2017年09月18日

定置網勉(了)

高校生に訳あって勉強法をお聞きした。全教科得意な子なのだが、中でも特に得意なのが社会で、一体全体どうやって覚えているのかと。
ヴォクが驚いたことの1つは問題集の名前はとくに知らなかったという点である。
毎日のように部活帰りの図書館で使っていた使い込んでいた問題集なのでそれはきっと「問題集」という名前になっているのだと思う。

毎日使っているシャーペンのことをシャーペンと呼ぶような自然さでこの子は問題集は問題集という(ような)ことを教えてくれた。

実際学校指定の問題集で何でも載っている間違いのないいわゆる問題集で学校で問題集と言えばそれを指すのだろう。範囲は問題集の何ページといえばその問題集が試験範囲ということだ。定期試験ごと、模試前ごとに使い込んで解きこんできたもの。その問題集にたいして何かの名前を与えようとしたヴォクが馬鹿だった。名もなき問題集。

学校の誰もがそれをもっていてそれを使うことに何の疑問を持つ必要もない。その問題集のことが好きなのだろうか。お聞きしたかったが聞けなかった。好みのことなどなかなか聞けないよ。

どうやったら覚えられるのかという質問に答えてくれた。この子にこのことをお聞きするのはちょうど2回目だったが、前と全く同じ答えだった。「私の場合は、問題集を解きます。わからなかったことを調べます。」ということだった。

「私の場合は」という言葉にまたも感動した。前回もそう言ってくれたが今回もたしかにそう聞こえた。世の中に多くの人がいて勉強法は百人百様だけど私の特殊な場合をあえてとりあげて説明するのなんかでよろしいのなら、「問題集を解くというやり方です」とそう言っているように確かに感じられた。ヴォクの場合にはそう感じられた。

なんと謙虚な言葉なのだろう。有言実行どころか、言わずに実行するこの方らしく、勉強法をあれこれ模索するよりも、よい参考書問題集を探し回るよりも、勉強法について言うよりも、とにかく解くという行為をしっかり集中して実行する方がずっとずっと大事ということがひしひしと伝わって来た。
集中するために運動部後のクタクタなときに図書館に直行しご自宅に帰り着くのはいつも夜遅くだなんて。

問題集を集中して解いて知らないのは調べてまた問題集を解く。なんと素敵な勉強法だろう。そのあまりの普通さの中にこの学習法があることがかえって、自分がわかるようになるまで、自分が解けるようになるまで集中してやるのが勉強に決まっているという信念を伝えている。

いつもの問題集を解くって、すごい勉強法だ。この方の実行力を、後輩に伝えたい。

ところで解くという行為は机の上で文字を書くことを伴うので机の前で椅子に座って学習する時間をとるという時間をつくることが重要である。座らないことには解くことは始まらない。

暗記物は電車の中やソファーの上でもできるが、解くということだけは机に座らないとできない。
この子のように通学の電車の中では暗記物を、解くという行為自体は机と椅子で行うと適地適勉するのは、効果を上げるという点で大切なことであると感じた。

(定置網勉 おしまい)
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2017年09月16日

定置網勉(6)

慶大へ進んだ化学と物理が得意なこの方には、模試結果と一緒に復習した記述部分が合っているか見て欲しいということでノート類を見せていただいたことがある。その時に聴いた話のメモから。

手帳の1ページだったのだが隣のページにたまたまあったパネルが見やすかった。

ゆったりと大きな図と式、最小限のコンパクト(アンド ディープな)コメントがついていた。
覚えたいことだけに絞ってノートにまとめては修正し古い方は捨て、また書き足したり書き直したり捨てたり作ったりしながら自分流の情報パネルにしているようだった。

模試結果はそこそこにそのノートの他のページも少し見せていただいた。ゴイスだなー。

詳しさというのは理解するときに合う。一方、パッと見て目に飛び込むことだけのまとめは記憶に合う。

情報をカードや手帳やパネルにまとめると学習内容のエッセンスが脳内で整理され深いところにあるだけでなくインデックスがつくられ引き出しがつくられ取っ手ができて、取り出しやすい使える知識になりやすくなる。

この子のように問題を解いた後に学習したことをパネルにまとめておくのは、記憶を確かにするためのめっさよい学習技術であると思った。

網を強く、網を良くしていくような感じを受けた。
ポイントを書き直して、次に問題に当たったときには掴めるように、網をもっと強くしていく、そういう感じを受けた。

入試過去問やオリジナルの問題を解いて、その問題をわかって解けても、そこではまだ終わりにしない。
だめ押しがあるんだ。

その問題を解決するための技術と知識とを一般化しノウハウ化し、自分のネットワークの中のネットの1つにして組み込んでいるようなそんな感じを受けた。

長い問題や説明のまま読み直して復習するのにははじめの9割ほどの時間がまたかかるが、パネルを見て復習するのは1分くらいでできる。

繰り返し見てすぐに思い出しながら、知識の記憶を一層ずつ強固にしていけるので、復習効果まで考えるとパネルを作っておくことの効果は計り知れない。

(つづく)


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2017年09月15日

定置網勉(5)

でね、同じ問題集をずっと解くのがいいわけよ。
ただ解くのじゃないよ。
自分流でも解くの。

できたらもう模範解答や解答例もそっちのけで自分の答えをつくっていくの。
途中何を調べてもいい。
最高の問題が目の前にあれば問題集の解説を参考にするのはもう最後にしたっていいの。

問題があって答えがある。途中をつくって答えに必ずたどり着くまで考えるの。
ノートには自分流の解説ができていく。

俺流解説とか、私はこうやって解いたみたいな。
それって楽しいよ。
自分のこととして問題について悩んで考えて調べて、そして納得したりわかったり思いついたりして解けるときの喜びと言ったら。

自分で全部もう考えるしかないと割り切ると人間火事場の馬鹿力みたいなのが出てくるもんだ。
もちろんね、聞いたり見たりした方が早いってそういう誘惑もあるし実際その問題を理解するだけだったらわかっている人に聞くのは早いだろうね。

道を迷っているときに人に聞くってそりゃあ早いに決まっている。
唐船峡そうめん流しはどっちですか?
このまままっすぐ言ってはじめの信号を右に曲がってね。
はいよ。かんたんだね。

ただね、次にまた聞かないでその流しにたどり着けるかな?
ソーメンまで迷わずすすすーっと行けるのかね。
言ってみないとわがんねけども。

ただね、聞かずにたどり着いた場合は、次からは迷いにくくなると思うよ。そういう感じかな。

話が道に、横道にそれたけども、ヴォクが言いたいのはね、解けるまで考えて、どうしてもダメなら本を調べて、実験して、考察して、絵を描いて、例を書いてってできることをあれこれやってもいいからとにかく解けるのをめざすというやり方もあるってことなのよ。
自分の考えがないってのとは真逆のやり方があるってこと。

よくこんな話を聞かないかな?
この科目はこの本しかやっていません、それで何々大学に進みました、みたいな言葉を。

あー、一冊やっただけってはいはい(一冊ってことはないだろうに)って思う?
ヴォクはそうは思わないな。ほほー、まさかの一冊トコトンきたか。
うーん、どの問題集をやったのかは最後に聞くとして、どういうやり方をしたのかきいてみたいなあ。(その一冊は高校物理なら『物理教室』みたいに実にきっちりとしている参考書や問題集であることが多い。) 使い方や進め方は個人差がかなりある。

一冊やるにも程度の差、方法の差、かける時間の差が相当にあって、一冊の問題を全問解けるのは当たり前として、問題についてあれこれ感想やコメントを述べられるくらいまで深くやるのと、ただ一回解こうとしてみたというのとでは、永田川(ヴォクが小学2年生の頃住んでた増田ビルのそばの鯉がよく釣れる川)とアマゾン川(いろんな部族がいる川ってそんな風に辞書には載ってないぞな)くらい違うんだな。

(つづく)
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2017年09月14日

定置網勉(4)

(埼玉県トップの高校で学年トップになり成績はオール5、推薦を受け自分の行きたかった大学へ進んだ子に聴いた話のメモから。)

重要な問題、試験によく出る問題、過去問に何回も出題のあった問題、入試によく出る典型的な問題いわゆる必修問題、一度は解いておきたい入試で差のつく問題などいろいろな問題がある。
問題演習する際、どんな問題を解くのかは一大事だ。同じ時間をかけるなら、悪問や無意味な問題の類は一切なしと願うのは誰しも同じで、著者がこだわりぬいた厳選の良問だけを徹底演習したいと思う。

理論上、入試には合格ラインが存在するので典型的な問題が解ける、制限時間内に解けるようになれば合格する。

そして合格を目的に受験勉強をする場合、良問を解けるまで繰り返し繰り返し練習するのがよい。参考書を読むのは確かめたり調べたり理解したりするのに向いている。問題集を解くのは自力でどこまでできるようになっているのかを知るのにもよい。

間違いのない良問題群を前にして受験生がとるべき姿勢の一つはただ解けるようになるまでなんとかもがいて苦しんでも練習を続けることだ。

それをしないのには、どんな理由があるのだろう。もっといい問題にあたりたいというのは理由として無理がある。
著者(陣)が厳選したその問題群は実際よく厳選されている。経験の少ない受験生より長年問題研究を積んでいる著者の目を信じた方がよい。

問題を解きたいが解けない、解説を読んでもわからないから投げ出してしまう。という理由はよくあることだろうか。せっかくの良問だと信じているが悲しいかな、歯が立たないし解説を読んでも棒読みに近くなってしまう、呪文のような言葉の森の中で道に迷い途方にくれ本を閉じてしまう。

その瞬間は誰にでも訪れることであってその瞬間に勝負がある。
そのときだ。
その問題の上でふんばる必要があるのだ。

というような話だった。
問題を解く。わからなくてもわかっても問題を解く。そして知らなかったことを調べるのがこの子の勉強法だと話してくれた。手帳には覚えるべきことだけがパッと電車内でもどこでも見られるようにメモされていた。問題集で間違った後に調べて要点だけをまとめたものになっていた。手元にあるいただいたカードを見ながらここまで書いてみた。

(つづく)


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2017年04月11日

定置網勉(3)

入試前一年ともなると急に逆算をはじめてあせって空回りモードに陥るケースが多い。

そういうときにヴォクは先輩たちに聴いた話を伝えている。
定置網のままがいいよと。

急に舟をあっちに移動させ網を張ったり、急に魚が多くいそうなところに網を広く投げるような見えやすい魚群を追いかける学習法に変えていく必要はない。

基本というのは動かずにずっと同じところにある。
入試の勉強で勉強していることというのは新しい領域の半ば未知の場所にはない。

入試に備えて学習するときでさえ、その内容は何十年も前からわかっているような領域のことであり、複数の教科書にみな書いてあることであり、既知の内容であり、たとえば教員ならほぼ皆が知っているような内容のことなのである。学習者が数年後に振り返って考えてみるならば結構かんたんだったと思えるようなことかもしれない。

「高校3年生が仮に(あくまで仮に)高校入試に備えるために勉強する」という仮想的なケースを考えてみたらどうだろう。
あなたが当人なら、まず教科書内容や基礎を徹底的に一通りチェックしようと考えるのではないだろうか。

教科書内容すなわち基礎的なことを深く広く知り、技術を高めるという目的のためには基礎を深くすっかり理解することとかんたんなことが当たり前にしかし素早くできるまで練習することが肝心である。

難問演習、過去問演習、演習、傾向、出題予想、新傾向?

そんなところを探す前にあしもとをごらんよ。
わかっていないことがもうすっかりなくなるまで足もとを見てごらん。

足場はしっかりと固まっているかな?
知っていると思っていたけれど知らないことがなかったかどうか確認してみて。
自分に聞いてみて。

定置網という網は広い海の中でずっと同じところに張ってある。
網は同じところにあって、それでも魚が次々に網の中へ入ってくる。
定置網というものは動かずにただ自分の網をはっている。
網のどこかにほつれたところがなければ、魚がいっぱい入ってくるのさ。

網を次はどこにはろう・・・だって?
ヴォクなら網をもっと丈夫な網にすることを考える。
魚が網に一目惚れするくらいの網になりたい。

plus 「少ない問題を何周もするのとたくさんの問題を解くのはどっちがいいですか?」と高校3年生に聞かれた。

この子は答えを半ば予想しながら、聞いているだろう。

光 : 少ない問題がいいよ。でも絶対にごまかさない。なぜそう解くのか、さまざまの解法の可能性や必然性まで考慮した上で、これこれこうこうだからこういう解法を選択したと理由づけしながら問題を解くのであればそれがいいのではないかな。

同じような問題を見たことがあり解法を覚えていたから解ける、だから問題をいっぱい解いて解法をどんどん覚えていこうという姿勢で問題を解くのでは頭打ちする。

いっぱい解く時間を自分の頭で考えるということに使う、その姿勢ですすめよう。

そのためにも今日やった問題は2週間後3週間後に再度解くということが何より重要なことなんだ。

光推薦独学図書リンク↓

きょうの中2化学
この子は高1の化学まで独学図書を読んで進めている。
鉄や銅の酸化数を聞いたり、きょうは酸化銀の熱分解についてだったりと質問が深い。将来は薬の開発をしたい子。酸化銀はどうして熱するだけで分解するのですか?

「イオン化傾向が銀は小さいから。」と言ったら頷いていた。


posted by 花波 ヒカリ at 05:43| Comment(0) | 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

パンと法則化、教訓化 plus 筆のようにしなるシャープペンシル plus 標問基礎問ヴォク入問

ある子が就職が決まって挨拶に来てくれた。
パンを食べながらこの子の勉強術を勝手に振り返った。

問題を解いて間違える。解説を見たあとに解き直す。

ここまではふつうだ。
この子の、少しだけ特殊な学習術は解いた後にあった。

こういう問題ではこういう点に留意してこうして考えればよかった。
代わりにこう進んだから始めは間違っていた。

と。

一題の問題の解き直しから教訓を自分なりに発見しそれをすべての問題で、ノートの右下に自分の言葉でメモしていた。
この子の場合にはヴォクが解説したこともその場ではメモしなかった。

すべての解説が終わったあとに自分の言葉で自分流で自分の理解したことをメモしていた。

こういう問題ではこういう点に留意してこうして考えればよかった。
代わりにこう進んだから始めは間違っていた。

はじめのメモでは法則を作っているので次に類似の問題にあたるときにはこの法則と経験を生かして考えることをすることになる。

あとのメモでは禁止事項をメモしているので明らかに間違ったルートに進む道を閉ざすことになる。
結果正しい筋道に進みやすくなる。

特殊なとは一度書いたがこういう勉強法が自分の頭と手で考える勉強法の、実際には王道なのかもしれない。

パンを食べながらそんなことを思い出した。
ほなね。

plus 
gmailアプリがバージョンアップしたのだがヴォクには使いにくい。10年以上毎日ずっと使っていると思うがブラウザちっくなのが合わないのかな。でも、ルパン3世のごえもーーんみたいに右に左に斬る操作は気にいっている。

google Inboxの方は使いやすく助かっている。
snoozeというのはよく考えられた仕組みだなぁ。
1位 Temo 2位 Mytter とともに去年のBEST3 アプリとして表彰しよう。おめでとう。(ひとりでトロフィー授与とスタンディング拍手とハイタッチしながら了)

plus シャープペンシルの話。芯が折れない点か、芯のとがり(クルトガ式の回転)か、ノックしなくても芯が出る点か、長時間の筆記に耐える軽さか、人によりシャープペンシルに求めるものはさまざま。
ヴォクもまた折れない芯が使いたかった。

デルガード以降、折れないシャープペンシルがいくつか発明されていろいろ使っている。折れないシャープペンシルを探していたつもりが、筆のようにしなって万年筆のような書き心地のシャープペンシルを見つけて虜になっている。

もちろん芯が折れないので無駄な操作がない。ストレスがない。
そればかりか強い力をかけるとガードと吸収力が働いてしなってくれる。合気道みたいなシャープペンシルだと言いたいが何を言っているのかわからないので筆記用具にたとえてみる。しなってくれる。万年筆の書き心地に近い。
気に入った軸には好きな木、チャクテビガやハワイアンコアの、ドクターグリップくらい太い木軸をつけて自分好みにしている。
しなる デルガード DelGuard Type-Lx 、ヴォクはいま、猛烈に感動している。

plus 市販の参考書はほぼすべて購入している。壁全面に木の本棚を置いているが本棚には入りきらない。

よい参考書は、受験に必要なことがすべて網羅されているように作られている。
たとえば旺文社の標準問題精講シリーズはどの教科も昔からそのことを守って編集されている。
入門、基礎、標準、上級などと本は複数にまたがりそれで必要なレベルの問題を網羅できるようになっている。

1冊ですべてを網羅するようなのは知識の科目になるとどうしても無理が出てくるので分冊になっているのは必要なことだと標問を手にしながら思う。

標準問題精講シリーズは標問だけが知名度が先行するが基礎問も「入問」もすぐれた参考書が揃っている。

同じ教科でも過去のものは著者も違い問題も違ってくるがどれもこれも味がある。

同じ科目の標問だけでも版が違うたびに買っているので本棚には何冊も同じ本が並んでいるように見える。

1、2、3、4、5版で少しでもナカミが変わるとどうしても欲しくなってしまう。
カリキュラムの方が変わらなければこんなに改訂されなくてもよかっただろうにと思うが、集めるのが趣味のヴォクのような人間にとってはむしろ幸せなことなのかも。

また揃えるのは大変だから変わらないでねーと思いながらも書店の書棚の前で目を覆った手のひらの指の間からチラリ見てひょっとして変わっているといいなと期待している自分がいる。






posted by 花波 ヒカリ at 06:13| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月26日

定置網勉(2)

10回くらい書いたがプリントより参考書問題集を繰り返した方がいい。
そもそも1冊の本が習得できないのに、何冊も手を広げる必要がない。
見てくるのはいいが参照しに行くのはいいが遠征するのはいいがホーム図書にもどっておいで。
プリントで確認するくらいはいいが2、30枚のプリントで確認するくらいならいいが、その遠征で得たものもホーム図書に追加補強する気はなさそうだ。

移動異動移行を繰り返す民族にまだ暮らしたことがないのであまりイメージできない、想像できないが定住しない暮らし方は、参考書の指定図書を決めないで勉強するのに似ている。ホーム図書がないのはホームタウンのない生活と同じ。

あっちをかじってこっちへ獲物を求めてと移動するような飛び勉は獲物がいないならそうすればいいが、実のところは好き嫌いを言っているだけで本当はもう答えがこの本に書いてある。定置網を仕掛けておけば魚は数日後にはいっぱい入ってくる。
参考書を繰り返し読み例題を解けるまで考えたら知識は数日後には入ってくる。
それなのにどうして網を違うところにまいど投げるのだろう?

潮の流れの方はかわらない。
魚のいる地形の方は変わっているように見えないのに。

好き嫌いわがままを言っているだけで読まなかったけれどあとで気づいたことには、丁寧に親切にくわしく全部はじめの本に書いてあった。

そんなに親切な独学図書があるというのにその本をあまり見ようとしないで新しいもの新しいプリントばかりあっちいってこっちいって。
あー もったない。

定置網というのをはじめて見たときに驚いた。はじめてユニボールシグノ307のインクで試し書きしたときあまりの滑らかさに驚いたが、定置網をはじめて見たときの衝撃といったらもう。
どうして海に置いていた網をただ持ち上げるだけで魚がいっぱい飛び跳ねて入っているのか。
これは釣った魚を網という天然の池に放しているに違いない。
そうだ、ここで餌をやって養殖して育てているんだなと、はじめはそう思った。
でも次の数日後に網に行くと今度は前にいなかった魚たちが網の中に入っていた。定置網はいつも同じところにあって魚たちの方から次々と定置網の中に入ってきているだなんて。

深夜の2時に見ても、昼の11時に見ても毎回違う魚の量と種類。
これは養殖でないな。
いつもこの場所に網を置いていただけだったのか。
いつも同じ場所にこの網を張っているのか。
海はこんなに広いのに網はいつもここに置いているのか。
海は広いのに。

plus 独学の仕方(2)
本を浮気するのはだめ。
命懸けで書かれている良書はわかるまで信じて最低24回くらいは読み返すべきだ。
はじめ何回か読んでもわかりにくかったところでも、考えながら7周繰り返し読むとふとわかってきたりする。
ときには3日目にやっとわかることもある。
他の本で調べるという名目のもとあっちにいったりこっちにいったりする人に限って肝心のホーム図書を読み解いていない。
いやたしかになぞってはいるが内容を読んでいない。
ただ棒読みしているだけで内容がわかってくるほどかんたんなことは書かれていない。
よく読むことだ。

plus 参考書やノート、学校のプリントなどを大学に進む子たちにいただいた。300冊くらいまた本が増えた。大切に使わせていただこう。
いただく本のありがたいことは調べたことや質問したことの直筆メモがついていることだ。お手紙みたいなもので、そんなことを考えていたのかと後から読んで気づかされる。何より筆跡を見てこの子のことを思い出すことができる。signoのペンか、サラサのインクかと後からインクを想像するのもまたたのしい。文字の美しさを眺めているだけで、もううっとり。

plus カード勉(1)
東大に進んだEさんの勉強法。
彼女はあらゆる単元で解法カードを作成していた。
本と一緒にいただいたので活用したい。
眺めているといろいろな工夫があるのに気がついた。
まず知識として覚えておかねばならない事項がまとめてある。
次に解き方として留意しておくべきことが書かれている。
このテーマが来たらこの解法を使えということが1:1対応で書かれている。
1テーマにつきカード1枚解法1枚と徹底されている。
彼女ははじめルーズリーフにまとめ、さらにそれを凝縮したものをカードにまとめていた。

暗記トレーニングが通学の電車内と浦和にある百貨店の図書館での合間などに行っていると話していた。
なるほど電車内でもパッと見られて覚えこむのによさそうなコンパクトなバイブルサイズのカードになっている。

plus lionさんの「名もなき詩」にある数々のブログ記事は勉強になるのでよく拝読させていただいている。
受験勉強のことでない話はたまにしか出てこないが、ミスチルとビートルズのこのご記事にもまた、はっとさせられた。

(つづく)





posted by 花波 ヒカリ at 07:48| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

定置網勉(1)

最近エンタ(番組名)がない。
どうでもいいですよー。

意味のない宿題ってある。
ある高校(大学附属校)が入試問題6セットのプリントを課題にしている。この春の出来事。
わからない問題があったところで解説はないだろう。
入学後に解答を渡すだけ。
解説でなく解答を渡すだけ。
まるで春の時間つぶしのように6セットもある。
きっとシーズンの終了後にはそのプリントたちはゴミ箱へ流れるだろう。
繰り返されることもなくさようならを言われる紙の山。

それだけの時間があったら高校の教科書を30ページ予習できるだろうに。参考書だったら解説を読んで理解することさえできただろうに。
どうせこたえのない問題を課すのなら素晴らしい本を読む方がまだずっといい。

かたやこの本は読んだ方がいい、とただ良書を紹介している学校もある。

一歩進んで二歩進んで良書を読んでその後はこうしなさいと細かくプログラムしている学校もある。

天声人語を写すのを課題にしている高校もある。
課題の出し方を見たら高校が生徒に求めているものがわかる。

パンフレットを見るより課題と参考書のラインナップを見た方が勉強環境はよほどよくわかる。

plus 独学の仕方。
わかるまで該当ページを読む。
繰り返し読む。
わからないときはゆっくり3回、5回、6回読む。
それでもわからないときは7回くらいゆっくり線を引きながら読む。
わかったらわかったことを自分の言葉にしてメモしておく。このだめ押しをしておくと次に時間をおいて、忘れそうな頃に復習するときに、理解し思い出すまでの時間を大きく短縮できる。


苦労してわかったことは副産物として記憶に残りやすい。
わかった!という感動のおかげで。

plus きょうの中学生物理
「mghのmとhは比例するということですっかりわかりました。今更なのですが、mg、mgって言いますがこのgをかけるとどうして力の大きさになるのですか?」

という質問だった。するどい。

運動方程式の「う」の字がわからないまま何問何十問といてみたところで、力学がモヤモヤして見えないままになるだろう。

ニュートンという人間は決めたのだ。
1[kg]の物体に1[m/ss]の加速度を生じさせる力の大きさをちょうど1[N]と約束すると。

加速度は 質量に反比例する。すなわち 質量の逆数に比例する。
1/m に比例し、F に比例するので、a=k×F/m (kは比例定数) と表せる。
このkをどういう値であるのかを求める代わりにニュートンは考えた。
k=1にして、a=1×F/m にしたらよいではないかと。

すると ma は ちょうど F[N]と(単純な単位で)表せて便利だ。

だから 力の大きさが ma [N] でよくなった。ニュートンのおかげで。
だから 重力の大きさが mg [N]で表せるようになった。ニュートンのおかげで。
結局、 k=1にしたときの力の大きさを決めたことによって、「1kgの物体が1m/ssの加速度で動いているときその物体には1Nの力が働いている」と言うことができるようになったのだ。

普通に、親切な参考書に書いてあることなのだが、読み落としていたということか。

たしかに親切な参考書には書いてあるが、ほとんどの物理の参考書では当たり前のこととして飛ばしてある。あるいは隠し味としているのかもしれない。(初学者が読むべき参考書は隠し味が種明かししてある参考書の方だということは言うまでもない。)

本を読むのはわかりが速くてよいが、わからない疑問だけはメモをしておいて、いつか違う本を読んだときに気づけばよい。周りに先人(先をやっている人)がいたら聞いてみたらよいだろう。

[N] という物理の力学のもっとも重要な単位ひとつとってみてもすっかり納得するということがどれだけ大切なことか。

問題を何問も解く前に考えるべきことがある。
基礎を理解するということだ。

実際問題としてNという単位を知って2、3年以内の初学者の中でNという単位の意味を説明できる人は100人中1、2人くらいしかいないと思う。

そこは覚えるようなところではない。
考えるということがどれだけ大切かを示すもっとも身近な例だとヴォクは思っている。

さて、定置網勉のシリーズをはじめよう。
慶応大、早大、立命館大、同志社大、東大、一橋大、お茶大、東工大、国立医学部などに進んだ卒生に勉強法を詳しく聴いたときのレジュメを見ながら書いてみる。喫茶店で一緒にパンか何か食べながら雑談の際にヴォクがtouchwriterやTeMoなどの手書き手帳にメモしていたものがある。

彼らは小学生のときにはヴォクが伝えた勉強法をただ真似していたが、中学高校と経験を重ねるにつれ自分流の勉強法を作り上げて合格していった。

そのような勉強法は参考書問題集と一緒に光塾の後輩たちに伝承されているものである。勉強法の中でとくにここが大事というものをこのシリーズ「網勉」にまとめてみようと思う。

暗記すべきことを深く暗記する方法、教科が得意になる方法がおそらく出てくることと思う。

(つづく)







posted by 花波 ヒカリ at 07:29| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

原因を探る旅

原因と結果の法則という言葉がある。
「原因があるような気がします。」

ヴォクはその言葉の意味を考えてみる。
いったいどんな原因があるというのだろう。

病気にならウィルスだったり病名だったり原因(らしきもの)が特定できることがある。

勉強が不調のときは原因を考えてみる。
言葉、用語、定義の理解は正確か。

言葉を正確に覚えたか。
用語を正しく読み、書きできるのか。

ちょうど同じ日にコンビニの店員さんは言った。
「私の中では認めていませんが鼻がとてもむずむずします」と。

なるほど鼻がむずむずするのを花粉症だと呼ぶのは簡単だが、花粉症に打ち克つために花粉症と思わないようにするという作戦もあるのか。

かたや原因を探る思考、かたや原因を探らず気力で乗り越える考え方、方向性は真逆だが180度真逆なため両者はつながっている。

原因と闘っているという点において同じではないか。
O西中の定期試験の記録用紙に書いてあった言葉がある。

「努力したからといって結果が出るとは限らない。
でも結果を出した人は絶対に努力している。」

努力は結果の原因である。
結果を出したかったら努力をしておくのがいい。
それは努力が結果の原因になっているからだ。

しかし結果は出ないこともあるという現実を突きつけられる。
いや、結果はただ目に見えないだけで時期が経てば、時間が経過したら「大きな花が咲く」。

そんな風にお母様がおっしゃってくださった。
ヴォクはこの悔しさを忘れない。
ずっとこの記憶を引きずりながら仕事をする。
たとえ不合格という結果が変わらなくとも、これではあきらめがつかない。

原因は見えないようで見える。
原因を探りながら生活する(ことを習慣にした)という点において、一段次元の高いレベルでこの子は学習をすることになる。

あのときの原因を克服しようとして、もう次の舞台へ向かって、新しい一歩を前にむかって踏み出したんだ。それは目を見たからわかるんだ。

どの本を全部覚えればいいのだい。
あたしは暗記が大の得意なのよ。
オレンジペンでカッコの中に用語を書きまくって、
赤いシートで隠して、
かたっぱしから全部覚えるぞ。

そんな風に目の中に書いてあったんだ。




posted by 花波 ヒカリ at 00:46| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月16日

自助努力 plus ある幸福のためのスピーチ plus ヴォクのペン

子どもに会うたびに言っている。
おそらくほぼ毎週言っている。
授業は1パーセント、自分でやるが99パーセントだと。
ヴォクはこのことになんの疑いもない。

昔の人は言った。
「百見は一触にしかず」

仮に何かの授業を受けるとして、それを完全に完璧に自分のものと掴むまで手とペンを使って復習しないとしたら、意味はない。
何十年かたって復習して掴めばそのときに意味は生まれるだろうが遅い人を待ってくれる場合は多くない。

そもそも自分でやれることすらきちんとしない人があまりに多い。
だからただスタンダードな良問を馬鹿にせずちゃんとやるだけで(相対的な意味での)成績は上がりまくる。
すごく単純なたんじゅんな話だ。

ベビーブームの頃と違い、入試の競争率は非常に低くなっている。受験人口は減少しているのに学校の数は増えている。18歳人口、ベビーブームの249万人と、近年の120万人とを比較すれば、自ずとわかることがある。
ちゃんとやるだけで届く学校が増えているのだぞ。




lionさんが書かれていた。1億パーセント同意だ。

plus あるスピーチ 幸福のためのスピーチ

ヴォクの文具。
ノートは、レポート用紙 方眼用紙 白地にオレンジの方眼用紙のもの。100円均一のセリアではじめてみつけた日に車にもどって試し書きしその場で即100冊注文した。
0.7mm芯との相性が抜群の紙質。

ボールペンは、チャケットビガの木軸の超太軸ペン。チャケットビガの虎杢に魅せられて、ボールペン沼、シャープペンシル沼、万年筆沼からは脱出した。
楽器に使われる材だけあって筆記すると音を奏でる。
シャープペンシルの波動が木軸で鳴る。

万年筆のインクで最近、パイロット 万年筆インキ iroshizuku INK-50-FG フユガキというのを使ってみた。
とても好きな発色でテンションが上がっている。
万年筆の木もオレンジ色つながりでペルナンブコの木軸にしている。

オレンジのインクにはオレンジ色の木がよく似合う。






posted by 花波 ヒカリ at 10:18| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月09日

今日の中学生(中1)

きょうの中学生。いや新しい日になったから昨日の中学1年生か。
中学数学の一通りの学習はすっかり終わっている子。

勧めたわけでもない本を読んでいるようで、質問をもってきた。
好きなことを好きに学習するときがいちばん楽しい。能力が飛躍する。
だから好きにやりなさい。

小学生の頃から何度となく言った言葉だが、実際忘れた頃に気がつくと好きなような本を読んでいるこの子がいた。

今後がますます楽しみだ。


たしかこの本だった。ナカミしか見なかったので多分。

posted by 花波 ヒカリ at 12:35| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

実力テストと実力社会(1) plus 満員御礼申し上げます。

定期試験は暗記の要素が大きい。
範囲が狭いというのが理由の一つ。同じ問題も多く出題される。

実力試験や会場模試、そして入試本番には範囲がない。
範囲はあるにはあるが広めである。
入試ならば教科書全部(のようなもの)が出題範囲となる。「(のようなもの)」とカッコつきで書いたのは先の学年の教科書に載っているような知識があれば問題の背景が少しは見やすくなり解くのがかんたんになるという要素があるからだ。(それでも先の先まで知っていないと問題の背景などなかなか見えるものではない。)

たとえば大学でやる数学の知識があれば大学入試数学の問題の意味がすこしわかりやすくなる。高校入試の問題は中学の教科書の知識で解けるように作問されているとはいえ、高校範囲の知識があればより機械的に解けるものが少なくない。

もちろん既習範囲の知識や公式だけで解くということにパズル的な頭の働かせ方を楽しむことや考える力自体を鍛えることのよさはあるのだが、こと入試に関しては点をとるのが目的なので正解に速くたどりつける解法の可能性に関して遠くまで広くまで知っていた方が有利である。

実力テストの話だ。
入試は少し遠い未来にある。備えるにしても想像するのが難しい。
まずは1、2年以内にやってくる会場模試で点数をとれるのが(入試本番での)実力のある人であるということが言える。そこで、模試で点がとれるようにするというのを目標の一部として普段の学習を組み立てている。

だから教材も全国入試問題の過去問を中心に組み立てる。小学生でも中1生でも高校入試や大学入試の過去問にたえず取り組むようなことをトレーニングメニューとしている。なるべく3年前から遅くとも2年前からは入試全教科において入試問題に毎週取り組むようにしている。たとえば東京都の子は東京都の入試問題を解けるのをもって単元の仕上げとする。そういうことを入試2年以上前から行うという準備の仕方だ。入試問題と早くから闘うことで入試に必要な水準を手と脳で感じ取ることができる。結果として、サバイバル能力が高まる。

実力テストの話をしている。
模試にも性格がいろいろあって教科書にない問題(考察問題、応用問題)を多く出す模試もあれば、教科書の類題を中心に出題する模試もある。

大学入試では学校別学部別に、一般に採点基準が全く異なる。たとえば京都大学や東工大は数学の採点が細かく厳しい。完答してはじめて満点がもらえるのは当たり前だが途中の思考過程も厳密に書いておく必要がある。同じ東大でも採点は学部別だ。高校入試の共通問題でも採点は各高校が独自に行っている。独自問題や選択問題を採用している学校なら採点基準はいっそう独自的である。したがって入試問題の意図を読まねばならない。点になる答案を書くのも記述論述問題では大事な要素となる。

実力テスト、模試を受けた場合は過去問と比較して出題の傾向と採点基準の類似性までは最低限見ておく必要がある。

間違っても偏差値だけ見て実力のあるなしを判断するわけにはいかない。高校生の模試結果を見ている。
採点の仕方がいろいろあるというのがはじめの感想。
採点結果さえよく見る必要がある。
記述の答案の場合、極端に書けば文字が読みやすいかどうかさえ採点に影響する。

全統記述模試、全統マーク模試、駿台全国模試、医学部模試、大学別模試がかえってきた。実力判定の要素の一つとして答案をよく見ておきたい。

高校1、2年までの学習はインプットさえできていたら一定の結果が出る。浪人生も模試に合流していないので高い偏差値が出やすい。

一方、高校3年生の模試は浪人生も混じり、範囲も広く、問題も定石だけでは解けないようなものも出題される。
ここではじめて実力が見えてくる。
高校2年生の秋の模試まででは逆に実力はほとんど見えない。

高校生だけでなく中学生も模試を受けてかえってきている。
学校でも実力試験があった。そちらもかえってきている。
本番に問題設定が近い場合、結果が入試での実力を占うということはできる。
問題設定が似て非なる場合、つまり設定が異なる場合は、その模試で本番を占うことはできない。
過去問で何点とれるのかを見た方がよいということになる。

流れで模試を受けた場合が多いだろう。自動申込だったなど。その場合は本番の過去問と見比べる。問題の作成法が似ているのなら、実力(入試での得点力)がわかる。
似ていない場合、似ている模試か過去問を別にやるのがよい。

合格最低点が公表されているので去年なら合格だとか不合格だとかまで詳しくわかる。
似ている模試なら本番に近い母集団の中の順位などもわかってよい。

実力テストを受けてはじめて見えることがいっぱいある。

さて、実力とは入試での得点力のこととここで定義している。
たとえば同じ国立医学部でも受験教科も違えば問題も違う。
二次試験に理科があるところ、ないところ、年齢制限あるなしなどさまざまな差がある。

あくまで自分の受ける学校の試験問題で点数をとる能力(ポテンシャル)を実力と呼んでいる。
入試一年前は過去問を30年分くらいはやりたいので、学校を決めるのは遅くとも1年前くらいになるように指導している。

インプット期とアウトプット期では学習姿勢を変えたほうがいい。
インプット期は定義の確認、記憶、定石の習得に重きを置く。公式があればなぜをとことん追求する。
深い理解と確かな記憶を心がける。性格差が定着差になりやすい。
丁寧に正確に当たり前のことをバカにせずちゃんとやるように指導する。粘りがものを言う。
きちんとやれるようになった子は結果を出す期間。

アウトプット期は、下書きの仕方、解法の可能性、解法の選択肢、なぜそう解こうとするのか、どう解くと速かったのかなど得点力アップを意識し常に入試問題を想定した学習をするようにする。ここは指導力の差が出る期間。受験生が過去問研究のすべてをぶつけながら問題と闘う期間。過去問でとれるかとれないか、苦しい期間。
押しても押しても進まないように感じることもある。
やってもやってもとれぬと苦しさもある期間。ここは解法の必然性を考え抜く。問題を作成した人間と解答を作る受験生の真剣勝負。

そう思っている。

話戻して、実力試験。いろいろあるが、入試問題と比べてしっかり活用すれば得られるものが大きい、という話を書いた。

最後に、どんな模試でも結果がよければ自信になる。
修造さんに「きみはできる、きみはできる」といっぱい言われたときみたいな前向きな気持ちになることもひょっとしたらあるだろう。
「やればできそうだ」と思い込むきかっけにもなる。受けるときはどんな問題でも諦めずに取り組むといい。

大どんでん返し。
模試よりもっと役立つものがあるのだよ。
それが過去問。
そのときの合格者の点数と比べてごらん。
よくわかるから。

ベビーブームの頃と今では人間の数が違う。
センター試験がなぜ複数回になったのか考えてみてほしい。
それは、受験生の数が減ったから。
代わりに受験回数を多くして得をするのが誰なのか考えてみたらよいことだ。

大学に競争で、自助努力さえしたら入れるのが日本の教育のここまではいい点だった。
この方向性が変えられる力が働いている。

実力のあるものが実力で評価されたいなら実力で判断する機関を探してそこを目指すのがいい。
そして実力をつけてまた次の世代のために実力社会をつくっていくのがいい。

そう思っている。

plus 教室の話。
来年度以降の予約を多数いただき今年も来年度も満席御礼となっている。とくにウラウラと東大一橋、医歯薬受験準備へ向けてという方が多い。熱い期待を感じ取る。
ありがたいこと。

(中学生、高校生の新規の募集は停止中です。中高生はすべて小学部からの持ち上がりの方のみとさせていただいております。ウラウラお茶コース(浦和、一女、大宮、お茶)、東大京大一橋お茶コース(そのまま)、医歯薬獣医英数コースも同様で受付は終了しております。それから小学生は全員セルフラーニングコースからしかスタートできません。その後変化があれば対応しますがまずはセルフラーニングができるようになってください。逆に「セルフラーニング◯」が身についている場合はすぐに「セルフラーニング二重◎」へ向けた指導を開始、志望校別指導も重ねてスタートいたします。以上です。)










posted by 花波 ヒカリ at 17:37| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする