本をマスターすれば本番で60点中50点はとれる」といった言い方がなされる。

プラン中の一人としてそういう情報は嫌いではないが実際に手にとって読み、鉛筆を持って解いてみるのが一番である。体系的といわれる本はどういう体系を示しているのか?
到達点が高いと言われる本にはどういう指導技術が発揮されているのか?

かくして読みたい参考書は増える一方で、買っても買っても読んでも読んでもまるでなくなるということがない。

アマゾンやオークションでは絶版の本でも破格の値段で入手できることがあるので毎日検索をして安い時があったら(ボヤッキーの)ポチッとなをするという一連のタスクがなかば趣味化しているのかもしれぬが買った本はもったいないからとりあえず1回は読むので趣味というばかりではないだろう。

読むために探しているのだから読む方が趣味であって安く探す方は趣味と呼びたくないに3000点。

春休み中も神田で新しい科目の参考書を昭和時代のものも含めて本棚一段分くらいの結構な数、入手した。
一息ついたらレビューも書きたいと思う。こんなことを趣味のようにしていて入試問題は全国30年分以上、棚に集まっている。研究のためかコレクションのためのコレクションなのか区別がつかぬ。

新しい科目とは、毎年一つずつ新しい科目の勉強をするのを年のテーマにしている。毎年とは言っても一度やったら東大京大の入試問題がスラスラ解けるようになるまでやめないのでひとつの科目を2年も3年も続けてやっていることも多い。「今年の科目」と言った方がいい。

今年は新しい科目をはじめることにした。塾生と一緒に学習しはじめた科目は高校一年生以来だったので新鮮。自分が高校一年生になったときの感覚を思い出しながら読み解きしている。

おもしろくて仕方がない。
独学といってもホームの本が体系的でかつわかりやすいので、本に学んでいるというのが正しい。

サブの本もホーム図書と合わせて読み比べするとおもしろいものがたくさんあり、サブがホームになることもある。

順番は問題ではない。
ヴォクの独学法は、単元だけ同じにしたまますきな順番にすきな本を読むというやり方が多い。いわゆる乱読のようなものか。
ただしホーム図書だけは最低10周くらいは読み返す。
比べ読みした上で、血肉化したい勝者の本はそれくらい読まないともったいない。

筆者が何年間も何十年もかけて書いた本だ。
せめて5周はせねば身につくもんも身につかねぇ。



posted by ヒカリ at 18:42| 特急ひかり新幹線 hikari | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

早稲田大学合格、花が咲いて。

大学入試が終わって今年最後のご連絡をいただきました。

6年間毎週土曜日の17:00から電車で光まで通っていた獨協埼玉の高校3年生がお母様を連れてお越しくださいました。

彼には大学入試の結果は全部終わってからまとめて教えてくださいと私からお願いしていたので今年最後の今日のタイミングとなりました。

気にかかっていた進路は、たくさんの大学に合格して、最終的に早稲田の理工に決めたとのことでした。
ご進学おめでとうございます。おめでとうございます。

いろいろ伺いたいことばかりだったので話は尽きませんが一年分の笑顔をいただきました。
ありがとうございました。
「高3の夏前、せんせいに勉強しろ、やるしかない!と言われたときは目の前が真っ暗になりました」と今、彼に言われましたが、そのようなことを申した記憶がありません。

たしかに人生の大事なことは大学で考えればいい、いまは起きている間中全部受験勉強しろと言ったような気もしますが、言われた以上のことを実行したのはあなたです。

問題集を3周しろとヴォクが言ったら勝手に期限より早く5周してきてなんでそんなにやったのかと聞けば「せんせーがやれっていったじゃないですかー」と。あなたの真剣と努力とに驚かされました。

「ヒカリに来る時は一週間ぶりに外気を吸うので新鮮です」
とあなたは夏休みヒカリに来る時に謎めいたセリフを毎回言っていましたね。

ということは一週間自宅で単調に勉強し同じ問題集を何周もくるくると解き回す生活をひたすら続けていたことになります。

光は保護者面談を持ちかけないのでお会いするのが体験授業以来6年ぶりとなったお母様には「小学生のときにアルファベットから教わりました」と仰いました。なつかしく当時のことを思い出しました。

大学入試がはじまる前の一月に「どこに行くことになっても大学でも頑張れると見ています」というような趣旨のことをお母様が仰っていました。
本人も家族に見守られ安心して入試を迎えられたことでしょう。

中1でセルフラーニング◎◎を身につけ全入試教科を学校と独学でマスターし、週のセルフ課題(with ヒカリ)をやらなかったことがただの一回もなくいろいろ相談もしてくれたまっすぐな青年ですが、今日久しぶりにお会いするともう大学生にしか見えない、です。

微積物理。
物理と数学微積分学と小説をこよなく愛しそれでいて嫌いな科目?も黙々と我慢して耐える姿は見習うところばかりでした。

相談相手になるどころか逆になってもらったりもしていたのでこの後ぽっかり穴があくような気分を予感しております。

読書家で小説マニアの彼から勧められた本をいくつか買ってあるので読みたいと思います。
感謝。
posted by ヒカリ at 15:59| 大学入試、化学、物理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

浦和

公立の発表より前から進学先がどこになってもそのまま続けたいのでと言って来ていた中3の子がいた。

浦和に上位合格することを目指して中3の夏前までは無学年式に進んだ。高2のところまで進んだ科目などもある。

高校入試前の数ヶ月は準備のため念のために高校範囲の学習をストップしたので大学入試に向けては中高一貫生と比べたら中学の復習をやりすぎたということになるだろう。

入試後、発表日より前からは高校の勉強を再開した。

発表日の喜びはあったに違いないはずだがコメントはシンプルなものでいささか拍子抜けした。

一日くらい有頂天になるのかなと思ったヴォクが甘かった。
「書類もらいました」
というのが彼の言葉だった。

そう、浦和進学はスタート地点に立つことなのだ。浦和高校は3年連続公立高校東大合格者数全国ナンバーワンになるかという注目のされ方をしているため今年の受験生は当然東大受験を意識して浦和を選んでいる。光塾生のウラウラの子たちには東大受験の詳しい話はまだしていないが将来の目標は聞いているのでわかっている。医学薬学の道を志す者、東大に進みたい者。

入試の本採点結果がわかるのはまだ少しだけ先だがどれくらいとっているだろう。
それが高校0学期の期末試験であるというのは精神安定のためだけでなく実際そうなので伝えたことがある。

そこで本番得点率何十何%、何位からのスタートなのかがわかる。今回の公立入試本試験の得点率は34ヶ月後の大学入試センター試験の得点率を何十何%にできるかに対してたしかに連動している。(たとえば90%得点率から90%得点率に至るのは想像しやすい。)
高校での目標順位は口にしないがもう決まっている。
しっかりやってその順位をとるのは当たり前の目標だ。

たんたんと進んでいるようだが将来の目標に向けて長い目で見ればこんなもんかもしれない。

高校生になって変わるのは、勉強という限りなくせまい世界の中だけで考えたら、通学電車中に暗記ができるのと、模試が県内順位でなく全国順位になることだ。もちろん数学や理科に公式暗記が少なくなり原理原則を知ることができるなどの学問的な楽しさがぐっと大きくなるのだけれど。

学校が変わり環境の変化が心配だ。
先輩たちよ、どうぞやさしくね。