2007年11月30日

コーチ・えのもと(5)

コーチ・えのもとは子供の意見はきかない人だった。
すべてを彼が決めていた。

才能差(だれに才能がないとは言わないがかれに才能があるという)の発言などいま思えば?な内容でもぼくはすべて当時は信じた。
というよりも信じないとやっていられないほど練習がきつかった。
ぼくは小学五年のときにいつも朝ご飯と夜ご飯抜き(つまり給食オンリー)の一年間があり、中1の時分にはヒョロヒョロのもやし眼鏡キャラだったのだ。喧嘩にもかてなくなっていた。
青白く弱々しいヒカリ青年はテニスの練習が苦だった。息が切れるのがはやいのだ。

嗚呼、吹奏楽部に男子があと一人でもいたらぼくはそのまま吹奏楽で女の子たちとトランペットとサックスを吹いていただろうに(校内一人だけの男性部員ではさすがにダサいので入学後四月ひとつきでやめて楽にできそうなテニス部に軽い気持ちで転部していた)。

これが学生時代の不幸のはじまりでありぼくの人生の幸福のはじまりとなるコーチ・えのもととの出会いであった。

(6)につづく。
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