2014年01月22日

やっと解き終えた

紙にしてシャーペンを手に時間を測って解かないと気が済まないので今頃だ。
解答の数字を見て採点しながら業務スーパーで大人買いしてあるた○焼きを食べて寝よう。

センターは通過点でしかないのははじめからわかっていても精神的な影響は大きい。
よかったものは自信になり、わるかったものは不安になるだろう。
でもただの通過点なのだ。

マークでない、二次の記述試験勝負。

2014年01月20日

きょうの英語と空間図形の鉄人

中学生の英語では定期試験1月前だったので抜き打ちで全文暗写テストをした。
きょうの子はいつものようにスラスラ書けていた。
極めてる、よし(バシッと極め印を捺しながら)!
よく練習しているようだ。
ほかの教科、数理国社はどうだろう。


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becauseの前にカンマをつけていたので「これはねー、前にカンマはつけないんだー」(無意識にドラえもんの口調(新ドラえもんの方)で)

「先生、それはゴミです。はいっ。」

「どひぇー。」

「ちょうどいいところについていましたね(ニヤリ)」







英語を小学生中学生に指導するときに考えていることがある。
努力をはかる科目としての英語という話をある本で20年前に読んだ。本の名前が思いついたら後ほど記そう。
英語が仮に国語(母語)と同じところまで力をつけることができるとするならばこのことは正しいと感じる。
証拠というものはないが経験的には納得できる部分がかなり大きい。

英語のルールやパターンや例文を使えるように練習すること。
わからないところで立ち止まり考えること、調べること。
その積み重ねの上に英語力が築かれる。

フランス語でもドイツ語でもイタリア語でも話は同じだが、英語が国際語であり米語でもあるのでたまたま英語を学んでいる。
どうせやるなら極めるつもりでやってもらいたい。
そう思っている。

きょうの子(小5)。
「空間図形を人に教えられるくらい解けるね(鉄人印のシャチハタをポンと記録帳に捺しながら)。英語も週速度100語が身についている、おめでとう。」

「でね、平面図形と空間図形を極めるまでがあっという間だったんだけどなんで? ドラえもんだけではないよな?」

「ラキュー」

「らっきょう? 食べるラッキョウなら知ってるけどブロックのラキュー?(メモメモ)」

世の中にはいろんなものがあるのだなー。スネークキューブに、正四面体のルービックキューブに、ラキューかぁ。



ほなね。
「光塾ってどこにあるの?」と、マンモス大石中の子や塾の地元桶川中の子の学校の教科担任が何回も聞いてくださったらしい。
開塾時からとくに看板やチラシを出したことがないので場所はわかりづらいようだ。
ヴォクの方は中学校によく行っているのでなんだか変な気分。


2014年01月18日

センター試験 問題 解答

センターの問題が到着した。

何時間も遅れたがこれから解こう。きょうは4科目。

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2014年01月05日

東京大学に進学した塾の卒業生に本をいただきました。( 上尾市, 光塾 )

光塾を昨春に卒業した方が東京大学への合格体験記(のようなもの)の本が出来たということでわざわざ届けてくれた。大学の部活の先輩に頼まれて5月に書いたとのこと。大学でも部活と学問を両立して過ごしているとのこと。サークルではなく部に所属しているというところが何ともこの人らしい。

この方には小・中・高といつも驚かされてばかりだった。今回もまた驚かされた。本を執筆していたとは。

東大受験生がみんな読んでいるような本



ナカミが非常に濃い勉強計画の本なのだけれど今回はページをめくるのがとくにもったいない気持ち。

ありがとう。ありがとう。
東大受験希望の中高生からのお問い合わせが多かったのはいったいなぜだろうと思っていたのだが、「光塾」の名前を本に載せてくれていたのだね。

(※中高生のセルフラーニング教室は満席のため募集停止中です。東大一橋コースも同様です。)



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posted by ヒカリ at 19:52| 大学進学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

セルフラーニング力の向上(12)

勉強ができる子は自分を律して勉強することができる。
勉強ができるようになるには独学がうまくならなければいけない。言われないとできないをいつまでも続けていても上昇の上限がやってくる。
だから独学ができるようになる方法を指導している。




セルフラーニングには完成形が存在する。
それについて書くのはまだ早いのだがちょこまかモードからいったん脱出。

今日の小学生(5年生)。勝手に数学を次の章までやってきていた。
課題が28章までだったところを自分の意思で29章までやってきていた。
同じ時間と同じ授業料(月謝)のまま、次の本を1週はやく手にした。数学も中2内容に入った。
ここだ。

毎週のように鉄人審査も受けている。中1の方程式、関数、図形。それぞれの分野が鉄人になっているのはもちろんうれしいことだが、別人になっていることはそのずっと上位の学習特性。

鉄人より別人


テツジンのうえにベツジンがいるんだ。
君はベツジンになっている。

長く、小学生のうちからあずかって毎回のように説教をしている。
本意ではないが結局グダグダと言っている。
禁句も何回も口にしてたまには飲めないのに夜もやもやして芋焼酎を口にしたこともある。意外にうまい。いやそうじゃなくて。

逆もあるんだな。
変わってる。
こちらの点は一瞬その変化に気づかないが習慣の脱皮はよくよく考えると形に見えない小さな小さな習慣の変化。
しかしそれは当の本人の意思の大きな変化によってのみ達成されたセルフラーニングの完成形。
きょうはおかげで水がうまい。


勝手に先へ進む○


来週きたら別人位「勝手にすすむ○が身についている」のことを伝えよう。二重丸でないことも。

中2生。
定期試験返却。5教科の得点記入。振り返りと今後の作戦記入。
日常のこと。この子もこの時間をとるのが9回目だ。

自己ベストが出るのはたしかにすこしだけうれしい。
それはてっとりばやく形に見える。
目に見える。
野球でいうところの記録だ。そして記録は確認して終わり。


ちょっと見では気づかないがいやでもちょっとよく見たらすぐにわかる変化があった。
いままでいつも足をひっぱっていたしのぎ教科を克服している。
ベツジンになっている。

自己ベスト更新を考え作戦を立てさあ実行しようってときに苦手教科(のようにみえていたもの)がいつも邪魔になっていたことだろう。足を引っ張っていた。
ひょっとしてセルフラーニング時にいつもそれから先にやっていたんじゃないか。
その証拠に最近はその教科がむしろ一番よい結果になっている。
これだ。

ヴォクの記憶が正しければあなたは苦手教科を得意教科に変えている。
それは過去9回遡って平均をとったエクセル君の記録まで戻ることで確認された。

記憶に残る変化をなしとげたね。
「苦手教科を得意教科に変える」という経験を積んでいるように見える。
どうやって成し遂げたのだろう。

今度会ったらコツを教えていただきたい。どんな覚悟を決めて実際どんな工夫をしたのだろう。
ヴォクはそれを新聞記者のようにメモしよう。



きょうのメモ
・ノルマを与えられたらその一歩先まで勝手に自分ノルマを設定せよ。

・苦手教科を見つけたらむしろ毎日それを練習せよ。(もしももがいて克服できたら一生役に立つ。いつだって苦手は起きる。)


勝手にすすむ◎のことも。
それを身につけている子が数名いる。将来の目標が明確にあるのは当たり前として、この子は毎週の単語のたかが確認テストでも毎回必ず満点をとる。満点でなかったことは記憶にない。

理由は彼女によればかんたんで、範囲になるずっと以前から電車の中で毎日それを暗記している制限時間トレインをしているからだ。

塾でテストが1401-1500だとしてもその確認以外に自分のノルマにそって毎日まいにち回している。
いま12周回目の日付がその用語集のページに書かれていた。

セルフラーニング◎を身につけている数名のうちの一人だ。
ひとたびこの段階までくると人にテストされようがされまいが自分で決めて自分でやるようになる。
テストされるところの暗記率が100%になるのは当たり前として次にいつどこがテストされてもいいようにどんどん固めてゆくことをしている。

どうやったらこのステージにいけるかといえばかんたんで勝手に決めて勝手に先を見ることだ。
一度先に行くと効果がわかる。喜びを知る。
半歩前に行ってみるだけでいいのだ。
最初は1問前でもいい。

年齢は関係ない。
やるか、やらないかしかない。

予習をする。
繰り返し予習しておく。
先に行けば余裕が生まれる。
自分のペースに持ち込める。

ほなね。

posted by ヒカリ at 19:51| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今夜はカレーだよ(5)

たとえばゲームやまんがあるとしてゲームやまんが自体はいいもんだ。
ゲームがゲームとしていい。まんがはまんがとしていい。

「ゲームやまんががあるから勉強しない」ということばにはどこか足りないところがある。
ゲームやまんががなくたって小説もあればテレビも携帯もラジオもiPadもパソコンもある。
代替のものならいくらかあるだろう。

ゲームやまんががわるいのではない。
いまそれをするべきかやめるべきか。
いま学習をしたらいいのかしないほうがいいのか。それを判断する力がないことの方が問題だ。
「ねー、ゲームやっていい?」
100回くらいはいいかわるいか聞いてていいかもしらん。
でも、自分でわからないの?



部活動は、一般的な部活動のことはヴォクは知らないが、いいもんだ。
東京大学に進学した卒業生が本に書いていた。
「1日まったく勉強しない日をつくっていました」と。

体育会のハードな部活動でただでさえ勉強に回せる時間が少ないというのに勉強を一切しない休日をつくっていただなんて。
恥ずかしいことに6年間そのことに気がつかなかった。
やりたいこととやるべきことを自分で決めているのだろう。

成績が優秀な子でニュースを見ている子もいればニュースは見ていない子もいる。
ニュースを見る見ないがそのまま思考力形成に影響を大きく及ぼすということはない。
時期がくればニュースを読みたい人はニュースを読むだろう。

携帯を持っていても余計な機能をつかってみて邪魔だと感じたものはカットできるような判断力が持てるようにならねばならない。
逆に辞書機能など便利なものがあれば電子辞書のように活用したらいい。

ドラえもんがいたとして、いやいないまでも未来は今よりすこし便利になっていることもあるとして、だから道具に頼って自己学習しなくなるなんてことがあるだろうか。
いろんなことを体験することができていろんな秘密道具を利用できて、むしろのび太は勉強したくなるんじゃなかろうか。
のび太くんが0点のテストだらけという点において「ドラえもん」には間違いがある。
あるいは道具に溺れてまんがの設定のようにのろまなままののび太なのだろうか。

それはドラえもんとのび太次第なのではなかろうか。

posted by ヒカリ at 11:02| 今夜はカレーだよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする