2013年11月12日

セルフラーニング力の向上(6)

セルフラーニングの技法(6)
・惚れ込んだ本をいつものように読む。全文憶えてしまうくらいまで。


自分で材料を調達し自分で技を学ぶセルフラーニングにおいてどんな本、参考書問題集を読むかが成果に大きく影響する。

例えば、成功者の真似をする。志望校に進学している先輩が使っていた本を読む。
例えば、予備校のトップ講師の本に学ぶこともできる。講師教師の一部は授業や技術を(ときにその周辺までの研究の細部、ノートなどまで)作品にして市販している。詳しい本になってくると答案、解法のルールや定石のみならず「なぜそうして解くか」といった解法の必然性まで書いてある。

一流の現役プレイヤーの書物もあるだろう。

体系的な本になってくると個々の問題の解き方のみならずテーマに取り組む際の姿勢や呼吸法、判断基準の枠組みまでを伝えようとしている。判断の体系をまとめている本もある。

本にはりつき繰り返し読み返しているとまるで(映像)授業を観ているように肉声、息づかいまで聞こえてくるようだ。

絶版図書も、現役を引退している師の本も、そしてもちろんベストセラーの本もどれだって選ぶことができる。

え?絶版だとわからないところを著者に質問できないから困るって?
そうだね。
Youtubeを開けばわかりやすい講義がたくさん視聴できる。
知恵袋で質問すれば明解な解説がいっぱい見つかる。
しかし質問を著者以外の人にしたくない。
そしてその本の著者に直に聞くことができない。
ならば、寝かしたままずっと考えたらいいさ。
5年後違うことを考えているときにふとわかることだってあるさ。



古本屋や書店で同じテーマを読み比べれば他人にとってでなく自分にとっての価値がよくわかる。
あなたがどうしてもわからなかった問題をサクッと明快に記述してある参考書がもし書店にあればそれを買っておけばいい。その本はかゆいところにまで手が届いている。


入試で重要でないこと、周辺知識まで掲載している網羅性の高い書物を選ぶこともできる。
ふつうの本で2ページかける解説を10ページくらいかけて説明する詳しい本も。
ひとつの解法だけでなく別解1、別解2と複数の解法まで紹介しさらにそれぞれのメリットデメリット、普遍性、速さなど解法の選択まで書きおこしている書物に学ぶことも。自分の解き方がどうだったのかまで学ぶことができる。

毎年試験に出るような典型的古典的な重要問題だけをセレクトし、ただしインパクトを持って伝える本を選ぶこともできる。
学年関係なく3年先5年先に学校で習うようなことも噛み砕いて説明している本も。
教室通いだったらありえないことだがひとつの教科で2人の師の本に学ぶこともときにはできるだろう。ひとりの先生の書物を読破し、次に同じ(ような)派や違う(ような)技、型をもった先生の本を手にとることもできるかも。
まるで読書のように。


ひとつ上の進学先の学校の学生が使っている指定図書や副教材も。

市販図書なら大きな書店で実際に手にとって探せるのがいい。
絶版図書なら伝説的な名著を古本屋で見つけて入手できる。タイムスリップして師の教えを学ぶことができる。


結果、セルフラーニングを、師の言葉を頼りにしながら、進めることができる。
そうして徐々に自分なりの仕方が見えてくるものだ。

ところで本に読んで学習を進めることを継続するとひとつの能力が身につくことをご存知だろうか。

一回だけ読んで内容を頭に入れる能力、一回だけ聴いて内容を頭に入れる能力は情報処理能力として重要なものだ。

二回も言われるとしつこく感じるというくらいになりたいものだ。
水筒はもったの?
・・・
水筒はもったの?

二回言うことには問題があるし二回言われる方にも問題がある。

一回で聞き取れないならメモをとる工夫が必要だ。
一回読んで頭に入らないなら読書スピードを落とす工夫が必要だ。
二回読む三回読むのは自由だが一回でも読めるようになれるものならなりたい。

聞き返すことを癖にしていてはいけない。
一回聴いたときに集中して聴くようにしわからない部分だけを質問するようでありたい。
そんなどうでもいいことを思う。

入試問題の英語や国語の問題文はやたらに長くそのくせ試験時間が短い大学が私大には多い。
差をつけないとならないからというのもあろうが、ひとつに情報処理能力を見たいということもあるだろう。

だから速読速聴がとかく言われる。
人間は理解している限りにおいて読解速度を上げることはできるがたんに目を速く動かすだけで速読スキルが上がるということはない。

集中して読んでインプットして頭の中で考えてはじめて次の情報が頭に入るスペースが生まれるのであって、速聞きすれば勝手に脳に入ってくるものでないことは、たとえばDVDを高速にしすぎると何も入ってこなくなることを考えてみてもわかることだ。

それはどこか消化と似ている。
人は消化しないと次の食べ物が入らない。

速く読むこと、一回でとらえることはたしかに身につけたい能力の一つだが、その方法となると世に確立されたものがない。

普段の訓練が必要といえばそれまでだが、ではどうやって訓練するかと言えば返り読みせずに読んでみるとか理解できる限りのスピードにおいて速い遅いの差をつけながら読んでみるとかの意識的な訓練が必要だ。

たとえばわからないところに線を引きつつもそれはそれとして飛ばしてそれでも段落の内容はおさえにゆくといったやり方も考えられる。

読解において、要点をつかむということは必要なスキルとなる。
結局イイタイコトは何なのかをつかめていたら多少不明なところが残っても読み進める意味は継続できる。

そういうことなので要約、それもできるだけ短い言葉での要約のトレーニングを積むのはやり方としてわるくない。

話戻して好きな本を読みすすめるうちに読解力は上がる。
読解スピードもあがってくる。
本に学ぶことの副産物と言えるのだ。
そしてこの副産物の効果が入試本番では小さくない。
posted by ヒカリ at 05:32| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月22日

セルフラーニング力の向上(5)

セルフラーニングの向上っていっても当たり前のことばかりなんだ。

セルフラーニングの技法(5)
興味のままに調べる。
興味のある方へ進む。


電車の名前をいろいろ知っている。
ポケモンのキャラの名前に詳しい。
キン肉マンのキャラの名前を全部知っている。
世界のカブトムシのことを知っている。
まんが日本むかし話の話に詳しい。
樹種に詳しい。木材はどんな色でどんな木目かな。
六角家が好きな人は六角家のラーメンに詳しく、京たこがすきな人は京たこのたこ焼きに詳しくなるだろう。
コーヒーが好きな人は豆や水や産地について詳しくなるだろう。

(誰のこととかそういうことでなくて例えばの話ね)


仕事のことなら詳しいのは当たり前だが人はみな趣味や好みのものについては他人よりも詳しいだろう。

なーんでかと吟ずるまでもなく、それが好きだから。
好きなものは好きだから何回も見る。
眺めたりうっとりしたり。
至近距離から見つめたり遠目から眺めたりして。
ファンだからと対象に近づけば対象の方も引き寄せの法則でファンに顔を見せてくれるかも。

人に習うとか本に調べるとかそういうきっかけや入口の魅力もあるかもしれないけど、その後見つめるから詳しくなっていって詳しくなるともっと好きになって。

好きになるのは詳しくなる道に続いてる。
好きなことに関してなら読めない漢字は調べたくなるもんだ。
この漢字はなんて読むのだろうと10回くらいはひっぱってひたすら想像するのもおもしろいけど最後は辞書かなにかで調べてる。
だって好きなんだもん。

知りたくてー知りたくてー。(リンドバーグの会いたくて風)


ほなね。
posted by ヒカリ at 05:46| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

セルフラーニング力の向上(4)

山奥の家の独学者にもできる学習姿勢(森勉)がある。

セルフラーニングの技法(4)
・毎日1題、問題を自力で解けるまで練習する。



セルフラーニングの場合、見極めをするのがコーチでなく自身になる。

新しい技を習得するために練習している。いったい何をもって習得できたとみなすのか?は問題となり得る。

そこでゴールを「自力でできた」におくということが必要になる。

問題を読む、問題を解く、解説や解答をどう利用してもよいが最後はできるまでマークすることだ。自力でできないうちは身につけたの数に入れてはいけない。自力で解けない問題は問題タッチ数には数えてよいが問題マスター数には数えられない。


途中がどうであれ自力でできることにゴールを設定しておけば間違いがない。
一流の本に学ぶことができる。
ゴールをそこに置くならば作者がゴールとしているところに自分でもたどり着けるようになる。

本の技を吸収できたかどうかの見極めとしてできるまでやったというのがよい。かくして世の多くの独学者は参考書問題集の問題番号に色々の印をつけている。


さらにペースも問題となる。セルフラーニングの場合、ペースメーカーが自分自身。
昨日の自分以上に今日がよくなるという改良回路をつくりあげるのは思うほど簡単ではない。物理的に一日で取り組める問題の数には限りがある。したがって最高速度は一定以上上がらない。
昨日4題を身につけたというのは今日もまた4題以上を身につけられるということにつながるべきものではない。
ペースを毎日あげていくことは物理的に難しい。
それはマラソンで後半に進むにつれて徐々にペースをあげていくのが困難なのに似ている。

ペースを作るというのはセルフラーニングの最も高いハードルのひとつである。
そこでペース作りの基準に問題数を設定する。
入試問題を解くなら毎日一題をノルマとする。
すると年間300題以上の入試問題を解くことができるペースとなる。
演習量が絶対的に少なくなるという事態が避けられる。

同じようなプログラムなら100題練習するのと200題練習するのとで差は小さいかもしれない。
しかし50題では明らかに不足するだろう。
200題、300題という高度のペースをキープする最もかんたんな方法は毎日たった1題だけやる、しかし必ず1題を終えるまでやるという作戦であり習慣的行為である。
かくして世の多くの独学者は参考書問題集の問題番号に日付をつけている。

毎日1題が自力でできるまでやるという単純な作戦がセルフラーニングの基準のひとつとなる。

「え、たった1題でいいの?」

5題を中途半端にさわるより1題自力でできるまで身につける方が実力になる。
何時間かけるかは問題ではない。
長いよりは短い方がいいに決まってる。
たとえ1日1題でも積み上げて大きな力になる。



夜、布団に入って振り返る。
今日もまた1題の問題を解いた。
今日もまた新しい技をひとつ身につけたと。
posted by ヒカリ at 05:06| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

セルフラーニング力の向上(3)

ボルト選手より200mが遅いヴォクです。



セルフラーニング力向上の手法は森勉含めて明確に存在する。


セルフラーニングの技法(3)
・時間決めで学習しない。解決できた問題数、解決できない問題数を基準に考える。



自分で自分に「どれ?」を言い、解決できるようになった問題数をカウントし解決できなかった問題数を数える。
一日の目標ノルマと実際の達成数の差をメモしプラスにして寝る。

ノルマをこなすためにはかんたんなところはサクサク進めばよろしい。難しいところではじっくり何回もアタックすればよろしい。

これをすると自分で学べるようになる。
ただ時間決めで今日何時間やったを基準に学習するのではない。学習効果は時間の多寡に関係しない。

いま目の前の問題が身につくか否かにフォーカスする。
むしろ、時間は短くともたくさんの問題解決ができるような集中状態をつくるようにする。たとえば模試や入試本番でそれが自力で解決できるのか?と。


森勉の手法には問題数という観点で見たときに2つの特徴がある。


1つは森全体でたくさんの問題にアタックすること。
途中何本も?フラグを木に立てながらどんどん進む。


もう1つは、?のついた木に戻って考える、調べる、考える、何回も何日でもタックルする。1つの特定の問題がわかるまでアタックする。森勉は今日10題さわったことよりも、3題身につけたことの方に大きな価値を見出す。
1章を完全に攻略することなしに教科を極めるのは不可能でありもっといえば1問がわからないままページだけ進めても身につかない。
だから1章にこだわり1題を大切にするべきだ。

そして、その1問が本当にわかったかどうかを知ることができるのはそれを手に入れたあなただけしかいない。本当の理解はあなたの頭の中にだけ存在する。




ほなね。




『解法のエッセンス』は関数・座標の完全攻略によい独学図書。
高校数学へスムーズに接続できる解法。
高校受験を控える人が先に進まず準備のため高校入試対策にたとえ一年間費やしてもロスが小さい。



セルフラーニング関連図書「考える力」


posted by ヒカリ at 03:55| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

セルフラーニング力の向上(2)

18の頃から通っている横浜、六角橋のラーメン家で大将にうまいうまい言い過ぎてしまったようで「のりたまとチャーシュー、お嫌いでなかったら、・・・」とサービスされてしまったヴォクです。(銭金のノリノリな冒頭風(海苔だけに))
いいんですかっ! ご馳走さまです。うまうまうまー。

なつかしさもまじって店内に入るだけでにやーとしてしまう自分が、いやになる、わけがないじゃん。



セルフラーニング力向上の手法は森勉含めて明確に存在する。


セルフラーニングの技法(2)
・章の順番に学習しない。



自分で自分に「どこ?」を言い、満点とるまで、いや満点とっても自分で自分に説明がつくまで何度でも同じ章をする。
これをすると自分で学べるようになる。
ただ章の順に何周も学習するのではなく一章が身につくまで滞在したり戻ったりする。

例えば、
1日目 1章と2章
2日目 1章と3章と4章前半
3日目 4章後半と5章と1章
4日目 6章と2章と1章
5日目 6章と7章と1章

森勉の手法には順番という観点で見たときに2つの特徴がある。


1つは森全体を俯瞰的に見ることができるよう1冊を進めること。
途中何本も?フラグを木に立てながらどんどん進む。


もう1つは、?のついた木に戻って考える調べる考えるを何回も何日でも繰り返すこと。
1章を完全に攻略することなしに教科を極めるのは不可能でありもっといえば1問がわからないままページだけ進めても身につかない。
一問の?問題がすっきりわかるまでやる。
わかったら時間をおいて今度は自分で解けるか問題だけを見てシャーペンを動かしてみる。
動かなければわかってない。なにがわからないかを書き出し考え調べ考える。
何度も考えると覚えてしまうものだ。
覚えてしまったものは理由を書き出してみるようにし、理由つきで正解できたら赤×、青×以外に、理由○をつけておく。


ほなね。

「私たちは繰り返し行動するものである。それゆえに優秀さは行動ではなく、習慣である」アリストテレス

「解法のエッセンス」は立体図形の完全攻略に特化しているセルフラーニング図書。
posted by ヒカリ at 02:03| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

セルフラーニング力の向上(1)

学習の成果をあげるには技術を習得しなければならない。
技術を習得するのには自分で考えてみる。自分で解いてみるという自主練の確保が必要となる。
自主練をセルフラーニングと言い換えている。
自主練にもうまい下手がある。
うまい技術と下手な技術があるように自主練にもうまい自主練と下手な自主練がある。


セルフラーニング力向上の手法は森勉含め明確に存在する。勉強をしながらも「考え方」を身につけるのがセルフラーニングの第一歩。
それを書こう。



セルフラーニングの技法(1)
・自問自答する。



自分で自分に「なぜ?」を言い、自分で自分に理由説明、ポイント説明をする。
これをすると自分で学べるようになる。
ただ繰り返し読んで解くのではなく一回ごとに自分の言葉で解説をする。
講師になって他人に説明するつもりでやればよいかな。
同様に解き方やポイントをノートにとるのも効果がある。




ほなね。

セルフラーニング関連図書「自分で考える力」

posted by ヒカリ at 01:08| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月18日

勉強ブーメラン

塾生がいつものようにメールで学校で行われた中間試験結果を戻ってくるごとに教えてくれた。

ついでに今度学校で行われるという「確認テスト」の範囲表も添付されていた。
今までの範囲なのでとくに対策というものは何も一切しないけれど珍しい試験があるものだ。
過去6年間では初のケースだな。

中間試験と期末試験があってさらに確認試験があるのだなと。
メモメモ・・・。

同じ学校でも二期制と一期制では学習のスタイルにも影響がある。二期生だと年間の定期的な試験が4つと比較的に少なくなっているので。

三学期制の学校では年間の定期的な試験が5回ある。その上さらに確認試験があるのとないのとで何かの変化があるだろうか。それを実験・測定しようという試みなのだろうか。
塾生に聞いてみよっと。

この学校は前回の定期試験で出した問題の一部を次の定期試験でそのまま数字も変えずに出すなど「確認」というものに真にこだわっている学校だ。
確認を徹底しているのが試験問題からもしっかり伝わってくる。

