2013年05月05日

スピードアップのためにどうかは(176)一章いっとくぅ?

HKR花波 のたまにはどうでもいい花波詩。略して、どうかは。

章の途中まで進めるのと章の最後まで進むのでは章の最後まで進めておくのがいい。何がいいって学習の仕上がりがいい。
新幹線こまち号ラブCAT HAT HIKARIはそう思う。ヴォクがそう思って書いているだけだからどうでもいい話。それに勉強に決まった方法はない。勉強は学校に私塾に頼らず自分で必死になってやればやっただけできるようになる。


今年のテーマは時間短縮、スピードアップだったよな? な?(そうですねー)


でね、単元の問題。
1つの章は話がつながって作成されているもの。まとめて学習すれば理解も進むというもんだ。(途中でとまったら芋とつるが離れちゃうって。ん、芋と芋かな? まあ、よろしい。)


でね、栄養の問題。
たまにテキストの一番難しい応用問題や発展問題だけをとばしてテキストを終えている子がいる。
もったいない。
そこは芋味噌汁でいえば、汁だ。
栄養は底にたまっている。(いも味噌汁? かごしまかっ!)


ほんでね、時間の問題。
途中で放ったまま時間が経つと、次に始めるときに一から新しい単元をするのでなく一度前回進んだところをざっと見直す必要が生じる。
復習になっていいかもしれぬが前回まとめて終えておけばよかったところをもう一度はじめる分、余計な時間もかかる。下手すると答え合わせからきょうははじめるなんてこともある。
失敗した直後は成功率が一番上がるものなのに失敗したままどころかどこで失敗したかさえ見ないまま終わっている。
もったいない。もったいないよー。
たき火をしてるのに焼き芋を焼かなかったくらいもったいないもー。

今回途中から始めているのだから終えるときも次の章の半分くらいまでかじる、縫い方でいうところの半返し縫いのような形をとるのかと思いきや、章が終わったところで今回の勉強も終わったりしている。
これでは倍の時間がかかって大変だ。

精神的な問題。
途中になっているのは気にかかる人には気にかかる。
気にかからない人には気にかからないのだけれど。
それは芋が好きな人と好きでない人がいるのと同じようなもんだ。

計画表の問題。
1章半分→1章後半→2章習ったところまで→2章いけるところまで→2章全部ってなんだかなりゆきまかせのきまぐれになっている。
逆に1章→2章→3章と進むのは気持ちがいいもんだ。48週後にどこに到達できるかが一目でわかる。
たまに部活の休みがあれば、2章一度に進めたりなんかして。(独学独習習慣の獲得の有無を見分けるには休暇直後がちょうどいい。休暇中は周りの誰かから強制されない。そこで進んでいるのはセルフラーニングが習慣になっている証となる。セルフラーニングができる子は休みがあると勉強がよく進む。)


許されるなら章ごとに進みたい。だから章によってページ数がまちまちこまちの本は、つらい。


どうでもいい話(176の後編)に続く(←うそ)。


ほなね。

posted by ヒカリ at 05:55| どうでもいい花波詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする