2018年11月04日

独学していて困ること(1) plus 東大と京大の方針

駿台全国模試を受けた子が模試結果と答案を持って来てくれた。ありがたい。大学の二次試験のような問題を受験できるよい練習になる模試であり学習の振り返りに役立つのは当たり前として、答案の失点状況がよく見える。そもそも東京大学、京都大学レベルの模試がこの模試だけになっているという現実があり、この模擬試験を受けないのは情報力としてだけ考えても後手になってしまうというのが現実である。情報の差は大きい。地方でも全国どこでも受けられるのがこの模試の最大の存在意義になっている。

独学しているといいことが多いのは当然のこととしていささか困る問題点がある。情報の差は小さくなってきている。冒頭で書いた全国模試と、ネットの発達のおかげで地方だから不利ということはない。模試の会場まで遠い近いの差こそあれ志さえあれば希望の大学に進学するための情報への窓は開かれている。学習のナカミに関してはどうだろうか。

たとえば数学の式変形をしていて自分がやった変形ではうまくいかなかった場合。うまくいかないものはうまくいっていないわけだが解法の選択はどうだったのか、方針や筋としてどうだったのかを評価するのが難しい。振り返るのが1人の場合には難しい。多くの質問を受けた経験から察するに独学してはまるポイントは人それぞれで指導者の想定外、意外であったところを難所に感じ学習が止まっているというケースが少なくない。

学習者が意味もなく方針もなく哲学もなくただなんとなく変形してみたというのは問題外としても、同値性にも存在条件にも問題がないのにどうしてうまくいかなかったのかを相談する相手がいない。ノートに書いておいて寝かせておいて数ヶ月後数年後の自分に相談するより仕方がない。

なぜなら書物やyoutubeの講義動画、映像授業などの参考ライブラリーでは物事の定義、公式とその導出と正しい答えと正しい答えに至った過程こそ書かれてあっても、問題のある式変形や間違い例についてまでコメントがあることは少ないからである。紙面の都合、撮影の都合上、長くなり過ぎることができないという制約がある。時には式変形でさえ数行カットされてしまうことはあり、式変形の途中からだけ読んでもわからなくなっていったん保留したということが独学では出てくる。(それが独学の本来あるべき姿であって独学のよい点でもある。立ち止まりながら学習できるのが独学のよい点であり最大の強みなのだから。)

そういうことを先回りしてよくある間違い例やよくある質問をまとめた書物、別解を3種、4種と至れりつくせり解法の選択の技術向上のために書いた書物が市販されており独学者にとって大いに参考になる。あるいはまた途中の式変形をカットしないどころかやたらと細かい点まで小さな字で途中式をすべての問題の解説で何度でも繰り返し書いた参考書が出版されている。独学者が読んでわかりやすいように工夫されている。
そして周りにちょっとその都度聞けるようなコーチがいたら筋について相談できるわけだから学習の進みの効率だけはよくなる。

ただしこの効率というのがまたやっかいなもので苦もなくすっきりわかるのは一時的にはよくても、悩む回数、思考する時間、寝かせる時間が減るわけで長い目で見て思考力向上に寄与できたかといえば一概に言うことはできない。何しろ聞くというのは一見高等のようでいて、半分以上は課題点を思考することの丸投げでもあるわけで受ける側が丸投げと相談の比率を鑑みて丸投げ度の塩梅を見てただちに投げ返すくらいでないと双方にとってよろしくない。

というわけで(どういうわけで?)、独学していて困ることという大事なテーマについて書いてみむとす。ミントス。

plus 東大と京大が2020年度に始まる大学入学共通テストで導入される英語の民間検定試験について、21年2月に行われる2次試験の出願で成績の提出を必須としない方針を明らかにしたことには心底安心している。受験生一人一人の事情を考慮していること、学力は大学が個別の試験で受験生にとって公平な仕方で確かめることの2点が非常に重要なことであると考える。
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posted by ヒカリ at 05:55| Comment(0) | 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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