きょうは中3, 10月の会場模試(北辰テスト)結果が戻った。
教科別にじっくり眺めた。5科、3科とも年度当初の塾生平均目標は達成。(平均68, 全員65以上が私の個人目標.)個人は未達で次回に持ち越し。
ここ数年毎年同じ数字を目標にして指導・運営している。
個人別に見ると前回9月よりも全員が数字(偏差値)をさらに上げてきている。
結果はただの結果に過ぎないが、会場模試なので、答案用紙以外には結果しか見るところがない。
この模試は経過などを確認するために全員必修、過年度とも比較して進捗確認に利用している。
どういう過程を経たらどういう結果になっているのかを想像しながらあーでもないこーでもないと長時間見る。
志望校までの距離という点は念入りに確認し、鉄人計画、連絡帳の月間計画、週の子別セルフ課題へと落とし込む。


ずっと何年間も読み解き・要約と書き直しを続けている国語の塾生平均が5科目で最高の数字になった。
やはり練習に熱意と時間をかけたのに比例するものかな。(でも国語が600英文と1250単語覚えた光英語や、鉄人数学まで抜いたのには驚いた。土俵が違うので比べられないけど。)

練習は裏切らない。
本気で望んだところ、目標というものがある。
夏休みにそこをめざしてやったことは今結果として帰ってきている。
そしていま取り組んでいる練習の成果も11月12月1月までにジワジワと現れてくる。
今練習すれば必ず今後帰ってくる。
ブーメランよりも精確に。

たとえば、「動物の鉄人」がいたとして模試で「動物」の問題が出題されたときに悪い結果をとることは基本的にはなかなかありえない。
知識にはそういうところがある。

いま取り組んでいるテーマを極めることなくして教科の上達というものはない。

いま取り組んでいる目の前の1問の習得なくして分野の上達というものはない。

だから、いま取り組んでいる目の前の1問だけに集中していこう。

この1問についてなら日本一よく解けるというくらいの覚悟で取り組めているなら何も問題ない。

勉強ブーメランはそういうふうになっている。



image-00241018011944.png
画像はヴォクが高校受験生だったときに使っていた本。こういう本はなつかしくて捨てられない。ラサールのいとこの真似をして「A級中学数学問題集」や「ぐんぐん数学」と一緒にずっと解いていた。「難問」は139問と問題数こそ少なかったがおもしろい難問題揃いで5周くらい繰り返した。
今で言う「1対1対応の数学」みたいな本だった。

「A級」の方は今でも現役で「1対1の数学」と合わせてウラウラコース/早本コースの必修教材になっている。
posted by ヒカリ at 00:35| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月19日

考える帽子(10)

「ヘルメット○」が身についた子がいた。
いつからかそれが見えるようになってきていた。今日はっきりとそれは見えた。

ヘルメット、私はあの集中状態のことをそう呼んでいる。
その帽子をかぶると人は対象にはりつく。
テクストにのめりこんで筆者に寄り添いはりつく。
問題にはまり込んで解決の糸口を探る。
受験生であるかどうかというような形式上のことに関係なく年齢差も時期差もなくそれはやってくる。

ヘルメットをつけた頭はじーと問題とともにいて周囲の雑踏が耳に入らなくなる。
深夜になった。
眠る時間もやってくる。
家族はもう寝ているというのにノートに貼り付けたプリントの上にあなたまでが貼り付いて動かなくなっている。

雨が降っても雷があってもそのヘルメットはびくともしない。たまに水を飲むときくらいだ。そのヘルメットが動くのは。
読めなかった問題が読めて読み切った瞬間、そのヘルメットを急にはずしあなたは大きなガッツポーズを小さな勉強机の上で決めている。ヘルメットが勢いで脱げている。

そのヘルメットは透明の色をしていて普段はなかなか目に見えなかったのだけれど脱げたときにふと気がつく。お! ヘルメットをつけていたのだったな。

ヘルメットがみについている人だけがそのヘルメットをまた身につけることができる。
安全第一、そういう文字がその奇特なヘルメットには書かれていない。

色も香りもなき名もなきヘルメットがあなたの頭についているのだ。


名もなきヘルメットの名前は「考えるぼうし」という。
この帽子があれば0から10まで自分で調べようとすることができるようになる。

自分の身体は自分で守らねばならない。同様に自分の頭は自分で鍛える。
人に教わるのはわるくないが人に言われることをやるばかりでは隅々まで行き届かない。
ここのところが知りたいと思ったら人に聞いたり人から教えられるのを待つ前に自分の手足で調べてみるのがいい。
人に言われるのを待っていて自分では調べてみようともしないなら知識の点で自分で調べる人を上回るようなことはまずない。
世の中は複雑化し分業制は進んだ。シェア(自分の役割)を全うすることはたしかに重要だが、複雑化しているからこそ自分の守備範囲外の事柄についても基本的な知識を求めるようでなければ現代社会の仕組みがとんとわからなくなってしまう。ニュースを見ていてわかることが半分もなくなってしまう。

基本的な部分だけは隅々まで自ら気になっている順番に調べる癖をつけておくのがいい。
さるでもわかる、まんがでわかる、などの本でもいい。
馬鹿にされているのがわかってでも、基本は自分でもなんとかして身につけるようにしたい。
それが教養というものだ。

受験勉強でも基本的なスタンスは変わらない。
たしかに細かい指導は存在するだろう。1から9まで手取り足取り一緒にやってくれる人はあるだろう。それでも0と10のところは自分でやらなければならないし運が悪ければ1から9までのところにも漏れがある。8割でいいと考えるのならば言われたことだけやっていたらいい。
しかしそれではプロになったときに苦しい。
プロは0から10まで全部に責任がある。権限が大きい分だけ責任も全体になる。知らなかったではすまなくなる。ひとつの教科だけでもはじめは構わないので超科目をつくろう。
その科目については何でも思いつくことをやったと言えるくらいになろう。
0を大事にしよう。
0の基本の土台がしっかりしていたら1から10がぐらつかなくなる。
習ったことがなぜそうあるのか自分でも納得行くまで考えてみるようであれば0が身につく。
0から9まで行けたなら10までゆくのは時間の問題だ。
遅かれ早かれいつか10になってゆくだろう。

ただし、ゴールが11なのか100なのかそれはまた別の問題だ。




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2012年02月09日

メモをとる人。大きな差。

今日の中3生。
話の途中でプリントになにかをささっとメモしていた。

あれ今なにか書いた?と確認してみると、話の途中で気になってメモをとっていただけだったのだが、それにヴォクはすごく驚いた。

そういうことがあるとほんとうにうれしい気持ちになる。
合格の喜びは一瞬だけれどメモをとる習慣は一生役に立つだろうから。

学校の授業中もメモをとるのがいい。
人間は忘れる動物である。
確実に頭に定着させるには、勉強後9時間以内に復習するのがもっとも効果的という研究もあある。
一日の終わり寝る前までにメモを見直すだけで記憶が強化されてゆく。

大きな差を生む小さなメモの習慣。

posted by ヒカリ at 00:46| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

入試の試験時間が短い件

連日のように入試と発表が続いている。
毎年当たり前のことでも2月までで会えなくなるとわかって悲しい。長かったはずなのにあっという間。入学試験はぼくの仕事ではゴールにもなっている。

その(あくまでぼくの仕事の)最終ゴールの入試の話だが、
一般論で、日本の学校の入学試験(一般入試)は制限時間が異様に短い。長いところがあまり多くない。
1教科に3時間、1日おきに10日くらいつかったらいいのに。(いや、そんなにつかったら1、2校しか受けられなくなっちゃうし!)

そうしたらアドミッションポリシーに合った学生を集めることだってもっとできる。(だからAOがあるのでは?)

うん、10日は無理でも、ちょっとだけ時間を長くしてもいいかも。

たとえば公立高校の入試問題の数学。
ここ10年くらいの全国高校入試問題集(通称ぜんこーにゅー)を今年も塾生みんなで解いている。過去問はたのしい。過去問がすき。過去問があったらほかの問題集はあまりいらない。過去問っておもしろい。
でも、制限時間が短すぎる。

最近の宮崎県の折り紙を折って空間に図形を描く良質な問題さん。
せっかく面白い問題なのだからせめて120分くらいちょーだい。素早く正確に解くってことは必ず、ゆっくり考え抜くことよりも重要なのだろうか?

つい最近の埼玉県の平面図形の良質問題さん。正答者が500人に1人です。もう少しじっくり考えたいのですが。


どうして50分は50分なのだろうか。誰が決めたのだろう。トイレの問題なのか。まさか去年50分だったから今年は49分でもなく51分でもなく55分でもなく、50分で、なんて理由だったりして。前年と同じでないといけない理由は何だろう。伝統にのっとるため?
いいものを継承するため?

試験形式を同じにして入試実施の混乱を避けるため?
でもなんで50分なんだろう。
ぼくは5という数字がめっさ好きだけどなんだか納得できないな。
せめて40分(それ、減ってるからっ!)



いや、40分増やして100分という意味です。あ、50+40は90分か。まぁ問題によって必要な時間は変わるけど50分は短い。


でも一部の国公立大学の学部の入試では試験時間が結構ある。目を休めるつもりが間違っていささか寝てしまって起きても間に合うとまではいかないが結構長い。試験が丸2日にわたってあるってのも悪くない。連続日実施だけど。


そういうときに途中から退室ができるまるで大学の定期試験みたいな制度はテンションがおちるなぁ。でも手がとまってもう進まないくらいまで時間がたっぷりあるってことか。短いよりはよかばってん。


というわけで、
今日の試験、時間いっぱい。

解けるやつから解いて解けないもんは後回し。後から戻ってきたらもう時間のなかけん、てきぱき処理する。これ、スピードテスト受験の極意なり。


またね。

posted by ヒカリ at 00:55| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月29日

思考の速度で(3)

数学、物理など複雑な思考を要する科目では、その複雑さに合わせながらスピードをゆるめることが、正確な理解の鍵になる。


新単元、未知領域では、初学者は思い切って学習の速度を落とし自分のものとするまでゆっくり進む。


◯になるまで1ページだけを何回か繰り返し挑戦してみてもいい。1問に3時間かかったっていい。ページ1枚をマスターするのに2、3日かかったって構わない。


難しいからといって、いい加減に飛ばそうとか覚えてしまえなどというズルをせず、急がば回れ。


地に足をつけ、わかるまで何時間でも何日でも粘って考えてみるのがいい。
たまには調べてみたらいい。
空回りしてどうせいつか0からやり直すくらいなら、最初から念入りにゆっくり積み上げてみたほうがいい。


念を入れるとは、具体的には基礎のキソまで戻って確認することを含む。予習でわからなければ復習するしかない。復習でわからなければ追習するしかない。


念を入れ、思考の速度で進めていけばいい。
堅い土台の上にしか高い塔は築けない。
富士山のように深く海の底まで土台を築くんだ。
posted by ヒカリ at 23:22| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

ラーメンと熱と塾

塾の日なので塾のエントリを。
19日生まれの子が偶然多い。
19日はそういう意味でもテンションが上がる。

携帯の番号は下4つ選べるので1119にしている。その前部分はショップのおにいさんに頼み込んで1●11にしてた。人に電話番号をつたえると119みたいですね、とよく言われた。区切る位置が違うとです。(ヒロシです)


でもあまりにいかにもなので塾用の方は87絡みに変えてある(ヴォクは花波)。てか通話機能はいらないので板Pad2に一本化するつもり。




高温の物体Aと低音の物体Bとを接触させておくとやがて全体の温度は中間的な温度に近づく。このときBが得た熱の量はもともとAが失った熱量である。


これは熱量保存の法則と呼ばれており日常、風呂などでも体感されているのでよく知られている。


この法則を持ち出すまでもなく、ラーメン屋における店と客の間でも同様のことが観察される。


熱のあるラーメン屋は客の熱を上げる。この大仕事を終えたらラーメン食いにいくぜ!がんばるぜ!と。また逆に客に熱があればあるだけ店の熱も上がり店のラーメンはますますうまくなる。


はじめて入る客が見るのは店の熱であり他の客の熱である。
おやじもまた常連の反応を見て熱をもらい、味を工夫する。たとえば次のように。


「新しいメニューをつくってみました。お試しあれ。美味しかったらレギュラーメニューにします。」みたいに。


かくして、熱のある店にはいつだって常連しか知らない(ような)新しい裏メニューがあるものだし、それを評価し熱を高める常連がいる。


逆に考えると、店が悪いのはおやじの熱が低いからというのもあるし、そこのラーメンを今までずっと食べてきた客の熱が低かったからだというのもある。


塾だってもしかしたら同じかもしれない。熱のある子を前にして燃えないコーチがどこにいるだろう。
posted by ヒカリ at 05:55 | TrackBack(0) | 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする