2019年07月26日

コーチえのもと(17)

365かける2といくらかの歳月をかけて毎日まいにちコーチえのもとがぼくらに教えたことはテニスであるとばかり当時は思い込んでいた。

ぼくの練習メニューの1つめだったスマッシュは250本が日課だった。1本でもネットにかけたり的から外したりしたら1本目から数え直しだった。

彼は打ち方についてしゃべりかけながらぼくらにたくさんすぶりをしてみせた。

スイングや身体の動きに関してはゴルフと野球と卓球の話が多かった。
テニスもゴルフも野球も同じこと、というのが彼の持論だった。

クラブとバットとラケットで身体の使い方が同じだという彼の理論が正直なところ、ヴォクは今でもよくわかっていない。


彼はぼくらにてっきりテニスを教えてくれているのだとばかり思ってた。
でも違った。

いまになって思えばそんな技術的なものではなかった。すぶりにごまかされていた。

実際彼が球出し以外ではラケットをもつことはなかったし彼はテニス初心者でフラットにラケットを持つことすらしていなかった。カットボールしか受けた記憶がない。

彼のベンチにはテニスの本が置かれていて、彼が折り目をつけたドッグイヤーのページを開いて確認するシーンを目にすることは少なくなかった。

彼は一日の終わりにはいつも筋肉痛だったんじゃないか。
あんな下手くそな手打ちで何百球千球も球出しのため打っていたら肘も肩もがいたくなったに違いない。そのそぶりすら見せなかったけれど。


彼はぼくらにいったい何をしたかったのだろう。
その問いがいつものように気になって仕方がない。


耳にタコができるくらい聞かされた「30になったらわかるからやれ!」の言葉を信じやったが、わかるまでに15年も必要なかった。

18歳になるまでにはそれはもうぼくらの信念になっていたんだ。

成し遂げるための方法がそのことを除いて他になにひとつないということは、もはや疑いようのないくらいにまでしみついていた。

コーチえのもとはぼくらにテニスを教えてくれた(ように見えていた)。
そしてすべてを教えてくれた。
ついでに少しだけ筋骨たくましくもしてくれた。

コーチえのもとは、ひとつの物事に打ち込むことをぼくらに教えてくれたんだ。
ボールの打ち方なんてもんでなく。

夏休みになると練習はいよいよ本格化した。練習スケジュール表などというものはない。休みという文字はコーチえのもとの辞書に存在しなかった。

雨のたまる日以外は朝6:00からボールが見えなくなるまで毎日外のコートで練習、大雨でコートに水たまりが多い日は自主練を体育館でやった。
夏が来るとまだ暗い空の下、自転車をこぐ田んぼのあぜ道の記憶があの草の匂いとともによみがえる。

帰りはもっとまっくらでハンドルが曲がってライトをうまくさせずよく田んぼに落ちた。足ががくがくで自転車をこぐ力も弱々しい。

ほっとするのは12:00から13:00の休憩のときだけだった。
喉がかわきすぎておにぎりひとつ食べるのがやっとで繰り返し繰り返しポカリスウェットを飲んだ。
そして階段の陰で空を見上げた格好のまま目を閉じてとにかく休んだ。
もうこのままずっと休憩だったらいいのにと思っても13:00になると集合〜〜〜の声をかけねばならなかった。

コーチえのもとがぼくらに挑んだ闘いは夏の猛練習だった。

一日経つごとにぼくらはたしかにうまくなった。

あのときだ。練習すればするだけ絶対にうまくなるということに気がついたのは。

家に帰りつくと地下から出る水のシャワーを頭にかけた。
まるでスイカを冷やすみたいに長い時間水のシャワーをかけた。

夏休みに、部員の全員がテニスのフォームが同じようになり程度の差はあれみなうまくなった。
程度の差はあれみな真っ黒の肌になった。

夏の試合でも、日により焼けているチームが勝った。
あれだけ練習して負ける方がおかしいと誰もが気合でボールを打った。

負けるわけがなかった。

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2019年04月17日

シラバスだけあれば plus 定置網勉(8) plus コーチえのもと(21) plus 宇宙の果てまでいってキュー。plus 本を読むのに灯りをともさないの? plus チェリーセージの寄せ植え plus 1番店長 plus ブログのアクセス数

ある子に昨日見学している部活動を教えてもらった。その中にテニスという言葉があったがテニスにしてーとは間違っても言えない。ヴォクは選ぶ人ではない。
コーチえのもとはボールを長く運ぶことをくらやみトーク中にも練習中にも何度も何度も教えてくれた。
力だけで打ってもいい球は打てんぞ。
ボールを長く打ちなさい。
ボールを押し出すようにラケットを長くボールにつけなさい。

力積という物理の言葉こそ彼は使わなかったが高校生になって物理の教科書でそれを知ったときにこのことだったのか!と知った。

ラケットのフォロースルーを大きくとって前に押し出すようにもラケットを運ぶ選手の球は方向もスピードも回転もすべてがよかった。

ラケットで長い距離ボールを運びなさい。ラケットで運ぶ時間は長くとりなさい。のちに落合の超野球学の中でも読むことになったわけだが、当時はそれらの理屈が運動方程式や仕事(力の距離的効果)や力積(力の時間的効果)と関係していただなんて気づきもしなかった。ただなんとなく物理的身体的にそうするとうまくいく原理なのだと感じるだけだった。コートの上では数式や計算がなかった。数式による証明を体験することはなかった。
長く打つのと短く打つのを交互に試すと必ず前者の方がよい球がいった。テニスに数式はいらなかった。飛んだボールの速さと勢いとが何よりの証明だった。頭で考える必要がなかった。そうした方がいいということは直感的に納得することができていた。あまりにいい球が行くのでなんでそうしたらいいのかまでは考えられなかった。コーチえのもとが言うことに疑問を持ったことなどただの一度もなかった。あの頃の純真をヴォクは今も持っているのだろうか。

なぜそうするといい球が行くのかまで根拠などはわからなかったがとにかくここは守れというコーチえのもとが毎日言っていたことだけは疑うこともせずとにかく守った。いい球が行くと身体が喜ぶ。疲れると無駄な動きなどできなくなった。無駄のない理にかなったコーチえのもとの伝える基本は身体に染み込んだ。

逆にボールをパンっと打つようなフォームやボールを瞬間的に打ち返すような打ち方はどうやってもできなくなっていた。
部員の全員がその基本を守っていたため、ヴォクらのラケットは回転しながらもボールを長くつかむような打ち方をした。

「壁をつくり駒のように回転しなさい。」
「インパクトの瞬間にだけ力をかけなさい。」
「ボールを押し出しなさい。」
ぼくらの頭の中はコーチえのもとの言葉だけで埋め尽くされていたんだ。

plus ヴォクの仕事はハンマー投げ
小さいときに会う。純真に純真で応えたい。螺旋状に会うたびに発見があってあってもあっても発見がなくて諦めずに螺旋運動できるように力を加えたり離したり話したり見たり見なかったりする。
期待に期待で応えたい。準備は複雑化してゆき目が周る。ときにこうをそうしときに無効になり、あるときは笑いあるときは泣いたりもして。
廻れまわれーよ、高く廻れ。
もういいか、まだか、そろそろいいか、まだか。
いつしか等速運動になっているときを夢見て力を加えて。

もう力は加えていないよ。
ヴォクは中心から引っ張っていないよ。
外に出て見ているだけだけれどもう等速運動しているのではない?
いまだ。いま手を離してももう遠くまで飛んでゆける。
さようなら。

plus 本を読むのに電子書籍が多くなった。若い頃は電気をつけてというのが大変であまり書きたくないがたしか前にここにも書いたが電気が布団をもやし焦げたりした苦い思い出もある。火事でなくてよかった。
電子書籍のメリットは電気がいらないこと。いらないといっても電子機器の方の電気を使うわけであるのだけど。
目に優しいモードもあってなんとも読書好きにはたまらない便利な時代になったものよ。
本は読んだ後にどこにしまうかが悩みで本棚がいくらあっても足りない。紙は重く、おもくのしかかることそれは大問題であった。

いまは本が身の周りには減った。それでも木の本棚を使わないということはないが、本棚にある書物が電子書籍でも読めるというのは何倍にも便利なところがある。
本棚がホームか電子書籍がホームか内容は同じだから合鍵と本鍵みたいなものでそのどちらもケースバイケースで使えるということが大助かり。

だいたい本が読みたいときには今すぐに読みたいわけでその場で1分後には端末に本があるというのが「スピード経営の思考」をもっとスピーディにしたようなものであって、速いの安いのうっまいのー、三拍子揃っている。
その上、試し読みや無料まであるときたらもう本パラダイスとはこのことだ。

plus 新しい版がkindleで出たのがうれしかった。NEW ACTION LEGEND 数学I+A(本編) ニューアクション

plus 寄せ植えしてみた。
題 「つる性用の登り竹と」
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plus 開店以来お世話になっている床屋があるのだが、そこには店長の理髪師さん以外にも複数のスタッフがいて本来は指名ができない。朝一に万一1番をとっていない場合には順番に案内される。

基本的には自分の髪は自分でカット。これヴォク流。しかし、イチローのように切って欲しいときがある。そのような場合、ヴォクは朝早くにいって1番札をとっていつも店長さんに切ってもらっているのであるが、もし番号がずれた場合は本来は選べないのでどの人に担当してもらうのかは運である。
しかし店長さんは順番がずれた場合でも顔剃りタイムなどでうまく調整してヴォクのカットをしてくださる。
3mmのイチローでといっても、同じ3mmにもいろいろあるのでやっぱりヴォクは店長さんのカットがいい。
だからすごく助かっている。
余計な負担をかけないようしっかり1番札をとろうという話。

plus ブログのアクセス
たまに何か書くとあとでふと気になってアクセスを見る。シーサーはいろんなデータが無料で得られる。1日のアクセスが3000、5000とあるとまた何か書こうという気になる。かな。何でも見られるってことはありがたいこと。
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plus 英語の学習法
英語の読解の学習法を伝えるときにヴォクがいつもやる伝え方がある。
目の前で子どもの持っている英文ページをどこか適当に開いて一回音読する。子どもはただ見て聞いている。
今度は紙を子どもに渡してヴォクは紙をみないで目隠しして英文を読む。
A4用紙ジャスト1枚分くらいを全部スラスラ言うだけ。
次に本を机に置く。
その上に消しゴムを8つくらい適当に紙の上に投げる。
消しゴムがたくさん集まっているところで英文を消しゴムが隠したままでもヴォクが読む。
消しゴムの下にあった英文があっているか消しゴムを取り去りながら。
やり方はかんたんで反復に鍵がある。語学が得意になる方法のひとつ。

plus 本を読んで独学するのと授業を聞いて勉強するのとで最大の違いは前者が自分の知りたいことに焦点をあてるということである。

したがって読み勉のときにはスピードも読み順も変幻自在、へーと頷いたりそっかーと感動してため息をついたりやったーと2年考えてわからなかった疑問点が書物に書かれていて読んでわかって氷解し感動の渦と波とに包まれるなんていうこともある。海の真ん中でとったどーと叫ぶような感じ。
この感覚や体験が重なるにつれ教科が得意になってゆく。

授業というものは教える人の目的にしたがって進行するのに対し本を読む場合には書き手の想いもさることながら読み手の思いで決まる部分が大きい。

本を読むときは期待してじっくりと味わいながら読むといい。ものすごい書物には定置網のように仕掛けと創意工夫が張り巡らされている。
よく読めば得られるものは計り知れない。(定置網勉つづく)

いまは社会人になっている光子でこんな子がいた。
彼は夜に本を2、3冊読んでから寝る子だった。
読む子は育つという言葉は彼を見て思ったことなのだが、彼曰く眠れないときは時間がもったいないからとにかく本を読んで過ごしていると。
村上春樹から受験参考書から雑誌の類まで床について(go to bed)から眠りにつく(go to sleep)までの間に本を数冊読んでいるということだった。
高校では学年の成績はトップ校でもほとんど全部1番で全教科が得意だった。
読む勉強は自分のわかるものを選んでおもしろい順に進めることができるのでハマっても違う本に移行すればよいだけで止まらない、結果進むすすむ勉強が進むという感じだったようだ。

読み勉には良い点が多いがひとつに速く進むということもある、そんなことを彼を見ながら思った。

plus
小学生の時以来、千葉から片道90分かけて来ている光っ子。東葛飾高校のシラバスをもってきてくれた。毎回写真でいいというのにわざわざ製本なさってくださった。サイン入り。シラバスさえあれば学習は自分で組み立てやすくなる。最重要資料なのでありがたい。
入学予定の大学の入試科目を見つめると普段何をしたらよいかが見える。
高校のシラバスを見たら試験ごとにどこを強化しておけばよいかわかる。
シラバスより貴重なバスはない。ほかのバスもないけど。

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ほなね。
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2019年03月18日

小学生の映画英語 plus makuakeで買った電動水出しアイスコーヒー plus 鉛筆ホルダーを好きなウッドから切り出す plus 奇偶勉 plus 英語リーディングの奥義 plus コーチえのもと(20) plus 猿丸兄さんの技 plus GDrive 2TB

コーチえのもとは練習後にえのもとになったんだ。
整列、礼、「お願いしまーす。」

カチカチっ、すー、ぷかー、「優勝する学校も準優勝する学校もテニスのうまさは変わらん。優勝するかしないかは最後の大事な場面を迎えたときにとるかとらんかで決まる。そのときをイメージして普段からボールを打ちなさい。その球が打てれば相手が打ち返せない、そういうボールを打つ気持ちで全部の球に向かいなさい。球はお前たちは誰よりも多く打っとる。それは間違いない。太陽のあるとき全部練習時間にあてとって、雨の日に素振りもずっとしとる。俺は全部の学校を見てきたからわかる。ライトの下で夜まで練習している学校はなかど。だからお前たちが練習量はもう一番多い。それから回転数。お前たちは一時間あたり打つ球数が多い。ぐるぐる回転しながらどんどん打つから球を打つ数も多くなっとる。それでも負けるとしたらイメージしかない。回転して列の後ろに並んで次のボールに備える間に試合本番の最終セットをイメージしなさい。アドバンテージを相手にとられて後がないときにボールが来て逃げずに自分のボールを打ち切るときをイメージしなさい。テニスは足でするというのは技術の話や、本当はテニスは気でするんや。気合いで打ちなさい。わかったか。

一同「はい。」

その話はリピートで毎晩30分くらい続いた。
ボール拾いもコート整備も終わった何もないまっくら闇のコートの上では前にいる選手の白いシャツの白みだけがうっすらとした色をもっているように見える。ほかのものは暗くて見えない。松林の風で揺れる音、鳥の声、そしてコーチえのもとの声しか見えなくなった。

ぼくらの頭はコーチえのもとの声で作られたんだ。


plus プロゴルファー猿
わいわさるやー プロゴルファーさるやーのプロゴルファーの話。
彼がすごかったのは旗包みなどの技は言うまでもなく、まずもってゴルフの道具 ウッド の素材となる木を探す 木を掘り出す 木取りするところから始めていたところ。あの漫画をはじめて見た少年時代、なんでも自分でやってみるもんやなーと感動した。

憧れてウッド一本でコースを回った人は少なくあるまい。

plus 2TBのクラウドのドライブ(google drive略してググルのgドラ)に全部の過去問35年分程度を保存しているのだが、光子が何かを質問する場合、問題と解答と答案(とくに誤答に至った考え方)も添付するように頼んでいるので出先でそこまでたどるという必要がなくなっている。アップルノート丸一台を持ち歩かなくて済むからと思い長く利用してきたが、いまはiPadのgoodreaderに収納している分で十分に足りるようになっている。念のために保存するのにもクラウド以外にも、

Transcend USB3.1 2.5インチ スリムポータブルHDD M3シリーズ アイロングレー 1TB TS1TSJ25M3Sと

Seagate 1TB TV 録画 ポータブル 外付 HDD 4K テレビ PS4 対応 2.5 ハードディスク USB3.0と

I-O DATA 外付けHDD ハードディスク 4TB テレビ録画 TV接続ガイド付 PS4 Mac EX-HD4CZにもトリプル保存している。

クラウドの方は不要なのかもしれない。ヤフージオシティーズもなくなってしまうことだしここでクラウドドライブも整理してなしにしようかと思っている。勢いで消してあとでやっぱりとなったことは少なくないので30日寝かせることにする。保管方法には慎重主義。年契約を解除するか継続するか悩み抜こう。

誤答に至る考え方のない質問には一切答えない。
自分の考えもないのに質問するなんて何の意味もない。

plus この春に大学に進学する卒業生が本をどっさり持ってきてくださった。
書き込みの文字が読みやすいというその一点だけで価値が計り知れないのだがさらに、問題との格闘記録がありがたい。ある数学の分厚い問題集を見ると、ある問題では、

9/6 × 
9/8 ×
9/10 ×
9/14 ×
9/16 × 東大整数のパターン確認
9/18 △ 最後に確かめをしていなかった
9/20 ○ とけた 60分かけてしまった
9/22 △ 方針よし イコールを省いた
9/26 ○ 
9/28 ○
10/28 ○
2/18 ○
(原文まま)

とある。偶数日ばかりなのには深い訳があるようだ。解き直しをする日は整数の2倍の日を数学の日とすると決めていたのか。本人が高校2年生だった頃に曰く、奇数の日には新しいのを予習し、偶数の日は復習する日にあてていると。
どの問題をどれくらい解いていたのかがよくわかり、難易度もわかるので参考になる。
小学生だった頃はせめて7回間違えるまではやれ!
○なんかつけるな!! 答え合わせすらできないの? きょうで何回め? 数えて。

本がもったいない! ヤギにあげろ! 紙のむだ。ムダムダムダ。

わかった後で見て真似するだけじゃだめ!わかった後はかんたんに見えるのは当たり前だろ!わからないのがわかる瞬間を増やせ!
思いつくまで粘れ!

いつだれが赤ペンで書けと言った? 自分で考えるときは黒だ!

字が薄い 次やったらボールペン縛り 

なんで1ページしか進めなかったと思う?

ステーキを食べてたほうがましじゃない?

 勉強やってなくて書写かっ! 

答え写して何がしたいの? と何度も同じ内容で怒鳴りつけていた子だ。思い出すだけでも悪かったなー、大人気なかったなーと思う。なぜかこの子はめげながらもついてきた。将来やりたいことがあるのできちんとやれるようになりたいと言ってたのは本当だったようだ。中1の半ばくらいからはあまり伝えるような基本的な学習法はなくなってきて、その後は教科の話しか授業中にはなくなっていたように思う。

この分厚い問題集のすべての問題を平均9回くらいは解いているようだ。
7周までは数えていましたと言っていたのだがたしかにそうだったのだね。
貴重なテキストをありがとう、ありがとう。

予習と復習を半々にするというのは独特な工夫で真似したいと思った。ここ足音にも書いておこう。

plus 
まもなく出る「英語リーディングの奥義」は英語リーディング教本ファン待望の一冊か。予約中の本の中でもとくに楽しみな一冊。英語のミカタを固定してくるという点では英文解釈教室に負けぬパワーがある。

plus 「漢辞海」の句法が便利。気になったらさっと瞬間的に検索できる。

plus Random House英和大辞典の語源が便利。

plus 小学生が数検2級を通過したと証書を見せてくれた。いつの間に受けていたのかな。次からは微分積分に入るが、一周しているだけでは真の理解には達せずただ問題が解けるだけに近い状況なのは否めない。数学は2周目からがオモロイということに気づくことが楽しみでならないが微分積分まではとりあえず進めよう。内容はどまん中のまっすぐで全公式の導出と大学入試スタンダード演習までしか1周目なので行なっていない。

plus きょうの小学生の映画英語
映画はテニスと同じくらい好きでまあ観るほうだ。「好きな映画の話」ほかでこれまでここには何回か書いたが大学生の頃から蓮實せんせいや友人の影響で映画は多く観るようになりここ数年もやはり年間300くらいは観ている。学生時代には図書館でも映画が観られた。フランス映画などはなかなか手に入らなかったのでありがたかった。観られるものは全部みた。映画を観るのは生活の一部だった。行き帰りの電車では観た後の映画を今度は聴いていたので使えるようになった。片道最低2時間は電車内にいたのでときには映画にも飽きた。そのときは電車内は語学と割り切っていたから今度は本を読んでいろんな語学をやった。フランス語だったら大学の先輩にもらった蓮實氏の『フランス語の余白に』は何十周も繰り返していた。今でも例文が全部言える。落合がやめイチローがやめ野球を観る回数が減ってしまいその分が少し映画や語学に回ったと言えば言えようか。机の上では書くことをし、電車の中では視聴することをすると決めていた。いまの時代ならPAD端末が充実しているから視聴しながら書けるが当時は朝の満員電車の中では聴くか、できても読むのまでが精一杯だった。

小学生に勧められる映画がいっぱいあって中でも英語の勉強にもよいものが山ほどある。
光の週課題の中に英語のセリフを覚えてくるというものがあるのだが今日の子は15文覚えてきていた。週速度マクシマム。
ここまでくるともう自分でできている。
よかったね、おめでとう。ようこそ、趣味の映画英語の世界へ。フランス映画の世界へ。

plus 蓮實重彦の蓮實節をはじめて満喫するような人には『映画時評』というテクストが一番良い。そう思うとる。

plus 慶應の方が赤本をいっぱいくれると連絡があった。参考書はいっぱいもっているがこの卒生のメモの方に興味があるのでありがたくいただくことになった。いつ何をしたか何回同じ問題にチェックが入っているのかなどは本屋に売っている本にはないめっさ貴重な情報だ。
大学で人からいっぱい刺激を受けているということだった。人ということばがでてきている時点でやはりすごい方だなーと尊敬しかない。
ヴォクも自分を持っている人にならねば。

plus 鉛筆補助軸 ペンホルダー
ヴォクのペンホルダーはヴォクの好きな木で作っている。
音をかき鳴らし文字を書きなぐるのが目的なので音がなる木を使う。
ハワイアンコア、ペルナンブーコ、ハカランダ、御蔵島柘植、島桑など好きな木でホルダーをつくっている。
好きな筆記具のインクを芯を鉛筆を、ジャストサイズの好きな軸に入れてよい音を書き鳴らしながら文字を書くという単純なことに周り周りに回って何周も回って近頃気がついた。

そうつまり、オットセイのつまりは、つまるところは、以前は好きな木軸に入る替え芯や鉛筆を探していたのだが、540度逆に、あらゆる芯に取り付けられる木軸ホルダーだけでいいではないかと。
お気に入りの一本のホルダーであらゆるものにつけてしまえばいいではないかと。
幸い、ヴォクは太い軸が手になじむ。

ありとあるペン生きとし生ける鉛筆をカバーできるペンホルダーを好きな木から自作したらいいのではないかと。

プロゴルファー猿がウッドからウッドをつくったように。猿よ、ありがとう。
どうしてこんなに単純なことに気がつかなかったのだろう。

ついでに先端はイチローモデルのバットのグリップエンドの形にしている。テンションがマックス。

plus makuakeなどクラウドファンディングは情熱と新発想の宝庫で散策するだけでも楽しい。応援するとさらに楽しい。
ひとつ問題といえば何でもほしがるまこちゃんになってしまうことくらい。ヴォクが。

plus ムネリンの復帰が楽しみ。

plus 奥田民生カバーのイノセントワールド。ごいす。

ほなね。

後日談
makuakeで支援していた電動水出しコーヒーメーカーが届いた。
20分で、普段1晩かけてつくっていた(待っていた)アイスコーヒーができた。20分で。
すぐにできるだけあって、むしろ香りがいい。
いやもっと厳密に言えば、テーブルの上で20分、冷蔵庫に入れないので、余計な香りが混ざらない、風味が落ちない。冷たいので氷が溶けにくく薄まらない。
水出しは、エスプレッソと同じで豆自体を味わえる感覚。おらはいま猛烈に感動しているぞ(久しぶりにクレヨンしんちゃんキャラで)。
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2018年02月01日

コーチ・えのもと (19) plus 着メールあり、入試結果。

お前はテニスの才能はない。
足は速くない。
目はよくない。
体力はあまりない。
・・・
・・・
お前は一軍で使う。
気合を入れろ。

「はい。」

コーチえのもとは選手がうまくないときはどうやって一軍を選んでいたのだろう。ぼくはその頃、絶対にうまくなかった。なんとなく部活に遅れて入って、なんとなくメニューをこなしていただけ。
自主性がなくうまくなるわけがなかった。

「はい。」という返事をするか、固まって何も言えないかのどっちかで会話というのを一度もしたことがなかった。
去り際には目すら合わせてもらえなかった。

こちらは涙をこらえて彼のことを目に焼き付けようとまっていたが最後の言葉なんてかけてもらえなかった。

あれだけ苦しめておいてあれだけたたいておいて(たたくというのはまーどういう意味でも構わない)、あれだけ助けておいて、最後にサヨナラするときにはポンだ。テニスの乱打のうちの何の意味のない一球みたいにポーンとぼくらを投げ捨てて彼は去っていった。何の言葉もなかった。

いなくなるのなら最後にがんばれとか気の利いた言葉がほしかった。
ぼくたちが異動を知ったのはコーチえのもとの最終勤務の日でコーチえのもとは手にかかえられるほどの最後の荷物をかかえてローレルに乗り込もうとした後だった。
異動を知って練習をやめあわてて車まで走り移動したがもう出発というところで姿を見るのがせいいっぱいだった。

優勝したときにも見たことのない涙をこらえる赤い目だけを残して彼は去っていった。

plus
1/19 9:57 着信あり。高3の女子が防衛大に合格なさったとのこと。もうひとつ月末に勝負が残っている。すべての結果を揃えてから最終的な進学先を判断なさるとのこと。小論文や2次面接試験など知らないことをいろいろ教えていただいた。小学生の頃から今まで一緒に勉強してきた。最後の数日となるが何かできることがあれば役に立ちたい。

2/1 9:49 着信あり。中3の女子が都立日比谷高校に合格なさったとのこと。小学生の頃から1人で電車で文京区から上尾まで通ってきてくれている。夢への通過点で、何かのお役に立てたならこれ幸い。



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2017年12月19日

コーチ・えのもと (17)plus アインシュタインが息子に書いた手紙 plus 小論文入試への備え方 plus ヴォク自身の考え plus ユニボール シグノ 極細0.38mm

365かける2といくらかの歳月をかけて毎日まいにちコーチえのもとがぼくらに教えたことはテニスであるとばかり当時は思い込んでいた。

ぼくの練習メニューの1つめだったスマッシュは250本が日課だった。1本でもネットにかけたり的から外したりしたら1本目から数え直しだった。

彼は打ち方についてしゃべりかけながらぼくらにたくさんすぶりをしてみせた。

スイングや身体の動きに関してはゴルフと野球と卓球の話が多かった。
テニスもゴルフも野球も同じこと、というのが彼の持論だった。

クラブとバットとラケットで身体の使い方が同じだという彼の理論が正直なところ、ヴォクは今でもよくわかっていない。


彼はぼくらにてっきりテニスを教えてくれているのだとばかり思ってた。
でも違った。

いまになって思えばそんな技術的なものではなかった。すぶりにごまかされていた。

実際彼が球出し以外ではラケットをもつことはなかったし彼はテニス初心者でフラットにラケットを持つことすらしていなかった。カットボールしか受けた記憶がない。

彼のベンチにはテニスの本が置かれていて、彼が折り目をつけたドッグイヤーのページを開いて確認するシーンを目にすることは少なくなかった。

彼は一日の終わりにはいつも筋肉痛だったんじゃないか。
あんな下手くそな手打ちで何百球千球も球出しのため打っていたら肘も肩もがいたくなったに違いない。そのそぶりすら見せなかったけれど。


彼はぼくらにいったい何をしたかったのだろう。
その問いがいつものように気になって仕方がない。


耳にタコができるくらい聞かされた「30になったらわかるからやれ!」の言葉を信じやったが、わかるまでに15年も必要なかった。

18歳になるまでにはそれはもうぼくらの信念になっていたんだ。

成し遂げるための方法がそのことを除いて他になにひとつないということは、もはや疑いようのないくらいにまでしみついていた。

コーチえのもとはぼくらにテニスを教えてくれた(ように見えていた)。
そしてすべてを教えてくれた。
ついでに少しだけ筋骨たくましくもしてくれた。

コーチえのもとは、ひとつの物事に打ち込むことをぼくらに教えてくれたんだ。
ボールの打ち方なんてもんでなく。

夏休みになると練習はいよいよ本格化した。練習スケジュール表などというものはない。休みという文字はコーチえのもとの辞書に存在しなかった。

雨のたまる日以外は朝6:00からボールが見えなくなるまで毎日外のコートで練習、大雨でコートに水たまりが多い日は自主練を体育館でやった。
夏が来るとまだ暗い空の下、自転車をこぐ田んぼのあぜ道の記憶があの草の匂いとともによみがえる。

帰りはもっとまっくらでハンドルが曲がってライトをうまくさせずよく田んぼに落ちた。足ががくがくで自転車をこぐ力も弱々しい。

ほっとするのは12:00から13:00の休憩のときだけだった。
喉がかわきすぎておにぎりひとつ食べるのがやっとで繰り返し繰り返しポカリスウェットを飲んだ。
そして階段の陰で空を見上げた格好のまま目を閉じてとにかく休んだ。
もうこのままずっと休憩だったらいいのにと思っても13:00になると集合〜〜〜の声をかけねばならなかった。

コーチえのもとがぼくらに挑んだ闘いは夏の猛練習だった。

一日経つごとにぼくらはたしかにうまくなった。

あのときだ。練習すればするだけ絶対にうまくなるということに気がついたのは。

家に帰りつくと地下から出る水のシャワーを頭にかけた。
まるでスイカを冷やすみたいに長い時間水のシャワーをかけた。

夏休みに、部員の全員がテニスのフォームが同じようになり程度の差はあれみなうまくなった。
程度の差はあれみな真っ黒の肌になった。

夏の試合でも、日により焼けているチームが勝った。
あれだけ練習して負ける方がおかしいと誰もが気合でボールを打った。

負けるわけがなかった。

plus 防衛大入試、医学部面接、都立日比谷高校入試など小論文試験や面接試験のある入試の準備で。

小論文試験のある場合、面接試験のある場合に、練習は、やらない。相手はプロ中のプロで学生、先輩方と日々向き合っている方々。つくったような対策などしても何の意味もない。

小論文を書く代わりに文章をいっぱい読む。要約を何年間も書く。長い文章の要約さえできないうちに難問を何問解いてもたいして意味がない。そしてもっとずっと根本的なこととしてラブレターのそれのような心のこもった文字を書くということが筆記試験において重要ポイントになる。

どんな問題が出ても、あなたが日々ニュースを見て思いを募らせてきたこと、あなたが日々生きて考えてきたこと、あなたがいまどうあるのかを堂々と見せたらいい。どんな問題が来てもあなたはあなたの考えを示したらよい。小論文を課す方はあなた自身をふつうの試験よりも少しでも深く知りたくてそれを問うているのだから。

あなたが読んできた書物があなたの栄養になっていてあなたが観てきた映画があなたの考え方に影響を与えてきて、あなたの接してきた人たちがあなたに影響を与えてきた。今度はあなたが面接で相手に影響を及ぼす番だ。

いつものあなたを見せたらいい。

plus アインシュタインの言葉 気になったので引用

I am very pleased that you find joy with the piano. This and carpentry are in my opinion for your age the best pursuits, better even than school. Because those are things which fit a young person such as you very well. Mainly play the things on the piano which please you, even if the teacher does not assign those. That is the way to learn the most, that when you are doing something with such enjoyment that you don't notice that the time passes. I am sometimes so wrapped up in my work that I forget about the noon meal. . . .
君がピアノを楽しんでいることがぼくはとてもうれしいよ。ぼくの意見では、君ぐらいの年の子はピアノと大工仕事が最も追求すべきことで、たとえ学校よりももっといい追求すべきことだ。なぜなら、それらは君のような若い人にとても合っているから。ピアノの先生からたとえ指定されなくても、自分が楽しいと思う曲を主に弾きなさい。それがもっともいっぱい学ぶ方法だ。楽しいことをしていると、時が過ぎるのも忘れてしまうだろう。ぼくもときどき、仕事に没頭しすぎて、お昼ご飯を忘れてしまうことがある。

plus 
ヴォク自身の考え

「子どもに勉強しろ」と言えば子どもは勉強しなくなるよ。
だってさ、勉強はもともと楽しいもんでしょ?
違うの? ねー 、何か違うかな?
子どもがせっかく楽しんでいるものを横から入って奪うのはだめ。

plus 文具マニアの1人 卒生のSさんが久しぶりに来た。
ヴォクを驚かせるプレゼントがあるので会ってくださいと手紙に書いてあったのでどんな新しいズクかと待っていると、ユニボールシグノの48色セットだった。めっさ驚いている。自分の分と2つ予約していたとのこと。
お返しには何がいいか思いつかなかったがsignoにはsignoでカリカリいい音が鳴るような木軸を。
うれしいがもったいなくて使いにくい。
飾っておくしかないのか。大切に使って軸だけでも保存しておこう。
signoは20年ずっと使っているがこれよりよいペンには一度も出会ったことがない。ヴォクの感想。


posted by ヒカリ at 05:50| コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コーチ・えのもと (16) plus フォントにお気にのほんと plus 受験生の上向きベクトル

これもまたコーチえのもとに習った練習術の話。

高地トレーニングをやらされた。
ぼくらは中学生なのだが社会人のもんげーうまい人を連れてきて乱打をお願いし、ぼくらの誰かが打ち勝つことはまずなかった。
乱打というのはただ相手のコート内4分の1の決まった範囲内にまっすぐに力任せで打ち合うことを言う。

乱打は20本30本連続で続くのは当たり前でときには40本50本以上も続くが結局社会人の方が打ち負かされることはまずなかった。

打ち負けるぼくらの方は交代するので交代せずに打ち続ける横綱はついに体力がいつか切れて何周目かには負けることがあった。

これは乱打に打ち負ける状態ではなく体力がなくなっているだけなのだがその時にたまたま乱打していた者はまるで自分が乱打でコーチに打ち勝ったような気分になり自信をつけたもんだ。

社会人の方は軸が決まり無駄な動きがなく何百球と打っても安定したスイングでぼくらをなぎ倒してくださった。あんなに小さなスイングでどうしてあんなに速い球が打てるのだろう。
相手の球が速ければ速いほどコーチは小さな動きで同じくらい速い球を打ち返してくる。ぼくらは乱打の間中、コーチのフォームを目に焼き付けた。

終わるとコーチは、えのもと監督と10分くらい何か話をして帰っていった。コーチと直接お話をしたことは、えのもと監督とお話をしたことがないのと同様一度もない。

その練習のことをコーチえのもとは「高地トレーニング」と呼んだ。
ぼくらはえのもと先生にならって彼のことを「コーチ」と呼んでいたのでひょっとしたら「コーチトレーニング」の方の漢字をあてるのかもしれない。

でもえのもと先生は練習後に話してくれた。
「練習はハードにやれば試合の方が楽をできる。練習は試合より速い球を受けなさい。練習では試合中より一歩前に出なさい。練習では試合中よりもっと強い球を狙いなさい。マラソン選手も高地出身の選手層は強いだろう? あれは本番より空気の薄い場所で練習しているから本番の方が楽だというのもあるぞ。」

そういう話があったのでやっぱり「高地トレーニング」と漢字をあてるのだろうなとぼくは勝手に解釈していた。

いくらハードな設定だからと言ってネット前のド至近距離からボレー練習の球出しをするあの練習だけは今思い出すだけでもこわい。

何回メガネにあたってメガネがずり落ち、鼻がいたくなったことか。

plus クラフト墨のほんとがフォントに好き。
この画像の文字なんて火を噴きそうな衝撃だぜ。
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plus 今年の受験生
上向きベクトルのままほとんどの子は判定C、Dくらいのまま本番に突入していく。ヴォクの方でいいねだの悪いねだの言うことは何もない。目指すのは本人にしかできないこと。

「承知しました。」の一言しか言えない。

高地トレーニングでの勢いを重視している。本番の極限状況の中で自分の構え自分のスイングをすることができるか、その練習には普段3倍くらいの圧をかけて練習するのがいい。
調子を上向きのまま、力をためてためてーーーーをしている最中だ。

plus 大学入試数学にセンスなど関係ない。位置ベクトルがわからないという人に限って位置ベクトルってなあに?と聞くと答えが返ってこない。
位置のベクトルですか?

位置ベクトルの問題を解くときの考え方はいつだって1つしかない。そのたった1つのことを意識しないで考えようとしたって何をしたらいいのかがわからないのはもっともだ。
原点をOにとって点Aまでベクトルをとる。それが位置ベクトルだよ。
それで点Aはどこにあるのか世界中の人にかんたんに伝えることができるようになる。
原点からみて東に2、北に3って言えば世界でそこはもう1点しかないってことだからね。
数学でもっとも重要なことは定義をきちんと把握することで、そこに正しい勉強法がある。

plus 仕事中にピンポンという言葉を使っていたのだが、ピンポンパンライスのせいでどうしても2つ少なくなってしまう。ジャルジャルのせいだー。

plus コーチえのもとのダッシュ練習。

お前たちは前の県大会で優勝した。お前たちは次の県大会も優勝するための練習をしとる。
優勝するために練習しとるから優勝するのは当たり前だ。
今回は全試合負けなしで行くど。今までは天才に頼ってきたが次の試合はうちの3番手が相手の1番手にあたっても勝つ。そのための練習をしとる。いいな。ペアも全部入れ替えて1、2、3番手とも同じくらいのパワーにするからな。

はい。

でもそんなー。
チームの中で足を引っ張るのが目立って余計にやりにくいな。
まいったなー。

もやし体質のぼくは試合に出るのも嫌なのによりによって負けるなときたもんだ。
天才と組んで足を引っ張らないテニスができるわけもないし。

また変な夢を目指すなー。
内心で少しそう思ったが優勝しないはずはないしせっかくなら勝ち切ってみたいそう思った。

きつい練習の中でぼくはいつも1番後ろでついていくだけだった。
途中から足が絡まりはじめスピードの中でテンパってずっこける、それがぼくだった。
水をぶっかけられて目を覚ます、いつものパターンだった。
水をかけられると生き返った気がした。
水を飲ませてもらってもフラフラした足はなかなか戻らなかったがとにかく無我夢中で打って走った。
空振りがあってもでかい声を出してごまかした。

チームのダッシュスピードがあまりにも早いので自分の足が遅いおそいといつも思っていたがある日かけっこを走るといつのまにかぼくの足は速くなっていた。部活の外、ふつうの体育レベルで見るとかなり速い部類に自分が属しているようだった。
ありえないことが起きている。
まさか足が速くなるなんてことがあるわけがないのに。

信じられなかったぼくは陸上部へ行き見てもらった。
君はスタートだけものすごく速いようだよ。
はじめの30mなら誰にも負けないくらい速いぞ。


なんじゃそりゃー。
まさかの出来事であった。
テニスはダッシュと戻りの繰り返しで長い距離走ることがない。
ぼくの足はいつのまにかテニス足になっていたようで短い距離をすばやく移動する能力が抜群になっていた。
不思議な才能に恵まれたのかなんなのかよくわからないがテニスには向いていた。

ほなね。
posted by ヒカリ at 05:42| コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

コーチえのもとのしてくれた話(8) 「優勝を日々意識する」plus 高地トレーニング plus 記述式試験と選択式試験

おまえたちは優勝を狙って練習して優勝をした。
2番手から5番手まで力の差がないからBチームも強くするようにいい選手をBに入れた。
Bは優勝ではなかったがBのメンバーがAにいたらそれでも優勝したと思ってもよかど。

Aには一番手の天才がおるからAの二番手三番手は誰が入っても大丈夫だったわけだから。
AとかBとかは一番手以外は俺が勝手に分けてるだけだから勘違いするな。
実力は変わらんど。練習しているからよそのチームには負けないけどまーたいしてうまくない。
少しだけ敵よりはうまいちゅー程度だな。未経験者の俺と変わらんうまさだ。
わかったか。

はい。(返事しないと説教追加30分が確定し食事が遅くなるのでタイミングよくチームが返事をする。)

優勝して見えることがあるとわいが言ったのは見えたか?

沈黙

ふー。(タバコをふかしながら)。
お前たちが30歳になったらわかっど。

優勝するには練習を全部したのよ。
県内の天気はどこの学校でもたいしてかわらんだろう?
晴れの日の明るい時間も変わらんだろう?
テニスコートは3面あって不足もない。
水たまりもできないふつうの土で問題ない。
俺がここにきたときは俺の座るところもなかったけど
いまは木のベンチもおいたしタバコの灰皿もおいたから居心地も問題なかど。

あとは全部をテニスに集中させたかで決まるわけよ。
ボール出しはすばやく選手は回転しながら球数をかせぐ。
100打つより200打つ方がうまくなるにきまっとる。
ちょうど足が絡まってもういごけん(動けない)というくらいのときに太陽が沈む、ちょうどよかどが。

plus 高密度の練習をするため受験生は高地トレーニングをしている。
普段の3倍の圧縮率で負荷のある問題を解いている。
33パーセントの得点とると本番80点になるような設定で問題を配分し作成している。

結局毎回のように30パーセントを下回り毎回ほぼ全問を復習することになる。
これにより濃度があがって良質な問題粒子とぶつかる確率が3倍になる。

解いている最中はまるで達成感がないがトレーニングが終わるごとに実力がつく、というところを狙っている。難関校入試の良質な問題群と格闘する中で解決力が鍛えられる。

plus
入試や模試には2種類がある。記述式試験とマーク式あるいは選択式試験である。
前者は理由を尋ねることが中心となる試験で日常からなぜなぜを考えている人が高得点となる。
後者は知識を尋ねることが中心となる試験で多くのことを知っている方が高得点となる。
記述式の対策をするというのは、だから、本来はナンセンスな話で、初めから因果関係を重視して考える学習をしていれば対策はする必要がなくなる。

知識を多く尋ねる場合も同様で覚えるべきことが多くあっても類型化し型を抑えておけば個別に覚えておかねばならないことの数は少なくなる。よい問題になるほど体系化されたことの部分を尋ねる。
同じような考え方や反応パターンをまとめておけば多くのことを個別に覚えておくことの必要がなくなる。

模試や入試ではそれらのことを意識して日頃から因果関係や類型化するような学習を取り入れておくのが一番の準備にもなる。 ほなね。




posted by ヒカリ at 05:49| Comment(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

コーチえのもとのしてくれた話(7)「フォーム」plus 筆卵、椿油、柘植(つげ)の木のペン、キョンセーム plus iPhoneのバッテリー交換 plus ズバピタ数学図形

腰を落とせ。手で打つな。回転で打て。力は入れるな。
壁を作れ。

基礎が大事ということでラケットも地面に置いて正しいフォームを身体に覚えさせるためにヴォクたちは素手で何度も走り、素振りした。手をどらえもんみたいにしてぼくたちは何度も何度もコートの中を走りながら素振りした。
テニスがしたかったのになんでラケットを持たないのだろうか。

コートに男たちが何人も入っているのだが誰1人ラケットを持っていない。
ボールは飛んでくるのだがポジションに正しく入ったらイメージで素振りだけする。ボールはそこにバウンドしていて打ち返されてもいないのによしっ、よしっなどと確認が入る。

はたからみたらなんだこの馬鹿げた動きは?となっただろう。誰も見に来なかったし暑かったので朝のうちはダッシュのあとのゼーゼーのまま上半身裸で練習していた。ラケットがないから変だ。

ラケットも持たずに手足の動きを確認しながらボールを追いかける。
スマッシュ練習では正しく十分に下がり、前に出ながら飛び上がりただしく頭でボールをヘディングする練習やただしく利き腕と反対の腕でボールをつかむ練習をした。

なんじゃこりゃー。
コーチえのもとの練習メニューはおよそテニスっぽくなかった。
そもそも彼はテニスは未経験者で前年までは卓球で県大会優勝、その数年前まではバレーで県大会優勝に学校を導いたという意味不明なご経歴だった。

なんでテニスに来たのかわからない。
でもそんなことを言えば、ヴォクだって吹奏楽部に男子1人なのが嫌になって途中からふと友達の追っかけでテニス部に流れ込んで拾ってもらった類なので人のことは言えない。

ボールを打つくらいならタイミングだから非力なヴォクでもできるかもというやわらかい期待は実際に身体をコート上で足を動かすと吹き飛んだ。
息が苦しくて立っていられないではないか。

コーチえのもとは真っ暗になるときまって話をしてくれた。
基礎さえしっかりすればうまくなる。
基礎は絶対に崩れたらいけないポイントでそこだけはどんなうまい選手でも守っているところだ。

天才ははじめからそれができっが、2人以外は刷り込まないと身につかない。

素振りをしろ。
腰を落とせ。
軸を動かすな。
壁をつくれ。
手で打つな。
力を抜け。
インパクト以外は力はいらん。
身体で打て。
足で打て。

うーん、よくわからないけど部員たちのフォームは似通ったものになり正確さが高かった。

天才の2人だけが自由なフォームでたのしそうに軽やかに打っているように見えた。他の選手はみな確実な基礎的なフォームを身につけた。見た目は小さいが正確でコントロールはいい。

地味でも確実でミスの少ないフォームを身につけた。
基礎練習ばかりだしボールをさわらない練習が長かったがそれがよかった。
ボールなんかに振り回されずまずはフォームをつくった。
どんな球がきてもそのフォームで打てばいい。

ボールを打っても打たされるな、自分のフォームを作れ、自分のフォームで打て。それが彼の口癖だった。

plus 木のペンの話。
数式をwordに入力する際にはショートカットを多用する。
ショートカットは化学の触媒と同じで平衡に達するまでの時間を速めてくれる。ヴォクの仕事のひとつもこれだ。

文字を書くときは丸い木軸の方が数式や英文字を書くのに速くなる。そして反対側や隣で文字を書く際にペンは倒すことの方が多いので筆先は卵のように丸くある必要がある。

そこでペンの作家さんに筆卵(ふでたまご)というペンを製作していただいた。作品名は筆卵となった。小さめの卵で文字が書ける。筆卵には斜めに倒してもかすれない替芯307を使っている。

plus iPhoneのバッテリー交換。
アマゾンで仕入れていつも自分でやっている。
車のキーの電池や時計の電池と同じで滅多にしないのでやる時ごとにやり方を見ながらという感じ。
楽しいような面倒くさいような。まーでもうまくいくと自己満足。

plus 勉強フォーム
勉強も形から。いい文具をもつ必要がある。内川選手は天才で例外かと思うがふつうは道具にはこだわる。
アイパッドの中の書類の扱い方。PDFファイルはどう整理してそうマーカーを引けばいいのか。暗記の仕方はどうやったらいいのか。音読するためにはどういう道具でどうやったらいいのか。

教えるときはまず道具の使い方、勉強のフォームから入るようにしている。何年かかってもフォームさえ身につけておけばあとで自分ひとりで進められるようになるから。

plus 筆の手入れ
毎日使った木の筆のペンの手入れをする。
夜に文字を書いた後に、大島純粋三原椿油をつけて指の腹ですり込む。屋久杉の木、柘植(つげ)の木(写真)、そして柘植の櫛と木のテーブルにもつけてなでる。ヴォクの髪にも柘植櫛で椿油をなじませてゆく。

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ペンの木と櫛の木と髪と机の木、ヴォクの髪だけはあいにく木でできてはいないが同じ椿油をもらって一心同体になれる。マッサージ効果は倍増する。黄楊はどうしてこのような漢字を宛てるだろう、この木肌を見るとすぐにわかる。なんと素敵なゴールデンイエロー。

屋久杉の香りはペンをなでると指に染み入ってくる。指紋が消えてしまうのではないかと思うくらい屋久杉の虎杢に指をスリスリしている。木には油を補充し、ヴォクの指には屋久杉の油と椿油と屋久杉の香りがのりうつってくる。ペンの木を握りしめていると手は汗をかく。飽和水蒸気量を越え、液体の汗がペンの木に水分補給をする。過剰になるといけないので最後にキョンセームで木を拭いて筆卵を革のケースの中に収納する。毎日の至福のとき。

パールホワイトのシカモアの木は宝石より美しい。
石よりも壊れやすい木ではあるが木は呼吸していて指に触れると伝わってくる。
きょうもありがとう。あしたもまたよろしくね。

plus 毎日使っているアプリの話。
電子書籍が便利極まりない。旺文社「化学辞典」や森北の「デジタル化学辞典」はアプリが便利で本の辞典の方をまったく使うことがなくなった。
記憶が曖昧な時、不明な点を調べる時に大役立ち。

plus ヒカリ推薦独学図書 高校入試ズバピタ 要点ズバピタ高校入試出るとこ 数学図形 (文英堂)
定理の証明は授業でやっている。家でもドンドンやりたいという小学生がいたのでズバピタを渡した。本棚にまだ20冊以上ストックしてある。小中高の図形が見事にまとめてある。片手におさまるサイズで問題と解答まで載せているのがゴイス。
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ほなね。

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コーチえのもとのしてくれた話(6)「心技体の前に心心心」 plus はなコーヒーの生豆(3) 焙煎のかおり 豆の保存にバキュバン。 plus 医学部へ進む子。 plus 語呂合わせ職人

ヴォクはコーチえのもとと話をしたことが一度もない。
ある試合があった。それははじめての県大会大きな試合だった。ヴォクが弱気で受けのボール運びをしていた。
自分から攻めずただ来たボールをぼーっと練習ボールみたいに打ち返していたらしい。

試合中にテニスではコーチが選手にアドバイスを与える時間があるのだがコーチえのもとはヴォクに思いっきりビンタした。気合いを入れんかー。
頰が熱くなり何が起きたのかよくわからなかったが正気に返ったヴォクたちはその後決勝戦まで無事に進んだ。

叩かれたことが悔しくて怒りがこみ上げてきて緊張で上がっていたヴォクはいつの間にかコーチえのもとを憎むのにせいいっぱいで緊張など忘れていた。

今思い返してもあの試合中のヴォクははじめての大舞台のデビュー戦で舞い上がりろくな動きができていなかった。一回戦であやうく負けてしまいそうだったためいきなりビンタされたのかもしれない。
理由はよくわかっていない。何しろ会話をしたことがないので、あのときのビンタはなんだったんですか?なんて聞くこともできないし聞く気もない。
ヴォクは選手で彼はコーチ。
まだ1人で考える力など何もなかったヴォクに対してコーチえのもとは何もかも押し付けてきた。
教え込みである。
ありがたいことだった。

ヴォクは運動音痴で走るのも遅くやせのもやしでまさか自分がテニスでうまくなれるだなんて思ってもいなかった。
それが練習をきちんとするだけでどんどんうまくなれた。自信になった。

ふつう試合のことはほとんど覚えているのだがその試合の内容は記憶がないことからしても舞い上がって自分がなくなっていたことはあったと思う。

大事なデビュー戦でビンタをもらったのは後にも先にもヴォクしかいなかったようだがとにかく勝ててよかった。
ヴォクたちは優勝した。
いたうれしいが、なんで上がったのか悩んでいたヴォクだけはきっと写真にも作り笑いで写っていただろうか。

ヴォクだって自分のプレイがしたかった。
思うようなプレイができるようになるにはどうしたらいいのか。
練習と試合は違う。

試合で勝つには技よりも体力よりも心が必要だということをなんとなく知ったのはデビュー戦が終わって次の大きな大会を迎える前くらいだった。

plus コーヒー焙煎するときのかおりが好き。
この香りはどんなだろう。

畑で落ち葉をもやして焼き芋を焼くときの匂いなのか。否。

ロケット花火を瓶の中にいっぱい詰め込んで打ち上げ合戦をしたときの煙の匂いなのか。ノン!

釣ったばかりの魚を無人島で焼いて食べるときの匂いなのか。ちゃう。

コーヒー焙煎のときの焦がすような匂いは他のどの匂いとも違っている。
同じような匂いを探そうとするが何度探してもどこにも見つからない。
目の前にはその間にも黄色から茶色へ、焦げ茶色へ、そして一部は焦げた黒へと色を変えていくコーヒー豆が魅惑の音を奏でながら香りを出し続ける。鼻をさす香りが立ち込める。鼻コーヒー。

手を火の真上10cmで揺らすヴォクをコーヒー豆の発する香りが包み込んでいく。換気扇などもったいなくてつけない。
息を吸い込む。

コーヒーを飲むときには味わえないコーヒーのいい香り。香りでこのコーヒーの味を想像してみる。
きょうはどんな味だろう。

飲むときにもこの焙煎の香りをもっていけたらいいのに。
焙煎のときにしか出てこないだなんて。

画像は好きなコーヒー豆マンデリンを保存するのにヴォクがつかっている麻袋。風通しよく、コーヒー豆を収納している。サイズは100cmくらいで大量のなま豆を保存することができる。
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コーヒーの風味は焙煎後、数日で失われてしまう。そこでなるべく まめに 焙煎している(まめだけに)。
たまに数日経過してしまった豆は後日淹れるためにいったんワイン瓶に入れてバキュバンで空気を抜いて冷暗所にて保存している。バキュバン、空気を抜くのにマイお気に。

plus 進路の相談があった。
医学部にどうしても行きたいのだがどんな高校がいいかと。それはあなたの考えることだ。ヴォクが高校に行くわけではないから。

まー、でも調べる候補として複数あげた。先輩が行っている高校で、周りに行く人が集まっているよと。
U、S、Kの三高校を抑えなさい。それぞれ校風はまったく違うよ。調べてみなさい。
進路実績なんてすぐにわかることを見ても意味がないの。授業を見なさい。

plus 覚えるのが苦手と言った子がいたので語呂合わせの作り方を伝えた。
次の週に、語呂合わせを作るのが難しかったというので語呂合わせノートを見せてもらった。
うまくてきていた。これなら覚えやすいね。

語呂合わせまでもう書いてある本も渡した。記憶法が出てくるが先に自分で考えてみてその後比べて好きな方で覚えようと伝えた。語呂職人になるには人が作った語呂の真似だけではいかんからね。じぶんの趣味に絡めたら覚えやすいしね。
ほなね。
posted by ヒカリ at 06:54| Comment(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コーチえのもとのしてくれた話(5)「流れに身を任せる」 plus 東大合格者の数学物理化学勉強術 plus はなコーヒーの生豆(2) モカエキスプレス

おい、K、こっちを見ろ。俺が話しているときに下を見るな。
おい、Ca、ポケットに手を置くな。気をつけして聞け。俺が話しているんだぞ。こっちを見ろ。

コーチえのもとは当たり前のことができないと必ずすぐに大声で怒った。

あるときSiたちがいざこざをおこし喧嘩をした。Si
練習をさぼってスーパーでアイスを食べて休んでいたようだ。彼のローレルはSiたちをみつけてコート脇に呼び戻した。

彼はみなが見ている脇でSiたちを30分くらいずっと説教をした。高級ラケットがかわいそうだった。2、3万するラケットがかわいそうだった。
Siのお尻よりコーチえのもとの高級ラケットが折れないかどうかみな声を出しながらも横目でずっと見ていた。
コーチえのもとは練習を見たいのにこんなことをして時間がもったいないということではなかった。

練習をサボるな、馬鹿が。
お前が練習したくない日があってもチームの練習は、やってるんだ。
お前が近くのスーパーでサボるとチームが弱くなるだろうが。
お前はテニスが嫌ならテニスをやめればいいがお前がやめるとチームまで弱くなる。
なんでかわかるか?

わからないなら今からすぐに戻って気合いを入れて練習せ。
そしたらわかってくるから。
ばかがー。

Siもヴォクもなんでチームが弱くなるのかよくはわからなかったがコーチえのもとがそういうならそうなんだろうと思った。
彼がチームに戻って練習に参加するとなぜかしらんがチームの団結力があがったような気はした。

抜けようにも抜けられんな。
やめるっちゅう選択肢はないような気がする。
練習はきつくて嫌だったから休みたいことは多かった。この頃からだ。ヴォクは雨が好きになった。雨が降ればコート上でひっくりかえらなくてすむ。大きな窓の前で素振りする方が楽でいい。練習は休みたい。でも優勝はしたい。優勝したらいいことがわかる、優勝してはじめて見えることがあると毎日のようにコーチえのもとから聞かされていた。何としても県大会優勝というものをしてみたかった。

そのためにはとにかく与えられたメニューを倒れずにやるしかなかった。
練習に出たり出なかったりというようなことは許されなかった。
チームの全員がよほどのことがない限りひとまず練習には参加した。
休んでよいかどうかはコーチえのもとが決めることだった。
それは当たり前のことだ。

おい、P、目がぼーっとしちょっど。風邪をひいてるんじゃないか?
きょうは、もう帰りなさい。

はい、すみません。

plusはなコーヒーの生豆(1)の続き。

エスプレッソは好きでよく飲む。「モカエキスプレス 」に満足してしまいいろんなレシピも試さずに安定した味を楽しんでいる。研究家失格。

イタリアンローストにするところまでのなま豆の扱い方は毎回変えているが、エスプレッソの作り方自体に変化がない。(もっと攻めろ、俺!)

エスプレッソはコーヒー豆をもっとも直に飲むことのできる飲み方だと思う。
そんなエスプレッソづくりで一度大失敗をした。

いつものように弱火でコーヒー豆をあたためていた。

まだかなまだかなー。
待てども待てどもいつものジュ、ジュワー(ホリケンで)がこない。
通常はコーヒーがあがってきてそのときにいい音がなる。
エスプレッソができる合図なのだが、それがない。

お湯の沸騰にたとえるなら湯が沸けばヒューヒューと音がするものだが、そういうのが待てども待てどもない。逆にいささかへんな匂いがしてきた。
まさか・・・。


ゴトン!



代わりに持ち手が外れて落ちてきた。
あまりの高温で持ち手が溶けてしまったか。そのときになってようやく気がついた。

あー、水入れていなかったか(なぜか冷静)。
水を入れずにモカエキスプレスを熱するとは。
あー。匂いは匂いでも、いけない匂いがする。
嗚呼。

その後適度に補修して今も現役でバリバリつかっている。
モカエキスプレスは丈夫でいい。

plus 東大へ進んだEさんの勉強法
勉強法を聞くとよく話してくれた。
意識していることは手の動きのとまらない勉強だった。
まず数学物理化学では鉛筆の動きが止まってしまうような問題集には過去問以外では手をつけていないということだった。
普段は常にベーシックの基本図書だけを手を動かして練習したと。
この点に関してはヴォクも同意見で現役の高校生が勉強するのに、傍用問題集レベルを手の動きを止めることなくスススーーーっと書けるまで繰り返すのがもっとも高速で基礎を固める方法の1つである。

実際Eさんはスタンダードな問題は常に正確に素早く解くことができた。
それだけで数学物理化学ともS判定(河合の模試の最高評価)を逃したことがなかった。
ここまで基礎がしっかりしているので難問にももちろん手を出すことができるのだが、数多くやる代わりに過去問150題程度に絞って3周やった。東大の二次試験は基礎と過去問で攻略できたと話してくれた。

plus 知る限り参考書コーナーのできるだけ大きな本屋でその科目の参考書の1章を全部立ち読みする。何日かかかる。
なんでこんなにすごい本があるのだろうか、ビビっと来て、いても立ってもいられない、立って読むのでなく急いで読み飛ばすにはもったいなさすぎるという本がやってくる。そんな本はもはやどれにしようかと選ぼうとしなくても買いたくて買いたくて仕方がなくなる。向こうの方から降ってくる。

思考の枠組みを揺さぶるような本が存在する。そんな見方ができたのかと驚かずにはいられない。知らなかったよー。aを逆さにして読むとeになって、6が9にみえたときの驚き。そういったものがページをめくるごとに現れる。長嶋茂雄さん流に言えば、「長嶋さんがさ、由伸が監督になったら変わるよって言うんだよ。これから巨人は360度変わるからって(笑)。360度じゃまた元に戻っちゃう、それじゃ変わらないじゃんと思ったけどさ、長嶋さんに誰も突っ込むことができなくって(笑)」(北野武さんのコメントより引用)
180度変わるよりもさらに倍(大橋巨泉)変わるということだよね、わかるわかるーーー。
受験参考書の中には感動の参考書が存在する。

ほなね。

posted by ヒカリ at 06:39| Comment(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コーチえのもとのしてくれた話(4)「ボール拾い」 plus はなコーヒーの生豆(1) ゴマ炒り器での自家焙煎からのエスプレッソ

コーチえのもとの話の中にはこんなことがあった。

その誰にも負けない特技なのだが、Cuはどう考えても皆の中でテニスが一番下手だった。
実はCuだけはピアノとの両立でありしかもピアノが主だったためテニス部の練習へは短い時間だけ参加することを特例として許されていた。

しかしCuが練習にたまに最後まで出られたときには暗がりの雑談の中でコーチえのもとがこんなことを何度か話してくれた。

お前たちが気づいちょるか知らんから言うど。
きょうもCuがボール拾いは一番やったど。
みんなCuのラケットを見ろ(コーチえのもとがラケットを持ち上げながら)。

ラケットはもったいないことに先端がすり減っていた。練習時間は一番短いのにラケットのへたれ具合は一番だ。どういうことだ。

ボールをラケットで拾いすぎるあまり先が何度も地面にあたって削れ薄くなっていた。
木のラケットは前の面と後ろの面が薄く近づきいまにも折れてしまいそうだった。

Cuはこのラケットできょうも一番声を出して一番多くのボールをひろっとったど。

こういう人になれ。そしたらテニスがうまくなる。

Cuが後日演奏会で全校生徒の前でピアノを弾いた。
演奏後テニス部員はみな立ち上がって拍手した。
日頃のボール拾いの努力を知っていたから。

下手なのに部活のために1つでも多く自分からボールを拾う彼のピアノは誰よりもうまかった。
ボールを拾うのがうまいことと彼がピアノがうまいということがテニス部員の中では一致していた。
あの人が弾くピアノだ。
道理でこんなにうまいわけだなー。

テニスのボール拾いもうまいがピアノは本当にうまいなー。
さすがはCuだ。

plus コーヒーの話 学生時代にコーヒーがいっぱい飲みたくて喫茶店でアルバイトをしていた(たこ焼き屋と掛け持ち)。
コーヒーは、好き。たこ焼きも。

生豆でコロンビア・エメラルドマウンテンやインドネシア・トラジャ・ママサ、インドネシア・マンデリンなどを買って、ゴマ炒り器で自分好みにイタリアン(ロースト)に焙煎し、エスプレッソにしたりドリップ手入れしたりして飲んでいる(好きなコーヒー豆は、トラジャ、マンデリン、コロンビア)。
焙煎を自分ですることで、自分好みの味になま豆を育てていくのがめっさ楽しい。

はじめにコーヒー豆の焙煎中、香りで癒される。
次に火の上で10分経過後のパチっ、バチっとはじける(ハゼる)音はポップコーンのように楽しくヴォクの気分を奏でてくれる。そしてそれを盛り立てるチャフの舞い。お気にの胡麻炒り器がこれ。

その時のヴォクの気持ちは、イメージ画像でたとえるならこういう感じ。

(イメージ写真 「花波コーヒー」)
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焙煎したての豆は出来たてのホヤホヤで、香り、風味MAX。
3から5秒間のふくらまし(一般的に言うところの蒸らし)のため少し湯をそそぐとでかまるのたこ焼き型にまん丸に膨らんでくれる。細かいこまかい泡のふくらみ、この膨らみがどういう意味を持つかはコーヒー通の方ならただちにわかるはず。ここでケーキのクリームのようにふんわりで、泡が細かいほどうまい。そしてヴォクの豆の場合は、全体がまん丸になればなるほど、美味しいコーヒーになる。

工夫している点はいくつかある。毎回よかったわるかった点、味をはなコーヒー日記につけている。dropboxに保存(dripboxではないよ)。
豆を見ながらいろんな焙煎、いろんな淹れ方をためしている。
コーヒー豆の皮チャフのそばにはうまみ成分がつまっているので取り除きすぎぬようにする。
豆は焦げないようにするが苦味も欲しいので一部だけ焦がすようにする。

味は言葉にならない。ただひとつ言えることは、

今まで生きてきた中で一番幸せです。(久しぶりに岩崎恭子キャラで了。)


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コーチえのもとのしてくれた話(3)「強みを生かす」 plus 貴乃花 plus システム英単語 Premium(語源編)

俺は半端はひとっちゃすかん。
一個だけは誰にも負けないくらいになれ。

Hはスマッシュだけは200本連続でも失敗しない。
Heはファーストサーブがうまくてほとんど入る。
Liは足が速いからとにかくボールにうまく入って返球できる。
Beはラリーになればミスがない。何球でも打ち損じないでラリーを続けられる。
いいか、何か1つでいいから誰にも負けないところを見つけろ。それをとことん伸ばせ。
Bは脚が遅いがパワーがある。球のスピードでは誰にも負けるな。
Cはボレーだけはうまい。壁みたいにCの前のボールは全部ボレーされる。
Nはラケットを縦に使える。ボールがバウンドした直後の低い打点でも器用にライジングボールが打てるから小さな力で速いボールを返球できる。相手のボールが速ければ速いほどその力を利用して速い球を打ち返すことができる。
Oは駒みたいに軸がぶれない。軸がぶれないからフォームが安定してくずされない。コースに狙い通りに打ち返すことができるから相手を動かして疲れさせる。

コーチえのもとが見つけてくれる長所に各自が喜び一層そのポイントを伸ばした。
天才はたくさんのポイントでうまく総合力ではかなわなかったが、その1点だけなら負けないというのを2番手から5番手までは作っていった。

実際それは技術面の武器であるだけでなくテニスプレイヤーとしての自信になった。
俺はスマッシュだけは誰にも負けない。
スマッシュという競技はないけどもしあれば優勝できる。
だからスマッシュが決められるような試合運びをしよう。
スマッシュを決めるには敵にロブを上げさせるように配球すればいい。そのためにはボールをコートの奥の方に深く打っていこう。
相手を走らせて返すだけがせいいっぱいというようにボールを回していけばいい。

というように、自分がスマッシュを打つためにはそのためにどういうボール回しを作戦としていくか、特技を生かすための試合運びを考えた。
そしてそのポイントについての練習を集中的に行った。

打ち方やフォームは誰も結構似ていたが、試合運びには個性が出た。
得意なパターンに相手に持ち込まれると勝てない、そういうふうに思ったし、逆に自分の型に持ち込むにはどうしたらいいかと考えるようになった。

plus この日記にも何回か書いたがヴォクは高校時代大相撲を見ていた。相撲のある日は必ず見た。
録画機をもっていなくて大相撲ダイジェストを見ていた。
星取表をつけて、貴乃花を応援した。
大相撲関係の本はいっぱい持っているが中でも貴乃花の書かれた本は宝。何度も読み返している。
「365日24時間1分1秒が相撲が強くなるために費やされていた」という言葉は中でも、ディープ・インパクト。
ガチンコ大相撲という言葉が出てしまうほど大問題になっている。
ヴォクが見たいのはもちろんガチンコ大相撲。
ヴォクがあの頃毎晩見ていたのはガチンコ大相撲だった。鬼の形相を、ヴォクはあの頃見ていた。
エネルギーをもらっていたんだ。

plus 高校生が英検1級に合格していたということで合格証の写真がGmailされていた。小4から光に来ていて国語の要約ができるようになった小5の途中から英語を開始し小学生のうちに準2級、中学で準1は持っていた。高校ではこれがはじめての受験となった。
使用した単語集は入学時に手渡した『システム英単語 Premium(語源編)』。今までも語源から学ぶ正攻法の学習法できたがこの単語集はいまあるものではBESTと言える。自分で見つけた同語源の語彙を加えて自分だけの参考書にしている。

彼女は英字新聞レベルがスラスラ読めるようになりたいというので速読速聴とTIMEも読んできた。
TOEICでも満点近くとる力はついているのではないかな。
次回初挑戦すると言っていた。

ほなね。







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コーチえのもとのしてくれた話(2)「ただの天才か努力してうまくなったのか」 plus リフィル沼と幻の参考書沼

これは前にも書いたことがあるが、コーチえのもとはよく天才の話をしてくれた。
チームの中に幸運なことに天才が2人もいた。
学年に1人ずつ50年に1人の逸材がいたので(実際天才かどうかは今思えばわからない、彼がそう言ったのでチームのみなはへーそんなもんかーと思っていた)、ヴォクら凡人は2番手を目指すというのが目標だった。

そう、ヴォクは一番手も優勝も考えていなかった。団体優勝するためには自分が優秀な二番手であることが重要だった。
天才は必ず勝ってくれるので、団体戦で勝つには二番手か三番手が1勝するだけでよかった。

二番手になるには練習だけだというのが彼の筋だった。
実際2番手から5番手までは実力差はほとんどなかった。
気の強い人、本番で強い人、自主練を多くする人など個性はあったが、練習試合での成績は2番手から5番手まであまり変わらなかった。

努力でうまくなるなんてうそみたいな本当の話だと誰もが思ったが、実際みなうまくなった。

そして実力差が小さかったので天才以外ならなれるかもしれない、二番手になら自分もなれるかもしれないと皆が思い込んで練習していた。

番手を決めるのはコーチえのもとの仕事だった。選手はただうまくなることを考えていた。

結局AチームもBチームもかなり強くなった。
Bチームには計算上、2番手の実力を持つペアが2ペアもいたので大抵の試合には勝った。

できない目標を立てず、できる目標を見せるのはコーチえのもとの持っていきかただったのではないか。実際みなが自分はうまくなって二番手になるぞとそんなところを目指した。3番手は3番手でいいだろなんて誰1人思っていなかった。
試合をすれば誰だって勝ちたいに決まっている。

このようにしてヴォクはいまになってもあの言葉の意味は何だったのか、どうしてあの話を繰り返ししてくれたのかと考えさせられる。
週に1回くらい夢にも出てきて考えさせられる。

plus 参考書ヲタのヴォクは、趣味が参考書なのでとにかく参考書が好きでたまらない。
自分が生まれて以降の参考書はほぼ全部読んでいるから所有しなくてすむが、問題は古い本の方でやはり伝説の名著はどうしても読んでみたくなる。

問題は入手が難しいこと、お金が結構かかること。古本屋経由かオークションなどでの個人売買でしか入手は困難なのでやはり費用はかかる。

復刊希望はよく出すが復刊されて読めるものはあまりに少ない。

昔の参考書はベテラン講師やベテランの教師が書かれたものだけでなく著者が若いときに書かれたものも多く非常に個性的でおもしろい。教科書で学ぶ内容は昔も今も大差ないので素材は変わらない。しかし時代が昔の本でありながら伝説の名著にはその本にしかないオリジナリティがある。時代的には先行するものでありながら内容的には新しい。そこがこの趣味から抜け出せない理由になっているのだろうか。

ペン沼は職人さんの腕のおかげで抜け出せそうでいまはリフィル沼しかなくてすむが、幻の参考書沼の方も、はやめに抜け出して大海に出たい。いや、大海はひょっとして参考書沼の中にあったりして。

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この軸にはサラサのインクを入れている。
ヴォクのお気に入りの杢、ゴールデンタイガー。

plus 憶えているからいいやと何でそうなるのを追及するの大差


たとえば、一次関数 y=ax+b で a は直線の傾きを表す。
ここで傾きは a に決まっている。
でも理由がもしわからないとしたらこんなに悲しいことはない。
憶えてしまったということを否定しているわけではない。
なぜ傾きが a に一致するのかをわかっていないことを意識しないのがもったいないと思うのだ。
10回も100回も問題は解けていることだろう。
でもその出発点たるaの意味がわからずに問題が解けているとしたら・・・。残念な正解だ。

直線の絵を書いてみて、2点(x0,y0),(x,y)をとってみて、x座標の差(横の長さx-x0)とy座標の差(縦の長さy-y0)の比をとれば直ちにわかるようなことなのだ。一度数字を書いて検討したら今度こそ10回ためしても100回ためしてもaになって納得するようなことなのだ。y-y0はx-x0のa倍になる。

自力で絵を描いてみて考えればすぐにわかるはずのことでもとにかく自分では考えずに済ましてしまうというのはとてももったいないことだ。

自分で考えたらその方が早かったなんてことがいっぱいある。可能性はそちらの方に大きく広がっているのであって単に教わるのを待つばかりでは到達点がまったく違ったものになってしまう。
考える考える考える。
posted by ヒカリ at 05:41| Comment(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コーチえのもとのしてくれた話(1) plus WPS Office KINGSOFT plus きょうの質問から plus ペンの金具

コーチえのもとから教わったことは片時も離れない。染み込んでいるので逃れられない。
コーチえのもとは練習が終わりボールが見えなくなると整列させいつも決まって話をしてくれた。

その話がよかった。
聞いているときはなんの感想もなかったがいまの年齢になってもコーチえのもとがしてくれた話のすべてを覚えている。当時のヴォクの記憶力がよかったからなのか、それは違う。

彼の話がどれも意味深い話だったからというのと、怖かったから集中して聴いていたのと(学校の授業中の10倍集中していたと思う)、それから耳にタコができるくらい同じことを伝えてきたからというのもある。

コーチえのもとの話には大会で優勝することが必ず含まれていた。
選手たち、そしてヴォクはテニスの能力がたとえ低くても優勝する気だけは持っていた。

毎日優勝の話を聞くことでその日に大会でいい試合をして勝つことは刷り込まれていた。
勝つことはもうイメージされていてそこに向けていまの練習がある。

その試合の前の練習試合までにどこまで何ができるようになっていかねばならないのか、時期ごとの課題が選手一人一人とチームに対して計画されていた。

ヴォクたちは何の疑問を持つこともなく教え込まれたメニューをただ黙々といや声をせいいっぱい出して実行した。

足が絡まって倒れるまではまさに計画どおりの練習をした。

話のなかみ(1)
大会でどういう結果を出すのかイメージすること。
練習のすべてはその大会のためにもある。

plus
光子 : あのーアンモニアの気体にスポイトでぴっと水滴を入れるとありますが、大量のアンモニアがそんなに少量の水に溶けるのですか?

はな : うん、とけるね。体積比にして水1に対してアンモニアは約1000も解けるのだよ。アンモニアは非常によく水にとける気体なのだね。

plus ペンの金具
砲金は使ううちにエイジングを楽しめる。革やジーンズなどと同じように育てる楽しみがある。匂いもある。銅Cu と錫Sn の合金、鉛(leaded gunmetal)、ニッケル(nickel gunmetal)、アルミニウム青銅 の金具は木のペンとの相性がいい。やわらかい印象がある。替芯がぐらつかないよう芯先が細く、そして丈夫である。チタンや貴金属もいいのだが、どこか冷たい印象があり、かたや銅はあたたかい。ヴォクは金属のアレルギーはたまたまあまりない方でいろいろな金属を使っている。黄色や赤やオレンジやシャンパン色の銅は木の色と近いというのも木と銅が合う理由なのだと感じている。ペン先の金具をいろいろな材料で開発なさっている職人の方がいらっしゃって色々な金具を触ることができた。気に入った素材に出会う確率が高まったのはこの方のおかげである。

plus エクセルやワードがこれまでメインだったが、WPS Officeを使っていてその使いやすさに驚いている。KINGSOFT、ありがとうございます。
印刷プレビューでシート全体を1ページに設定までがワンクリックで行けるとか細かい点でめっさ使いやすい。一軍登録した。

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サラサをつけて使った今日の木のペン。柘植ほど肌ざわりのよい木をヴォクは他に知らない。

ほなね。

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2017年08月17日

コーチ・えのもと(18) plus ジーターからイチローへの手紙 plus 選択問題実施校(埼玉県公立高校入試)と問題演習 plus M3から光へのお手紙

コーチえのもとがいつも話してくれた話。(方言と口調は少し修正してある。)

疲れたか? 疲れて疲れて足が棒になってもういごかんくなったか?
その時がチャンスだ。

そん時にボールを打て。その時のフォームはいいフォームや。無駄な力が入らんいいフォームや。
力が出ないからただまっすぐボールを打つだろう?

その時のフォームを身体に覚えさせなさい。
その時のフォームで普段から打て。

たしかにそうだ。
無駄な力が入るどころか力がない。
ボールを打つのがやっとなのに無駄な力など入れようもない。
いちばん楽な振り方でコマのように回転してボールを打つことができた。


長時間のクタクタ練習は何のためにあったのだろう。
疲れすぎると意識が遠のいていって疲れを感じなくなってくる瞬間が訪れる。それでもグルグル回って自分の番になれば打って走って打って走るしかない。
止まると列が壊れるので止まるという選択肢はない。
ただ前に進みただ回転するしかない。
それが練習の全てだった。

疲れを感じなくはなっている。でも足が徐々にほつれてくるように感じる。
気がつくと足がついにどこかに絡まって倒れたのだろうか、バケツで水をかけられ涼しくて目が覚めた。

朝6時、サイレン音と同時にランニングをする。
全員一列になっているのでペースに遅れることは許されない。
ランニングの途中でコーチえのもとが笛を吹く。
次にもう一回の笛が鳴るまでダッシュをしなさいという合図だ。
この間ダッシュし続ける、一気に息が上がる。ぜーぜー。

朝一でグラウンドではおじいさんや子供たちがラジオ体操をしている。
平和でいいなーと思いながら自分たちは走った。
走らされた。

ランニングが終わったときにはもうクタクタだ。上半身裸で走っており、シャツはつけていないが暑くて熱くて服を脱いで水をかぶりたいような感覚になった。

それなのに逆に服を身につけ今度はラケットを持った練習が始まる。
ラケットを持つ前にもう身体が重く暑い。まるで亀仙人のじっちゃんの亀の甲羅を背負って動いているような感覚だ。

足の速くなかったヴォクのようなものにとって朝一のランニングがとにかく嫌だった。
逃げ出したかった。
やれやれ、今日もきつい1日になりそうだ。

plus イチローへ書かれたお手紙 ジーターとイチローと通訳の秘話などが書かれていた。

plus M3からお手紙をいただいた。直筆の文字をぼーと眺めていると中1や高3だった頃のいろんな会話が思い出される。

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plus 学校選択問題の実施校20校が発表された。
光塾生の全員が対象になっている。例年同様にハイレベル演習に重点を置いている。

学校名

学校選択問題を実施する教科

備考

浦和高等学校

数学・英語

全日制課程

浦和第一女子高等学校

数学・英語

全日制課程

浦和西高等学校

数学・英語

 

大宮高等学校

数学・英語

 

春日部高等学校

数学・英語

全日制課程

川口北高等学校

数学・英語

 

川越高等学校

数学・英語

 

川越女子高等学校

数学・英語

 

川越南高等学校

数学・英語

 

熊谷高等学校

数学・英語

全日制課程

熊谷女子高等学校

数学・英語

 

熊谷西高等学校

数学・英語

 

越ヶ谷高等学校

数学・英語

全日制課程

越谷北高等学校

数学・英語

 

所沢高等学校

数学・英語

全日制課程

所沢北高等学校

数学・英語

 

不動岡高等学校

数学・英語

 

和光国際高等学校

数学・英語

 

蕨高等学校

数学・英語

 

さいたま市立浦和高等学校

数学・英語

 

(学校名:五十音順)(埼玉県のホームページより引用しました。)

上記の学校を受験する場合の対策として。

英語では要約問題を多く演習する。ヒントなしで穴抜きの英単語を埋めて、要約文を完成させる。練習にはお茶の水女子高の入試問題のような良問が最適だ。

数学では関数と図形の難問が出題されるだろう。練習には過去10年分の入試問題がいちばんよいがたとえば図形で折り返し図形、折り紙図形だけに絞るのは対策としては不備が生じる。

円図形や一般的な直線図形なども含めてハイレベルな問題で発想力と計算力に磨きをかけるのがよさそうだ。


もっとまっすぐで、書こう。

合格点をとるのに超難問を時間をかけて解くことはほとんど関係しない。解けるべきスタンダードな問題を短い時間で、スピーディに解き切ることができるかに鍵がある。その上ではじめて余った時間10分を大問の最後にある複雑な計算を要する問題2題にあてることができるだろう。

そういうことがあるので、練習するときには制限時間を40分で解くのが効果的である。



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2016年03月16日

コーチえのもと〜一本の最高級ラケット〜

コーチえのもとのラケットは当時の最高級品だった。

ヴォクは先輩からのもらいものがなかった。吹奏楽部からの移籍組で遅れ組だったのでおこぼれがなかった。
はじめは部の余りを借りてすましたがグリップもはずれいよいよ限界。ヨネックスのレックスキングソフト17を買った。

エースナンバーに近い数字の17という数字が好きだったのと、あまり高くないのでというくらいの理由だったか。理由などないといえばそれでよろしい。

部員には鯨でできた高級ガット、「ゲイキン」を使うものもいた。
ゲイキンは雨に濡れると切れるので手入れが大変だし本当に切れやすくお金がかかるので一番手の選手以外は手を出さなかった。

コーチえのもとはテニスはうまくなかったがラケットとガットは最高級だった。
それは平均的なものの3倍もした。木の一本シャフトでヴォクのものの5倍の値がした。
ギターと比べたらピンとキリの差が小さいがそれでも業界の最高級品。
コーチえのもとのラケットを運ぶときはうんと気をつかったものだ。

ある日、ある一人の部員がぼーっとつったって声も出さずボールを打っているときだったろうか急にコーチえのもとは彼を呼び出してその高級ラケットで彼をケツバットした。
ぼくらは唖然とした。
ケツバットにではない。
そういうのはいつものことでありがたいことだった。
そのときぼくらが驚いたのはコーチえのもとが高級ラケットを手にしたまま思い切り彼のケツをラケットのボールを打つ面で叩いたときに、ラケットが真っ二つに折れ曲がってしまったからだった。
ラケットはコーチえのもとの手からひゅるりと抜けコート脇にくの字になって飛んで行った。

「あ、高級ラケットが・・・」コーチえのもとの顔をぼくらは見た。
コーチえのもとはラケットには目もくれずさきほどの部員をどなりつけている。

その日の練習後の訓話では折れたラケットの話は出てこなかった。
でもいつも以上に背筋を伸ばしたぼくらの身に、彼の言葉がよくしみた。
帰り道、ぼくらのお尻は最高級にいたかった。
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2014年05月20日

コーチ・えのもと(15)

子どもが先生を見つめている。
じっと見つめてる。

ときおり子どもたちは、はい、と声を揃えて返事をしている。
壁から半分顔を出して覗くものがいても、
カラスがかあかあ猫がにゃあにゃあとないても、

子どもが先生を見つめている。
先生は何かを話してる。
手振り身振りで何かを伝えている。

それはまるで耳元でささやいているような、
それはまるで糸電話でなにかの意図を伝えているような。

子どもの顔は20度くらい仰いだ先の先生の顔を向いたきりだ。
動かずに。

いや先生の動きに合わせて首と目だけが動いてる。
両の手先はピンと気をつけいをしたまま。

じっと耳をすましている。
あー、コーチえのもとがここにいるよ。

あわててヴォクも夢の中のコーチえのもとに耳をすます。


浅山はテニスが下手や。
浅山には才能がない。
でも朝、コートにきてひとりで練習しとる。

いちばん早くきて練習しとる。
うまくなってる。
フォームが固まってきとる。

浅山は一軍の3番手になろうと必死や。
浅山はうまくなってきとる。
練習のプロや。
練習ではうまい。

いーか、おまえたちは浅山になれ。
浅山の練習をみろ。
浅山はいちばんにきて壁打ちをしとる。

きこえてきた。
ありがとう、ありがとう。
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コーチえのもと(15-1)
コーチえのもとは練習後にいつも話をしてくれた。
あんなに長々と毎日話したいことがよくあるものだなと今になって思う。
家族が子どもに話すよりもひょっとしてもっとたくさんのいろんな話をしてくれたんだ。
逆にぼくらはコーチえのもとのことをほとんど何も知らなかった。
コーチえのもとは家族と過ごす時間をつぶしてぼくたちの練習を見ていてくれる、そのことが不思議でならなかった。
盆も正月もなかった。
ただ雨の日だけはコーチえのもとはコートにこなかった。
雨が好きになったのはあの頃からかもしれない。
あー、きょうは遊べると考えたものだった。

かつて全国大会に陸上で出場した卒塾生(現大学生)がヴォクに話してくれたことがあった。
「練習をがんばったのはコーチのためです」と。

ぼくたちもほとんど同じような気持ちだったかもしれない。
テニスをがんばることがテニスでないところで絶対に役立つ。
お前たちは今はテニスをやっちょっが、大人になったらテニスなんかせんやろう。
でもいまやってるテニスの中に将来勉強をして仕事をするときにつながっていくものがある。
30になったらわかるからとにかく誰よりも練習をしなさい。
一球に気持ちを入れなさい。
中途半端に打ったらいかん、俺は半端はひとっちゃすかん。
誰かが倒れるまで1セットの練習は回すから倒れるまでやれ、俺が水をかけて起こすから心配はいらん。

そして倒れるのはだいたいのところ、ヴォクだった。速さについていけずに足がからまってずっこけるだけで倒れるといっても気を失ったわけではなかった。

もともと吹奏楽部で運動はからきし苦手、運動会が何より嫌い、足も極めて遅かったヴォクは部員の中に男子が一人しかいなかったことになぜだかたえかねて仕方なしに三ヶ月遅れでテニス部に入部した。友達がいたからというただそれだけの理由だった。

「お願いします」と入部届けをもっていったときもコーチえのもとは何も言わずにただ用紙を受け取っただけだった。まさか鉛筆で名前を書いただけのあの紙切れ一枚がその後のヴォクの人生にここまでの影響をもたらすだなんて思いもしなかった。

その後部活引退まで直接お話をしたことというのは一度もなかった。
説教を聞きちょっとした返事をするくらいはあったけれど。

夏休みは太陽よりも長くぼくらはコートの上にいた。
太陽が出る前に家を出てボールが見えなくなったらコート整備をした。

太陽が基準の練習時間だったので物理的な限界まで練習をすることができた。できることは全部やったと思いながら帰る日々が続いた。
これが充実でなくて他のどこに充実があるのだろう、あーきょうはテニスを倒れるくらいやった。
コートにライトが整備されていなかったこと、体育館にコートがなかったことが練習に区切りをもたらした。

太陽の出ている決まった時間しか練習ができないということ、雨の日はコートが痛むので練習をすることは許されないということを知った。
限界があったので限界のところちょうどまでテニスをすることができた。

これは1日に終わりがあること、天気に従うしかないこと、制限の中でベストの練習をすることをぼくらに教えてくれたんだ。

ゲイキン(くじらのガット)はまた雨に弱かった。
雨が降るとボールははねにくくなる。いつもの練習は中止になった。
体育館の中でやると膝を痛めるので試合は野外で行うのが基本だった。

天気とは天の気分なのかもしれない。
でもその天の気分のおかげでぼくらは限界のところまではやるということの意味を知った。
恵まれた村の生活をしている中学生達にとって限界を教えてくれるものなど他になかった。

部活動と天気のおかげで、限られた時間いっぱい(そう、時間はいつだって限られている)は必死にやるという動きをぼくらは身につけた。






posted by ヒカリ at 08:32| コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月14日

コーチ・えのもと(14)

コーチえのもとの話ははじまった。
夜7:00くらいになってもう誰がコートに立っているのか見えなくなったら練習が終わる。

5分でコート整備を終え整列。ブラシとトンボが部員数の3倍くらい、鉄のローラーが3台もあったので整備がすいすい進む。
一日のトレーニングのしめのメニューとして、みんなテキパキやった。

「しゅーごーーー(主将)。」
整列。
礼。
「おねがいしまーす(全員大声で)。」

整列。立って気をつけして話を聞く。練習中はずっと大きな声を出しているが話を聞く時は返事の「はい」を大声でするとき以外、のどをつかわない。
心休まる至福の時だった。喉を休められる身体を動かさないでいられるからではない。
話がおもしろかったのだ。

練習試合の相手チームの声出しがよかった話。
部員の定期試験の結果の話。(テスト結果は全部員分コーチえのもとは知っていた。)
練習試合の相手コートがよく整備されていた話。
練習試合の相手チームの部員が休憩前にラケットとボールカゴを整然と整理してきれいに並べていた話。
練習試合の相手チームの監督から聞いた練習方法の話などもあった。
そういうことがつかみで?二分くらいあって残りはひとつのことを話してくれた。

いつもテニスのフォームの話をしてくれた。
フォームができたらいいボールが打てるようになるという話だった。
軸がぶれない。
面ができている。
点でなく面で拾う。
駒のような中心軸。
壁のような前軸。
優勝しなさいという話もたまに途中で出てきた。でもそれは当たり前のことだったので結果で完了形で語られた。優勝しなさいではなくて優勝したときのそれまでの練習について。いまのフォームについて。

フォームの話は長かった。
短いときで30分。長いときは60分くらいしてくれた。
かえりはだから8:00になる。
あんなにたくさん話すくせにぼくらはコーチえのもとに家族が何人いたのか、どこに住んでいたのかさえ聞いたこともなかった。盆と正月以外は毎日いっしょにいたのに彼のことをあまり知らなかった。こわくてだれひとりそういうことをあらためて聞こうという気にはならなかった。

コーチえのもとは自分の話を一切せずずっとフォームの作り方を話してくれた。
どうやったらテニスがうまくなるかの話をしてくれた。
だからはじめ個性的だったフォームのものも全員同じようなフォームの基本を身につけた。
やせふと、足の速さはなかなか変わらないがフォームなら大体基本的な部分がみな同じになった。
選手を見て真似をし、鏡を見てそれに近づいているかと確認し素振りをしてそのフォームが自分のものになるまで振り続ける。
すぶりは100回を1セットとしいつどんなボールが来ても同じスイングで返せるようにと心掛けた。
尊敬する元ニューヨークヤンキースの松井秀喜選手の『不動心』という書物を後日読んだときに、ああ、コーチえのもとがいっていたのはこのことだったかと思ったものだ。

テニスでは同じコーチにならう選手のフォームが同じような形になっていることは少なくない。コーチえのもとの指導はフォーム指導に関するものが多かった。

球をうまく拾えなくても怒られないが、フォームをくずした打ち方をしているとこっぴどくやられたもんだ。

同じようなフォームを身につけたぼくらはバラバラの高校へ散った。
高校の大会で勝ち上がると同じ中学のときの仲間と戦うことになった。
彼らはみんな同じようなフォームで打ち合って勝ったり負けたりした。
ぼくは高校でキャプテンをやりぼくの相方だった仲間も彼の高校でキャプテンをやった。へー、下手くそなお前がキャプテンかと馬鹿にされ、お前こそキャプテンか似合わないなと突っ込みを入れた。

試合の帰り、高校では自由に練習しているがどこか生ぬるくて調子が狂うと帰りの電車の中で話したりもした。
練習時間だけならコーチえのもとの練習も高校での練習もそこまで変わらなかっただろう。

でもコーチ・えのもとが見ていなかった。
もう何も言ってくれなかった。
だから物足りなかったんだ。

あのとき7:00から聞いたことを思い出しながらぼくらは各自の高校のコートの上でそれを実行しようとしていた。
中学生の頃はよくわからなかったが、耳にたこができるくらい同じようなフォームの話ばかり聞かされていてよかったと何度思ったことか。

いや、いまでも感謝している。
耳にこびりついてて離れない声とその言葉に。

暗くなると、コーチえのもとの声が聞こえてくる。流れてくる。

「インパクトの時以外は力を抜け。力で打つんじゃない。重力と遠心力だけでいい。」

物理学のことはとんとわからなかったがとにかくぼくらはタコのように力を抜いた。
たまに力んでいるとコーチえのもとが後ろからラケットを引き抜いた。
「力を入れんな!」
すごく強い力だった。

「腰を落とせ。重心を低くせー。」
リラックスしながらかつ腰を落とす理由がとんとわからなかったがぼくらはとにかく重心を低くした。ゴルフのようにでなく地面と水平にラケットを回した。

「手打ちをするな。腕は振り回すな。」
ぼくはラケットをぐるぐるぶん回したくてテニス部に入ったのに腕を振るなとはないでぃお?と思ったがぼくらはみな代わりに腰を回して手は固定した。



















ずっとフォームの技術的な話だったのでてっきりフォーム指導を受けているのだとばかり思っていた。
でもいま思えば違った。

フォームを考えるようでいて、ひとつの身体の動きが身につくまで何球も何球も繰り返すということをコーチえのもとはぼくらに伝えたかっただけだったんだ。
そもそも彼はテニスの初心者で正しいフォームがどういうものかわかっていなかったはずだった。
それなのにどうしてうまくなるのかと考えるとそれは少しだけ多く意識的に考えるようにし、少しだけもっと多く考え型をイメージしながら素振りをするようになり、少しだけ多く球を打ち、少しだけ余計に身体がクタクタになっていたからだ。

いい球が行くのは疲れはてて身体に力が入らなくなるころだった。
フォームのことを何時の間にか忘れ、練習なんかはやくやめて水が飲みたい、水が飲みたい、身体を休めたい、動きをとめたい、と考えるような周回数になる頃、不思議とポンといい球が走った。

省エネで無駄のない、駒のようなフォームが向こうの方からぼくたちに現れた。
打った自分が驚くようなボールがポンと行った。
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2013年02月03日

コーチ・えのもと(13)

コーチえのもとはぼくらのコーチになる前年まで、前任の中学で卓球部を担当し県内優勝常連に導いていた。
テニスには関係ないが彼は昼間は中学教師で、大学では物理と数学をし中学では数学を教えてた。

コーチえのもとがフォーム指導にこだわっていたのは練習終了後や練習の合間のことで、練習中はスピードある動きのことをぼくらに教えてくれた。速くするというのが本当はどういうことなのかを教えてくれた。

卓球で習得した練習法なのかは知らんが球出しの速度が速かった。
たとえばぼくにボレーの練習をさせるときは1秒に1、2本くらいずつの高速で100本連打で叩きつけてくる。
それが2mくらいの至近距離からのほぼ全力ではじめてその100連打をくらったときぼくのメガネが鼻を打ち付けメガネはずり落ちボールへの恐怖感とえのもとへの恐怖感が生まれた。

この人はどうして実戦でありえないようなペースでボールを出してくるのだろう。
それにコートはこんなに広いというのにどうして卓球みたいに近い距離でばかり球出しをするのだろう。
卓球が得意だから卓球方式と来たもんだ。ちくしょー。汗と涙で目がよく見えないや。
せめてメガネを戻したいなぁ。

そんなことを思いながらノック終了後にコートに落ちたメガネをひろって直したりした。

右回りに四人がくるくるくるくる回りながらレシーブをしてボレーをしてスマッシュをする定番の練習では一周が5秒くらいだったろうか。
それが20周、30周、40周と続き息が上がり足が動かなくなり途中滑ったりずっこけたりする。レシーブしながらボールをさばきながら前に出てボレーをし後ろに下がりスマッシュをしレシーブのポジションに戻ってレシーブをとくるくる目が回る。
フォームなんか考える余裕などなく楽をして、動く距離を小さくすることや近道をすること、ラケットを振り回さずコンパクトに動いて自分が倒れないことを心がけた。
うまくなるためにやっているはずの練習だが倒れないようにするという自己防衛本能が明らかに上回った。
コーチえのもとは声を出さんかー、下がらんかー、走らんかーなどと叫びながら球出しの手を休めることなくぼくらをくるくると回し続けた。
誰かが倒れるまでペースをどんどん上げた。
一軍で一番やせのもやしだったぼくがだいたいはじめに倒れるとメニューが終わった。
倒れるとボールを5球ほど身体に打ち付けられた。(ボールがやわらかいのでいたくもかゆくもない。)
なんとありがたい励ましか!
息ができる喜びとあいまっていたくもかゆくもないぞ。

大学生以降、東京ばななの夜間工場、京タコを焼くこと、DMの封詰めなど回転系の仕事も運良くいくつか経験したがコーチえのもとの流れ練習に比べたら楽だったかもしれない。なにより倒れなくてすむのがよかった。

「身体がきつくなったらチャンスだと思え。
そのときのフォームを身体に覚えさせろ。
無駄な力の入ってない楽なフォームだ。
それが身体にあったお前のフォームだ。」

「いいか、どんなフォームにも基本というもんがある。
いいフォームで打てば体勢を崩されたときでもへんなボールがいかない。
いいフォームで打てば何球叩いてもネットに掛かりにくくてラインから出にくい。
いい選手はいいフォームを身につけておる。落合博満のフォームと○○(いちばん下のCチームの部員の名前)のフォームの共通点がわかるか。」

「足にも不定形のフォームがある。
常に左右に揺れなさい。
両足を右左交互に小さくステップして右にも左にもすぐにいごけるようにしなさい。
とまった状態から人は急にいごかない。
いつもいごけ(※多分、「動け」のこと)。
かるく左右にいごいていたら右のボールにも左のボールにもすぐに対応できる。きまった形がないのもフォームのひとつだ。」


暗闇のベンチの上から聞こえてくる。流れてくる。

posted by ヒカリ at 05:55| コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月25日

えのもと監督(1)

えのもと監督はテニスの試合ができなかった。ご高齢で足が動かないこともあったがそもそもテニスの初心者だった。

ぼくらが九州大会や国の大会に出るくらいになると監督はひとりだけ人を連れてきた。

うまくなった数人だけが、えのもと監督が連れてきたそのコーチを相手に乱打をすることができた。乱打は文字通り乱打であってネットにもかけずコートからも出さずに40本、50本と連続でとにかく全力でまっすぐに打ち合った。

力と力の勝負だった。年齢も立場もない。打ち負かしたほうが勝ち。
カーブもスローカーブもない。(テニスではロブといった。)

ストレートを全力で打って相手が力負けしたら乱打が終わる。
何本打ち合うのか数えてはいなかったがときに5分くらいエラーなく継続して打ち合った。コーチは数人と合わせて1、2時間くらい打ち合ったら、監督とちょっと話をしてすぐに帰った。そういうことが月に2、3回くらいはあっただろうか。監督はどういう意図とタイミングで彼を呼んでいたのだろう。

えのもと監督はいつものようにコート脇の日陰のベンチにひとり腰掛けタバコをプカプカさせてただその乱打を見ていた。
彼がコーチに練習を手伝わせたのはその乱打のときだけで、球出しなどの基礎的な練習のほとんどは自らのラケットで球を出してくれた。
えのもと監督の球出しは、落合博満のノックのようなコース際どく狙われたものでなくどっちに飛んでくるかもよくわからない無回転や逆回転の悪球だったのでぼくらは必死に追いかけた。

いま思えばボールの軌道をイレギュラーにするためわざとああいうへんてこなカットボールを出していたに違いない。
当時は監督はボール出しが下手だなーと思っていたが最近やっと気がつくようになった。

夢に監督がよく出てくる。
練習のあとに暗がりの中で話してくれたいろんな説教話が夢の中でははっきりと聴こえてくる。

「やるならやれ。やらんならやるな。俺は半端はひとっちゃ好かん。」

3日に1回、300回くらいは聴いた監督のこの言葉。帰り道に部員同志でも監督のものまねをして言い合ったのでもう何回聞いたか数えきれない。

よくもまあ同じことをこう何回も何回も話せるもんだと思っていたが、でもそれだけ言われるとさすがに米を主食にしてるくらい当たり前になった。
常勝チームの暗黙の合言葉だった。
「練習を一番やってる。だから優勝したんだ。わかっか? 次も優勝したいか? じゃあどうすっか?」

ヴォクの足は夢の中でも疲れと監督の顔を見る緊張から直立してガクガクだ。
安いという理由だけで長くつかってたマイラケットの3倍の値はしたであろう監督のラケットは説教中にケツバットを部員にして、折れることがあった。
そんなときぼくらは「ああ、監督は本気で怒ってるんだな」とシンとなった。
それはつばを飲むくらいの最高級のラケットで、誰かが怒られラケットが折れてしまうと他の部員たちまで全員反省した。
怒られるのも悲しいが、なによりラケットがかわいそうだったから。
ぼくたちはみなラケットを愛していたんだ。

夢を見る。
ときおり金縛りとなり苦しくなって目が覚める。
あー、こわい夢だったー。

でもまた監督の話が聴けた。
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2011年07月22日

コーチえのもと(12)

コーチえのもとはダブリュー(1年生、2年生とも県大会で団体優勝すること)を達成すると、帰りのマイクロバス(加治木のレンタカー屋で借りてた)を道の途中で突然とめて、ぼくたちを降ろした。

なんだろう。
そこは人気のないビーチだった。

砂浜があった。茜色の海には波はほとんどない。鹿児島にはそういうプライベートなビーチがたくさんある。


そこでぼくらはテニスシャツの上着を脱いで、泳いだり浮かんだり笑ったり泣いたり水をかけあったりした。コーチえのもとは少し高いところからいつものようにタバコをもくもくとさせてみんなの方を見ていた。


ヴォクは風呂か温泉にでも浸かるような感じで砂浜近くの浅瀬でまったりと静かに浮かんでた。太陽はほとんど沈み顔も見えないくらいになっていたが海水はまだ少しだけあたたかい。遊泳時間はものの10分か15分くらいだったろうか。海水を滴らせたままヴォクたちはバスに戻った。



「いない人は手を上げろ。
隣はおるか?
よし、帰っど。」



それがヴォクにとっての優勝の塩の記憶。



マイクロバスにはマイクがついてた。
ヴォクは頭の中で、マイクがついててコーチえのもとがたまに話すからマイコーバスというのだなーなどと考えながらまたうとうととしていた。

ヨネックスのレックスキングソフト17と中学生のぼくたちを乗せた、コーチえのもとの運転するバスは小さくて狭くてよく揺れてすぐに眠くなった。
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2011年06月28日

コーチ・えのもと(11)〜月桂樹〜

禁句をついはっしてしまう。
体調があとから悪くなったりするのも無関係ではなさそう。

でも仕方がないから禁句と思わないことにしようかな。

先日はこの塾を開いてはじめて「俺が言ってることわかんないの?」と普段は使わない一人称を使ってドナルドダックだった。大人気ない、おとなげない。

世界で一番長い英単語はなあに?の答えをいつも心に、生きよう、うん。

ところでヴォクがそれを禁句というのはそれを発すると実際に会えなくなるから。塾とはそういうところである以上、その言葉だけは発さないようにと心がけてはいるのだけれど(効果なし)。

コーチえのもと(中学時代の部活のくそ鬼監督)はすごかったなぁ。
「俺は半端はひとっちゃ好かん」といつも言っていたが「半端にするならやめろ!」とは一度も言わなかった。

逆にサボっても休んでもどこかに隠れてもローレルに乗って捜しに来た。なんで居場所がわかったのだろう。
20年以上昔の車にはGPS機能がついていたのだろうか。


(smiles、その英単語のつづりは距離にして1 mileあるらしい。)


ヴォクは社会人一年目、夏のボーナスで車を買った。
それが日産の、あの箱型の車だったことは言うまでもない。
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2010年09月18日

コーチえのもと

コーチえのもとはテニス初心者だった。独学でテニスを本に学び、自分の学んで体得したことをそのままヴォクらにためした。たまに棒読みしてたし。


彼の指導法は初心者のヴォクらにとってわかりやすいものだった。今思えば、コーチえのもと自身が独学で理解したことの中から少しずつ、そのエッセンスを強調して伝えてくれていたんじゃないか。

彼はテニス部に来る前に卓球部を県大会優勝させ、そして翌年からきたテニス部でヴォクらを優勝チームにした。
卓球もテニスも彼自身、一からのスタートだったし50の御年で、そもそも彼はテニスが下手だった。でも彼は練習の球出しの鬼だった。独自の振り方から繰り出されるその変化球はドライブがかからぬナックルボールで、ヴォクらをひどく苦しめた。

そうしてヴォクたちは言葉を通してテニスを理解しようとし、彼の繰り出す球を打ちながらイレギュラーなめちゃくちゃ回転に対応する術を学んだ。

俺はテニスが上手くない。お前たちは小学校時代にテニス未経験の素人部員だ。この中に天才は二人しかおらん。それでも練習して団体戦で優勝しようじゃないか。俺は半端はひとっちゃ好かん。

彼の話は毎日大体同じようなものでぼくらはお経のように暗唱していて、帰り道には彼のモノマネしながら暗がりをおしゃべりして家路に向かった。

(555字 つづく)
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2010年09月12日

卒業の日まで

コーチ・えのもとは365かける2回、ぼくらにテニスで教え、中2の終わり、転校で突然いなくなった。

盆も正月も雨の日も晴れの日も一緒にいたのに、たかだか転校で2度と会わなくなるだなんて。

コーチ・えのもとの転勤がなかったとしても国体までか卒業までで終わりだっただろうけれど。


30になればわかるからやりなさい!

毎日のように説教し続けた彼の言葉が今でも色々のときにヴォクに話しかけてくる。
あのときの言葉のまま、自分だけベンチに座りぼくらは30分立ちどおしで。アイモカワラズ暗闇から低い声で一方的にはなしかけてくる。

ああ、説教していた意味はそういうことだったか。30になっても35になっても説教を続けるためだったのか。

説教はボールがみえなくなると毎日あった。最高に無駄な時間だとばかり思っていたのだが。
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2009年09月16日

コーチ・えのもと

コーチ・えのもとの運転するマイクロバスはレンタカーだった。運転中に彼がなにかの話をするようなことはめったになく、行き先すらわからないことがあった。ぼくは体力を温存しておかないと身体がもたないので大体寝ていた。
ぼくらはそのバスにまだ暗いうちから乗り込んで、9時か10時に練習試合の相手の学校に到着した。練習試合の相手は県大会ベスト4以上の強いところに限られていた。

練習試合から学校に戻るバスの中では今度は疲れ果ててほとんどみんながまた眠っていた。

学校に戻った次の週からは相手チームの優れた打法を練習に取り入れた。

ラケットを縦に使うロブのうまい選手がいれば、その技を全員で練習した。
ライジングショットのうまい選手がいれば、その技を全員で練習した。

相手を研究する方法として、相手ができる打ち方は全部できるようにしておこうという訳のわからぬ練習方法だった。今思えば結局練習のナカミなんてどうでもよかったんじゃないか。

練習量で負けているわけがないことを全員一致でわかっていた。だから試合で負けるわけがなかった。

万一技術に差がなかったにせよ、声の大きさと気合いで負けていなかったので(声が小さければ休憩タイムで平手打ちをくらうだけ(笑))、大体の試合には負けなかった。たまに2番手か3番手が負けても団体として負けることは一度もなかった。

コーチえのもとはいつも練習の最後に話をしてくれた。
大体いつも同じ話だった。

優勝するために練習をやれ!半端にやるな。要するにそういう話の繰り返しだった。


中学からテニスをはじめた素人ばかりの集団だったが、2年生も1年生も理由がよくわからぬままに県大会で優勝するチームになっていた。

足も遅く、身体がもやしのヴォクが県大会で優勝?!
自分が一番驚いた。ヴォクはなにせテニスがうまくないことはわかっていた。吹奏楽をやめて5月にノコノコ見学にきたヴォクが秋の大会で優勝?
練習するだけで優勝できることにひどく驚いた。


きっとぼくらは他のチームよりほんの少しだけ練習時間が長く、ほんの少しだけたくさんのボールを叩いていたのだろう。ほんの少しだけたくさん。
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2008年06月23日

えのもとみのるといふひと(10)

コーチ榎本は、テニス経験がなかったことは前回書いた。コーチ榎本はテニスを独学で本に学んでいた。軟式テニスの本を読んで何かを発見してはそれを僕たちに試した。一本足でケンケンしながらラケットを振らせたり(体重の重心移動の練習と言われた)、スマッシュするかわりに利き腕と反対の手でボールをキャッチさせたり(ボールの真下に入る練習と言われた)、スマッシュするかわりにボールにヘディングさせたりした(ボールを前にとらえる練習と言われた)。僕が一番怖かったのが、ネット前にたたされて監督が1メートルくらいのところから僕めがけてボールをたたきつけるのを壁のようにボレーで返す練習。ボールに攻撃されるめがねがぼくの鼻をつきさし、いたくてボール恐怖症になった。効果あるのか?とみんな帰り道には文句を言いながら帰ったので、部員はすこぶる仲がよかった。榎本監督を憎んでいたので、共通の(仮想の)敵が出来て部員がみんな仲良くなるようにコーチは考えたのだと思う。

コーチ榎本が他のどこの中学のテニス監督より徹底していたのは練習時間の長さであった。夏休みは朝6時に校庭でのランニング開始、ラジオ体操のほがらかな音にあわせてまったり身体を動かす子供や老人をうらめしくおもいながら上半身裸でグランドを走った。途中にダッシュが入るたびに息がぜいぜい言ってもう水を飲むこと以外頭に入らなくなる。コートに入る前に身体はグダグダになるのだが、そこでも水は飲めず、その後、ボールを使った練習が始まる。「疲れきったときのスイングには無駄な力が入らない、それを身体におぼえこませろ!」というのが口癖で、耳にタコができた。途中、日射病を避けるため坊主頭に水をぶっかけることが許されていたので部員達は隠れてそこで水を飲んでいた。今思えば榎本監督はきづいていただろうが水は飲むなよといつも言っていた。実際、大会の時になればわかることだが、水を飲んでしまうと一気に身体の動きが重くなる。疲れも回りやすくなる。水を飲まない身体づくりを彼はさせたかったようだ。練習は昼食休憩をはさんでそのまま夜7時近くまで集合練習が毎日あった(その後日が沈む瞬間までサーブレシーブの自主トレ)。休憩時はポカリスエットなんかを飲むのが精一杯で、疲れ果てて弁当もパンも口になかなか入らなかった。盆休みなどというものはなかった。そういえば塾に行く部員は1人もいなかった。時間があわないからいけなかったのだ。僕の場合はお金もなかったが。

コーチ榎本はそういう練習をさせ、才能も何もない偶然集まった僕たちをAチーム県大会優秀、Bチーム県大会準優勝というとんでもない集団に鍛え上げた。同校対決が県大会でできるなんて思っても見なかった。「30歳になったらわかるから気張れ」とかなんとか言われ続けて練習し続けたが、30歳をゆうにこえてからも、あの練習は何だったのだろうと考えさせられていた。

榎本監督が家庭も顧みず、365日練習をさせてまで、僕たちに体験させたかったことが、でも、今頃になって、だんだんとわかってくるようになった。「本気でやれば実現できる」そういうことなんじゃないかな。体力測定でも平均以下、走らせても特に速くもない。それでも県大会で優勝できる。ボールを100本たたいても全部相手のコートに鋭く返すことができるのは、繰り返しくりかえし、練習し、身体が覚えているから。練習した人には勝てない。才能がありそうな人間がそろったチームに対しても身体的には平均的な僕たちのチームが勝つことが出来たのは、練習量が勝っていて、ミスをしない。相手の力を利用して相手が強ければ強いほど速い球を返すことができる。それに練習量で負けているわけがないという確固たる自信(これだけは本当に全員が確信していた)があったので、試合でも根性もあった。相手チームより声も大きい、相手チームをにらみつける。色の黒さでまず勝っていた(大体強いチームほど真っ黒に日焼けしていた)。

あの頃からだ。与えられた条件で勝つことの喜びを僕たちは知り、努力は才能に勝ることを僕たちは実感したのは。大会の数と同じ数のメダルを取り続けることができると僕たちは信じるようになっていたし、実際にとった。金・銀のメダルが一番の宝物だった。

 

才能とか、能力とか、方法とかじゃないんだよね。独学で見よう見まねでテニスをはじめた集団が強くなったりできるのは努力なんだよね、といつしか僕たちは思っていた。

  「結局、量をやった人には勝てない」とか、僕がよくこのブログにも書いたりしているのにはコーチ榎本からのそんな教えが身体にしみついているというのがあるのだ。量をやっていると無駄がだんだんそぎ落とされていく。質から量は生まれないが、量は質をも生み出す。走ってはしって、打ってうって、叩いてたたいてとしているうちに、シンプルで美しいフォームに行き着くようになるものだ。ただきれいなフォームを見て真似ればうまくなるというものでもない。体格差だってある、身長差だってある、身体のつくりもみんな違う、自分にあったフォームをつくるとそれがまわりからは独創的で個性的にみえるものなんじゃないかな。そんなことを考えながら机に向かうヴォクなのです、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

コーチ・えのもと









ほなね。

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2008年01月05日

コーチ・イチロー

集中力の話の続きとして(「独学中毒の会」略してせるふ会員のshinnさんへの御礼として)。

(ベンチからフィールドに向かう際の)階段を上るはじめの一歩を左足にしてヒットを打ったら、次の打席も必ず左足から。打てなかったら、次の打席は右足に変える。そういうことを含めたさまざまの努力をして、記録を出してきた・・・・・・と。

な?やっぱりな?バットを地面に置かないとか、昼ご飯はカレーしかたべないとか、いろいろのイチロー伝説があるけど、やっぱり(いちろーなひと、(注)みかみ先生も一桜と書いていちろうです))いちりゅーの人は、常に「何か」を求めて工夫と努力をするんだよなぁ。

ぼくも、いい教材を見つけたらためすし、変わった教材があったらつかうし、良かったら徹底的に使い込むし、悪くなったら(もっといいのが出たら)そっちもためすし・・・、なかったらつくっていくし、定期テストや入試が終わったら終わる毎に編集していくし・・・、

世界は違うけど、いちりゅー同士、通じるところがあるんだね。うんうん(弟子に諭すように静かにうなずきながら)。やっぱ打席で集中するためにはその前からして違うんだよね。準備で決まるんだよね。授業が役に立つか否かも子供の普段の準備次第だしね。

って、NHKでやってたプロフェッショナルのビデオを東京のヒカリっ子からおくってもらったので早速見て、独り占めしたくないから早速紹介した(鹿児島のしんたさんも書いておられた)。

以上、たまには違うコーチより。
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2007年11月17日

えのもとみのるといふ人(4)。

2007年11月10日に、限界を突破するまで、勉強するということ。という題で、

見上げれば青い空を読んで感じたことを書いた。

kamiesu先生の、結局「心」が決めているのだは、その後、(3)まで続いている。
 

「解けるはずだ」「できなければいけない」あるいは「できて当然」と思う、「思い」っていったいどうしたら
得られるものなのだろう。

僕は煩いがなければいつものようにこのことを考えてきた。結論は持ち合わせていない。
コーチえのもとから、学んだ気持ちは、その後どこでも学んだことはなかった。

コーチえのもとの真似をすることもできない。
大切な人からある映画を紹介していただいた。

そこにはえのもと監督がいた。
これは真似することが塾では難しいかもしれない。

だけど、ぼくはえのもと監督を目標にしている。
もうずっとそれは変わらない。

えのもと監督の運転するマイクロバスはぼくにとって家族だったと思う。
あのバスに乗っていた子供はみんな必死に勉強もした。
テニスを愛した。

posted by ヒカリ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

えのもとみのるといふひと(3)。

ヒカリの授業単位は週1回通塾・120分の個別対応型授業だ。

なぜ週1(や週2)か。塾に依存せず自分でやるため。
塾は勉強のコーチ。一緒にやらない。指示と確認だけだ。

なぜ120分か。子供が考える時間をとるため。演習や暗記の時間もある。
コーチが確認するのに時間がかかるため。
やみくもに進まず身につけながらすすめる。
思考には時間が必要だ。

独学式なので、塾で全部1から10まで何でも教えてもらおうという子には向かないだろう。
独学式なので、ノルマをこなさない子には向かないだろう。
独学式なので、目標を持たない子には向かないだろう。
独学式なので、質問をつくらずに塾にくる子には向かないだろう。
独学式なので、参考書や問題集を大切にしない子には向かないだろう。
独学式なので、確認テストの準備をしてこられない子には向かないだろう。
独学式なので、言ったことしかやってこない子には向かないだろう。
独学式なので、一人で考えようとしない子には向かないだろう。
独学式なので、難問を面倒くさがる子には向かないだろう。
独学式なので、考える前にききたがる人には向かないだろう。
独学式なので、言われるまで動かない子には向かないだろう。

独学式だが、言ったことを守って独学を身につけてくれたら、必ず結果につながる。

なんとも過ごしにくい塾があったものだ。
テストの結果は1回で出さなければならない。
結果が出ないのなら、やり方が間違っているのかもしれない。
言ったことができていないのかもしれない。
結果が出ないのなら、なぜ出ないのか考えなければならない。

覚悟を決めて勉強しないとならない。
目標を実現するための勉強をしなければならない。

すべてはテスト結果で判断するべきだし、されるべきだ。
模試の数字があがらないのならば塾は辞めないといけなくなる。
塾をやめたくないのであれば点数を上げるしかない。
塾とはそういうところだ。
スコアプレゼンターが塾だというのなら、スコアが上がらない場合には通っていたのは塾ではなかったことになる。

塾に通うなら点数を上げるしかない。
塾とはそういうところだ。
いい加減な気持ちで塾に通うつもりなら、できるだけすぐにやめた方がよい。
お金がもったいない、時間がもったいない、コストがもったいない。

「点数を上げるか、去るか」
マッキンゼーではないが、


UP OR OUT!




現コーチの僕は塾には一度も通ったことはない。
塾に行くお金はうちにはなかった。
もっと正確には塾に行く時間もなかった。魂をこめてテニスをさせられていたので、時間もなかった。
幸運なことに鬼コーチ(コーチ・カーター並の名コーチ)についてテニスができた。
しかもその部活は無料だった。
僕はテニスの優勝を本気で目指していた。
塾に行く時間があったら、公園の公衆トイレの壁に向かって、壁打ちをしていただろう。

けれど塾に行っている子に情報はよくもらった。
本はよくかしてもらった。プリントもただでコピーさせてもらっていた。
立ち読みもよくした。
力が変わらない場合、成績のよい子を監督は1軍で使った。
試合に出たかったので勉強も少しの時間、ただし本気でやっていた。

塾ってどんなところなんだろうといつも思っていた。
塾に行かないまま、高校に進んでいた。
僕のペアも塾に通うことなく鶴丸高校にきていた。
僕とペアは、ホモだと噂されていた。
いつも金魚のようにくっついていた。
いつも優勝のための一緒に練習をしていた。
かえるときもずっとテニスの話だけをした。
心の中にはいつもえのもと監督がいた。
えのもと監督の課すであろう練習をした。
商業高校に練習試合にいった。
工業高校に練習試合にいった。
実業高校に練習試合にいった。
大学に練習試合に行った。
男女混合の公立高校でちまちまテニスをやっていても優勝は近づかない。
中学時代の部員のつてを頼っては強い学校にいって練習にまぜてもらった。
自分が弱小学校ではずかしくても強い学校に混ぜてもらった。



国体には出られても、なぜか、テニスのプロにはなれなかった。
なんのことはない。
ソフトテニスにはプロなんてなかったのだ。
それに気がついたのが、高校3年のときだった。
1日4時間の練習時間は、ぼくの集中力養成に多いに役立った。
バイトをしながらテニスをやることに比べたら受験勉強だけの生活は楽だった。
今振り返っても、中学のあのときが一番きつかった。
未だにあれよりハードなトレーニングをしたことがない。

「30歳になったらわかる、やれ」としか彼は言わなかった。
posted by ヒカリ at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

えのもとみのるといふ人(2)。

ヒカリが中学時に所属していたテニスチームのくそ鬼監督は、本気で県大会優勝という目標を全部員に与えていた。夏休みのラジオ体操が始まるよりも前に全員集合させられ、太陽が沈んだ後まで練習を文字通り強制されて、テニスをさせられた。

練習には無理やり参加させられた(その証拠によくサボっては叩かれた)が、テニスしかやらない環境の中で目標だけは本気で持つようになっていた。いつしか県大会優勝を信じて練習をしていた。練習には受身形で参加していたにせよ、優勝するぞという意識は主体的なものになっていた。時には練習を自らしたいと思うようなときさえあったほど。大会の結果はいわずもがな。
大会という大会、連続でことごとく優勝した。正確には優勝させられた。
ひとたび優勝すると、いつしか練習も主体的にやりたいと思うようなときもたまにはあるようになっていた。

与えられた主体性であったが、卒業後、高校では自らテニスがしたいと思った。人生ではじめて心から何かをしたいと強く思うことができた。

目標を持つことができない人には、目標を与えるしかないのかもしれない。無理やりやらせるだけでは効果はでない。目標を伝え続けながらやらせるということ。これだ。
目標を持つというチャンスを、設定したい、そんな風に考えている。

目標を達成できない子は力が不足しているのではない。目標を本気で設定していないのだ。

ただ単に勉強を強制しても、やる気はなくなるばかり。やる気を引き出すために目標と行動をセットで強制したい、そんな風に考えることがある。

榎本監督のくちぐせ。
「やるならやれ、やらないならやるな、俺は半端はちっとも好かん。」

posted by ヒカリ at 04:55| Comment(4) | TrackBack(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする