2017年10月31日

新たなる挑戦 全部乗せで(1) plus 大学の指定校推薦入試今年の結果 plus 宇多田ヒカルさんくらいの英語力を

鉄人の印鑑がバシっと押せるシャチハタ印がつぶれてぷよぷよの形になったので、オスモで手書きで鉄人と書いてにゃんこの絵などを添えて作り直したヴォクです、おっ波ー。最近は季節的に今日の授業の準備にあてる時間が減っている。高校3年生が指定校推薦で学校長から大学へ推薦されるため合格となったからだ。3人とも、たまたまだが通知票がオール5だった。苦手と出会って乗り越えて苦手と向き合って逃げないで苦手と感じてもなんとかしてということだったのだろう。今年は立命館、慶應、早稲田に指定校推薦で高校から大学へと推薦された子がいてこれから会えなくなる。3人とも小学生の頃からのお付き合いだったので正直言ってこんなヴォクでも8日目の蝉みたいになる(本の題名かっ!)。蝉の抜け殻になる。それで朝起きてはじめにやること、つまりきょうの授業の準備の時間は減るので明日以降の準備をしている時間を増やしているという次第。明日以降の方は工夫に工夫を重ねる。プリントの枚数はどうしてこんなに多いのだろうと自分でも不思議でならない。とくに第一志望校不合格者のいらっしゃった例の2年を境にして以前と以降ではシステムもプリントもハードもソフトもがらっと変えた。合格のことはすぐに忘れるが不合格のことと不合格者のことは絶対に忘れない。くやしい。

でね、新しいシリーズの話。たとえ六角家がなくてもそれでもヴォクはラーメンが好き。好きだから。

めっさうまいつけ麺屋Hさんは、サイドメニューで野菜炒めも出す。それがあまりに・・・て、ヴォクは真似している。鍋もレシピも全部真似した方が絶対はやいがそれは最終手段。はじめは自己流で同じ味を再現してみたいと思っているヴォクです、こんにち波〜。で、自分で作ってもまったく同じ味にならないけどね。

勉強法、それは簡単そうで奥が深い。
苦手なことをやるのは一番きつい。ヴォクははじめてあった人に聞くことはたった1つしかない、「いま苦手に思う科目はなあに?」

小説読むのが好きでも、好きじゃない作家のを読むのは好きじゃないのと似て、たとえば運動が好きでない人が運動をがんばるとか、勉強が好きでない人が勉強をがんばるとか、サッカーが苦手な人がサッカーをがんばるとか、短距離走が苦手な人が短距離をがんばるとか、挙げたらきりがないがとにかく苦手なもんをがんばるのはかなり大変だとヴォクは思っている。

勉強が嫌いではない人でも嫌いな教科とか苦手な教科があるかということになればそりゃ、大体はあるだろうね。
ヴォクの場合は苦手な教科はあったし今でもそれはある。
仕事の必要性から結局意地でもやるけど。

たとえば苦手な科目というのは10時間やってもなかなか進まないのだ。そして得意な科目だと30分ですごく進む。(だから、ヴォクは教えることをするときは苦手な科目に焦点をあてるようにしている。進まない進まない進まない進まない進む。進まない進まない進まない進む。進まない進まない進む。だったのが、進まない進む進まない進むくらいになれば自分でなんとかできるようになる。)映画ショーシャンクの空にを観るといつもヴォクは苦手な科目を進めることを想起する。穴を掘り進む、しかも小さな道具だけでという状況は、苦手科目を進めるときとの類似性が大きすぎるよ。

結果、10時間やった苦手な科目で進んだ質と、30分やった得意な科目で進んだ質が同程度だったりする。(量はたしかに20:1のはずなのになー。)下手をすると苦手な科目の方の練習で得られるものはもっと小さいだろう。
ここだ。
5教科を課す学校を受験するのがとても大変でたとえば国立大学などを受験する困難さの最大の原因があるのは。

たとえばかばんをつくる職人さんがかばんを1人で1から10まで全部つくるとして、デザインは苦手でとか、裁縫は苦手でとか、製作の一部の工程が万一どこかだけが苦手であったとしてもなんとかしのげる程度にはするだろう。いくら下手でも苦手でも時間をかけてやればなんとか形にはできるのだから。

野球のピッチャーでもそうだがすべての球種で最高度の球が投げられる人というのはあまりいない。逆に得意の球種がキレッキレでという人の方がプロには多いような気もする。ぼーと眺めているだけなのでよくわからないが。

大学のふつうの学科の受験勉強の場合もそれににていて5教科が試験科目にあるにしてもはじめから全部順調に得意になるという人はなかなかそう多くない。
トップ校でも学年に(片手に)一握りだろう。

それでふつうの人はどうするか。
そうほとんどの人はまず自分がふつうということを認めるところから始める必要がある。やらなくてもできるなんて思っている人は気づいた時にはもうできているのであってできていないのはふつうだからだと思った方がいい。

ふつうの人はどうするのかといえばスーパー科目をつくってしのぎ科目のマイナス分を補うとか、5教科をまんべんなくやってなんとか総合点勝負に持ち込むのかなど個人に合った戦略が必要になってくる。

易しい試験の場合、5教科とも点数をとるというのが目標になる。
難しい試験の場合、スーパー科目でスコアを稼いで苦手科目ではなんとかしのぐということも戦術に入ってくる。
過去問をやることのメリットの1つがここにある。
結局必要な合格点があるとしてどういう配分を考えてやっていくのかが見えるようになる。一年分やるごとにそれはうまくなっていく。

入試制度、出題方針、傾向が過去とがらっと変わる入試年度は、過去問ではそれは練習できない。易しい試験科目では満点近くとらないと厳しくなる。よってきちんとやっておくしかない。
難しい試験では得意な人と苦手な人とであまり差がつかなくなる。
そういう場合は難しい中でもどこでどれだけとっていたかで合否が決まってくる。
入試は公平な点数だけの世界で行われているのでスコアがあるかどうかということが問題となる。

いろんな模試を受けて結果がコロコロと変わるのは出題形式と難度調整と配点が違うからだ。
自分の受験する学校がどのようなタイプの問題を出しどのような難度で出題しその中でどれで何点をとる計画なのかを設定しておくこと、それはゴール前の学習を計画的に進めるにあたって大事な点になる。

基礎をつくるときはそのような入試のことは何も考える必要がない。いつ何をやるかが標準化なんとかの(4)でも書いたが英文法を学ぶほとんどすべての人にとって山口英文法講義の実況中継という古典的な名著はおおいに有用な参考書であると思う。基礎というのは科目の土台をなす部分なのでむしろ特定の大学の入試問題を参考にしていない方が指導しやすく指導されやすいはずだ。その時期には出る出ないのことなど忘れて科目自体の知識にくいついて考えて覚えていけばよい。その時期には基礎と土台作りのことを考え、傾向も難度も気にせずただ科目の基礎を根底から身に付けることが目標となる。

入試の勉強の場合、はじまりの基礎作り期と終わり前とではやることが180度近く変わってくる。このことは入試の勉強の特徴的な点である。

話がそれたまま新しいシリーズ、略して「全部乗せで」の(1)を終えるとしよう。(つづく)

plus 一般入試組と比べて指定校推薦組の大学での成績は当たり前だが大学側は把握している。指定校推薦で推薦される方の中に優秀な方が多いことも大学側はよくわかっている。一般入試だけが大学入試ではない。大学入試の世界は推薦、一般半々という現実は知っておいて損はないと思う。
実際、英検1級を高1でとった今年の子もそうだが、指定校推薦で大学への進学を推薦されるような方は人としてもうでかいところがある。それぞれの方にすごいところがいっぱいありとてもとても書ききれない。

ヴォクは部活の後に毎晩図書館へ行き勉強をするだなんて高校生のときに到底できなかった。そんなすごい努力を三年間弱ずっと継続してほぼ毎日繰り返したわけだから大学へ推薦されるのも至極当然と思う。

何より、苦手科目を克服すべく牛歩の歩みを止めないって、なかなか真似できるもんじゃない。

plus 英語を毎日むあいにち教えているときに考えているのは宇多田ヒカルさんくらいの英語力をどうやったら日本にいながら身につけられるかということ。

イギリスでもなくニューヨークでもなくここジャパンで、宇多田ヒカルさんくらいの英語の会話力を身につけられるようになるかということだ。

そのための道はある。

ほなね。


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2017年10月21日

何をいつやるかが標準化されてしまったいまどきに(4) , オシムの言葉 plus シャチハタ オスモのはんこ

東急ハンズでセラゲルが復活していたのを発見即ゲッツ!サラサラ書ける液体ボールペンIC(アイシー)を早速お気にのペルナンブコの太い木の軸に入れてみた。新しい色3色もおもしろい色だね。万年筆みたいな書き味にヌラヌラしているヴォクです、おっ波〜。

合格体験記などを読んでみればただちに次のことに気がつくだろう。
みなが同じような参考書をやっているなと。

具体的に書名を出すのはどうかとも思うが、書いてしまおう。
ここ足音(以前は「花の匂い」その前は「せるふすたでぃ☆ネット☆」というブログ名だった、足音は三代目なんです、ええ。はじめはミスチルの曲名じゃなかったんだね)でその書名のことは最低10回は書いたことがあるはずだ。
英語は受験教科として勉強をやる人が多いので国語社会理科数学以上に多くの人の共通部分が大きい。だから英語の参考書のひとつを例にとる。

話は『英文解釈教室』のことだ。教員免許をとるときに多くの方がやっていたことを聞いたことがある。教員が学生だった頃に自らがやった参考書ということもあるだろう。この本の英語の学習法、指導法に関して賛否両論あるということは結局この参考書の持つエネルギーがとてつもなくでかいということだ。ヴォク個人のことを言っても仕方がないが、少なくともヴォクは受験生である年齢までに24周以上正編(当時はハードカバーで入門編も基礎編もなかった、5冊以上同じ参考書を持っていてライン引く用、音読用、索引用、単語の意味書き込み用などと分けてつかっていた。1冊のほかはE君など先輩からのもらいものだった。)を読み、もちろん英文法教室、長文読解教室、英語要旨大意問題演習(これもまた英文要約のある東大の受験生の多くがやっていた)、テーマ別読解など入手できる参考書はすべて読み、「700選」は全文暗唱した。中でも英語構文詳解と英文法教室の2冊には他のどの参考書ともかぶらない項立て(体系や解釈には「比較」は扱いがなかった)があり、解釈教室と合わせての3部作(教室3部作ではなく!)がヴォクにとっては英語のすべての領域を覆う体系になっていた。

その後大学に入学以降も入門編、基礎編、英文法のナビゲーター、ビジュアル英文解釈、ルールとパターン、そして幻の処女作・・・、あらゆる参考書は入手して繰り返し何度も読んだ。読むのがもったいないとまで思うような気持ちだった。できるだけゆっくり読もうとしてきた。正編以外を何回読んだのかと数え切ることは正編の他にはあまり印をしていないから無理だが、解釈教室にあったことば、「血肉化」するまでという著者のことばを実行することしか考えられなかった。

英文解釈教室は何度読んでも解説に深みがあって、学びがあるのだ。(あくまでヴォクの意見だが)伊藤和夫の解説文を読むこと自体が英語的思考法や論理的な思考法を学習、習得することにつながっている。なぜなら伊藤和夫の解説文が意図的にそのような思考法に基づいて厳密に書かれており、読めば文体の面や思考法にまで影響を及ぼしてくるからである。『新英文解釈体系』と違って陽の目を見た『英文解釈教室』は哲学書と変わらぬ緻密さで英文解釈の体系を見事に描き、受験英語は伊藤和夫英語以前以後にわかれると言われるまでの時代を築いた参考書である。ビートルズと伊藤和夫がヴォクにとっては同じ英語のヒーローだった。

はじめは英語を読むということがしたくて読んでいたはずが途中から伊藤和夫が何を伝えようとしているのかが知りたくて読むというような姿勢に変わってゆく。英文はもはや全文ヴォクの頭の中に暗記されており、読み進める際に解説の流れも予測しているし全く同じ解説をつけることさえできる。英文だけを読んで復習が可能な最終段階にきているはずが、いざ解説文を読み返すとそれでも何かしらの発見がまだあったりする。

後日講義を勉強のため映像を聴きに行ったことがあるが、参考書に声がついただけのようで驚きの連続だった。まさか話すときまでここまで計画的論理的厳密とは思いもよらなかったからだ。伊藤和夫の伝えたいことは参考書の中にすべて書かれていたので講義を受けてはじめて知ったということは数えるほどしかなかった。しかしその話しぶり自体から多くのことを感じ学んだ。他の教科も多くの先生の講義を受けた。自分の受験の前にそのような講義を受けたらよかったのではないかと思われそうだが、そうでもない。独学してみないと独学のよさがわからないという面は大きい。独学(と言っても本を読んで勉強するだけだが)には独学のよさがあり、コーチにつくのにはそのよさがあり、講義を受けるのにはそれのよさがある。そのうちのどれかでなければならないというものではないしそれらの複合体の中に自分の勉強、自分の練習があってもいい。

書評を書いているのではなかった。
そう、コースとして、伊藤和夫の参考書をやる、というのはあまりにスタンダードで、ある意味あまりに凡庸な受験勉強コースになっているのだ。ミスチルの「足音」の歌詞にあるような足もとが見えにくい道ではない、舗装された王道になっている。

受験生がその本をやることにはいささかの新鮮さや珍しさもないがそのやり込み具合には僅差大差深さの差が大きいのであって、ただきちんと取り組むならば英語の実力が驚くほどつくのである。

話は英語のこの参考書のことだけではない。
名著や王道と呼ばれるルートは各科目において存在しており、そんなにポピュラーな王道で構わないというのであれば離れ小島の学生から東京都の神田の学生までだれでもこれらの本で英語やその科目を学ぶことができる。書名なら何もヴォクがいちいちとりあげなくとも、知らない受験生を探す方が難しいというくらいにだれでもやっているような名著なので他の科目の参考書問題集の名をこの記事に中に書くのはやめておくことにする。独学図書はこれまで119記事くらい書いていると思うが、120番目からは『英文解釈教室入門編』(高校1年生の英語で、「直説法か仮定法か」などの「文法上の区別を手がかりにして英文の構造に切りこむ」(原文ママ)ことを第1の目的に編まれている)、『英文解釈教室基礎編』(高校2年生の英語)、『ビジュアル英文解釈』について書いてみたい。

ひょっとして伊藤和夫をいま知ったという方がいれば後ほど入門編を読み終えた後に、ヴォクが次に書く「英文解釈教室入門編のマッスグ」という題の記事をあとから読んで読後の感想などを比べていただけたらこれさいわい。他の教科の参考書についてもアマゾンでしか書いていないものがいっぱいになってきたのでこっちにも書こうと思っている。なんで? なんでと言われても〜。
2つ3つの場所に書いた方が感想文が消えにくいかなー、って。ペンで原稿用紙に書いているものでないからさ。現に、10年くらい前に「セルフラーニングアシストブログ」という名のブログに書いていた本の感想文は短い文章達ではあったが全部消えてしまった。たしかエロコメントがいっぱい入って全削除をしているか何かの際に誤って記事を全部消したのだったかな。こういうのってやったあとなんで早まったのかと思うもんだ。以前Gmailの受信メールを7年前くらいに全削除したことがあるのだが受信フォルダにあるはずのファイルや文章が見られなくて後悔したものだ。以降、全消去はヴォクの中でしないことを方針にしている。(消えたあとでは遅いけどね)

この話は一度終わる前だがあの方の書かれたブログ記事「伊藤和夫だけは通らないで英語が出来るようにならないだろうか。」なども大変興味深く拝読させていただいた。王道があるということは王道でない道も確かにあるということを意味する。そして相性はいつだって大切なのだと思う。

ヴォクは王道を進むのを薦めたくてこの話を書いているわけではない。たとえば数学の王道もあれば物理の王道も化学の王道も、いろんな教科で王道(とされるような)大きな通りはある。
王道が嫌いな人だっているし小道を好んで選びたい人だっているだろう。
人混みがきらいな人だっているだろう。
どんな道だって歩いてみないとわからないもんだ。
歩いてみてから考える。
考える前に歩く。

そう、はじめに王道を歩いてみて、一度立ち止まって考えてみるのもいいのかもしれない。
王道はまっすぐに伸びているから多くの人をひきつけてきたのだと思う。王道にノンを唱えるのだっていいと思うが王道をまっすぐに受け入れてみるのだっていいと思う。大切なことは選んだ道をしっかり歩いてみるということだ。
一歩一歩しっかり歩んでみたい、まっすぐに歩んでみたいという思いで書いてみた。

さらに、スタディサプリなど、各種動画授業も安定化しているサービスが多い。ネットのおかげで誰でもよい映像授業を安価で受けられる時代の幕開けになっている。
この上、通信費がおさえられれば、学生にとっての学習環境の整備が進んでいくことになる。

通信革命の恩恵の一つがここにある。それについては次で書いてみよう。



(つづく)
plus 『オシムの言葉』
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(引用)「彼に教われば若い選手はすごく伸びる。ただ、とても厳しい監督で、とにかく走らせる。」(終わり)

はじめて読んでいるとき何度思ったことだろう。ここにもコーチえのもとがいると。

(引用)ある日、オシムは突然言った。「今日はフルコートで3対3をやれ」(終わり)

おもしろい本だ。

plus テスト勉強をしている塾生が歴史の参考書に書いていたプレイカラードット。おもしろいものが書けるのだなー。めっさ欲しい。ということでぶんぐまると、そごうに入っているロフトに行く。SAKURA craft_lab の真鍮のボールペンもよかった。ロフトに特設コーナーがあって試し書きできた。真鍮には目がないので早速プレイカラードットとあわせてひとつずつをゲッツ。大切に育てよっと。

限定のシルバーもいいし全面真鍮もいいしめっさ迷った。シルバーの方も定番にしたほうがいいのではないかな。ついでにチタンも出すといい気がするがエイジングがないのではコンセプトが変わってくるのだろうか。

真鍮のペンは古いのを何十本か持っている。木軸ペンも金具部分は真鍮のものが多い。いい感じに酸化する。たまにクロスで磨くとピカピカの金色に戻ってしまうのもまたおもしろい。せっかく育てたキャラがセーブミスでいなくなってしまうときの気持ちになれるんだよ。(いや よぐわがんねがらっ!)

今回は迷った挙句買わなかったが大人のクーピーはめっさ書きやすかった。軽いし書きやすいしペンを繰り出すところの持ち手がまわしにくくてかわいいしでさいこーだ。オレンジが出たら買おう。それまではいただいたパンフレットのすてきな写真を眺めて妄想しよう。
さくらということで進学祝、就職祝などにはこういったお品を添えるのもいいかなー、って。ほなね。

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plus いつもの文房具屋でシャチハタ オスモ のはんこをいろいろつくった。
手書きで書いた文字がシャチハタ印として1分も待たずに出てくる。
めっさ楽しい。








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2017年10月08日

何をいつやるかが標準化されてしまったいまどきに(3) ,イチローの育て方 plus ユニボールシグノ48色

ある意味万年筆以上に筆のような書き味描線幅がかわる「ユニボールエア」が愛おしいヴォクです、おっ波〜。

野球で言えばバッティングでいくつかありえる打法のなかから先達の少ない(かつてのイチロー選手の)振り子打法や落合博満の神主打法などをコーチの指導もなしに独自ではじめから選ぶのは標準化された王道の中のコースを選んではいないことになるのであとで書くことにする。この打法で成果をあげるとはたから見ればまるで生まれつきの天才であるかのように見えてしまうが実際にはそれなりの原因がありえる(河村コーチのいうところの「宝石」ではなく「原石」)。このことについては(6)以降で書くことにする。コーチえのもとのしてくれた話の中でも書いたが天才に見える人の練習法についてはいつも考えていることがいくつかあるので書いておきたい。

話を戻して、ここで、あくまで王道の中のコースの中から自分のコースを選ぶ場合に、どのコースにも先人、先達、過去の入試で合格、不合格した先輩がたの多数の見本がある。受験勉強の場合は目標がスコアだということもコースのつくりを単純なものにしている。受験の場合には正解のはじめからある問題だけを解いているのであって、たとえば恋ダンスの踊りを審査員が審査するときとは点数のつけ方がまるで異なる。

王道のコースはたしかに目の前にある。そのうちどれが自分に合っているのかを探すのはやさしいことではない。

たまたま自分で選んだコースが今の自分に合っているとしたら幸運だが、一番合うのかどうかはすべて試してみないと本来は比較することさえできない。

同時期に数種類のコースを走ることは物理上不可能だ。
パーマンのコピーロボットがいて2つのコースを同時に試すときに初めてコース選択の比較が可能になる。そうでなければ同時に試すことからしてそもそも不可能ということになる。

そこでコーチの目が必要になるのだ。自分の癖は自分だけでは比べられない。外から見ている人には横や過去の体験者との比較の視点が存在する。様子をじっくり客観的に眺める、見ることができるのがコーチの目というものだ。

試走をちょっと自分で短時間してみるだけでは得られにくい広がりのある目でコーチは受験生を眺めている。人に意見されるのが好きではないという人は、あくまで試してみるというのをたくさんいろいろ試すことをしたらいい。
ただしその場合には合うコースを見つけるまでにときに時間がかかる場合が生じてしまう。
それでも他人のアドバイスでコースを決めるなんてとんでもない、自分の人生なのだ。
自分のことは自分で決めるという考え方もありだと思う。

それはそうなのだが、試し走りで感触がすぐに得られる場合はそうなのだが、試し走りで選びとったコースは実際には自分にはあっていなかったと自分で決め、もし後から違うやり方のコースに変える場合には時間的ロス、コストがかさむことが生じることになる。

標準的なコースを選んでいるのならば、自分の進んでいるコースでの学習法勉強法がどう見えるのか人に聞くのは役に立つ。自分の選んだやり方や練習メニュー練習法は自分に合っているものなのか聞くのは勇気がいるものだが、コーチ的な存在の人がいるのなら聞いてみるのも悪くないだろう。

(つづく)

参考文献
『イチローの育て方』(河村健一郎)
落合博満 アドバイス―――指導者に明かす野球の本質』
『バケる人に育てる』(平井伯昌)
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35p イチローの視線がこっちに向く前に、私は気がつかないふりをしてパッとほかの選手のバッティングに目を移すようにしていました。

p.43 って聞いたら、「母がつくるカレーライスっすね」と言うんです。

p.64 と最後通牒のような言い方で迫られたので、彼はキッパリ、「自分のやり方でやらせてください」と言ったようです。そうしたらすぐ二軍落ちしたというのです。

p.74 ちなみに私とイチローのあいだでは、この打法を「一本足」と呼んでいました。

ヴォクにとってこの本は宝石。

plus 慶應大学に進んだTさんが会いに来てくれ、ペンをいただいた。ヴォクが毎日使っているsignoだが48色セットは持っていなかった。めっさうれしい。
黒、ブラウンブラック、ダークグレー、グレー、ブラウン、カーキ、ベージュ、 イエロー、ゴールデンイエロー、オレンジ、マンダリンオレンジ、ライトピンク、 ピンク、ピュアピンク、ベビーピンク、赤、ボルドーブラック、ライラック、 パープル、紫、ラベンダーブラック、ブルーブラック、プルシアンブルー、青、 ライトブルー、スカイブルー、ブルーグリーン、グリーンブラック、緑、エメラルド、ライムグリーン、アップルグリーン、メタリックグリーン、メタリックブルー、メタリックバイオレット、メタリックピンク、 メタリックブロンズ、メタリックレッド、メタリックゴールド、メタリックシルバー、パステルグリーン、パステルブルー、パステルバイオレット、パステルピンク、 パステルレッド、パステルオレンジ、パステルイエロー、ホワイト。

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早速好きな色をつけてみた。
ほなね。




posted by ヒカリ at 23:20| Comment(0) | 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何をいつやるかが標準化されてしまったいまどきに(2) ,バケる人に育てる plus 折れないシャーペンと60種類のリフィルに対応したペンORBIT Alpha

学習の進め方に疑問を持とうが持つまいが決まった標準的なコースの真ん中をまっすぐ走り抜けることができる、ある意味素直な人は強い。
コースが間違っていない以上、グループだろうが個別だろうが、独学だろうが、まっすぐ一直線に走れたら、速い。

自分の色を出したい、アレンジしたい、自分のやり方でやりたい、人と同じことは好きでないという人は、とことん自分流を貫くしかなくなってくる。周りのほとんどみなが同じような参考書問題集を使う中でそれらを確実に避けて進むことは可能ではあるが、新しい道は先達も少なくペースメーカーもいなくなる。

マラソンで言えばグループから離れ自分1人で走るようなものだ。ただただ著者の声と自分の内なる声だけを頼りに進むレースになる。

なにしろこれだけ情報開示された標準的なコースがある場合に、まっすぐ最短距離のコースは高い確率でそれらの標準的なコースの方であって、他のコースは変形コースになっているのだから。

ダンスの表現、歌の表現、映画での演技のように味というものが優位に働くような要素は受験勉強の世界には少ない。artはartでも受験勉強のartの意味は技術の意味の方であって芸術の方ではありえない。

こうやれば必ずできるようになるという道は未知のコースとしてはほんのわずかに開かれているかもしれないが、99パーセントを占める王道は標準化され舗装された真ん中のコースにしかなくなっている。

しかし、王道にもいくつかのルートはある。
どれもたしかにまっすぐなコースなのだが性質や種類の異なるコースに分かれており、受験生はいくつかのコースの中でどのコースを走りたいのかを選択できるようになっている。100m走のように自分のセパレートコースがあらかじめ決まっているわけではなくどの最短コースを選ぶかは自由に解放されているのだ。

途中でコースを選びなおすことすら可能である。接続という業界用語があり、あるコースから別のあるコースへ接続する場合は相性がいい悪いなどのルート議論がある。

それぞれのコースの特徴や相性、コストさえも情報は多かれ少なかれネットの中で行き渡り、選択やコース変更がしやすいように情報化されているのがいまどきの特徴であると言える。

(つづく)
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p.60 優秀な人ほど、横を見る癖があるようです。人との比較といった相対値で判断しがちになり、自分自身の可能性という絶対値に気づかなくなることもあるのです。

p.74 「康介、予定どおりにトレーニングをしてたら間に合わない。おまえには悪いが、大幅にやり方を変更して、強化期間も延長するぞ。」・・・(略)・・・「先生に任せます」とだけ言いました。

ヴォクにとって宝石の本。

plus 芯をバキバキ折りながら書く子がいた。筆のようにしなって折れないシャーペンDelGuardを勧めた。折って芯を繰り出してというのはまったくもって無駄な時間。受験生がそんなシャーペンを使うことは自分から試験の制限時間を5分短くするようなもの。

芯を繰り出さなくても書けるシャーペン(自動繰り出し、オートマック、自動芯出しオレンズネロ)、折れないシャーペンが各種売られている。

ヴォクの文字を書きまくる花波シャーペンも。実用の方、急いで文字をいっぱい書く方はデルガードで軸だけペルナンブコやハワイアンコアの木にしている。やはり手にずっと触れる部分は木がいい。デルガードの芯は0.3でも折れない。0.7の書きやすさは別格。実用のために使っているはずが、ネコver.、出川学園ver.、くまver. 、いぬver. 、うさぎver.、ねずみver.などいろいろ持ってる。キー坊ver.をはよだしてケロ。キン肉マン消しゴム以降、収集癖が(なみだ)。メタリックに金に銀、いろいろ発売されてもめっさ困る(手を伸ばしながら)。

シャーペンを選ぶ基準、作る基準は2、3時間書いても疲れない軽さ、芯が折れないことの2点においている。

一方ペンの基準は、軸がぶれないこと、軽いこと、木軸がいい筆記音を奏でることの3点においている。万年筆などはとくにそうだが、よいペンは書くときによい音を発する。

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リフィル交換型のペンで今年最もうれしかった(もう過去形?)のはなんといってもウインテックのリフィル自在型クリエイティブペンだ。アルミニウム軸は軽く描きやすい。真鍮製とチタン製も出して欲しいな。
国内外の60種類以上のリフィルに対応している。
大学を出た頃、なんかシャキッとしたくてゼロハリのカバンやオメガの時計スピマスとかに凝っていた宇宙っぽい時期がヴォクにはあった。そんなときにこのペンと出会っていたらきっとすぐに飛びついていただろう(いまでも飛びついたけど)。なんといっても内部の特殊構造には感動した。どんなリフィルでも使えそうだよ。

ほなね。

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何をいつやるかが標準化されてしまったいまどきに(1) ,アドバイス―――指導者に明かす野球の本質

たとえばー、あくまで例えばだが人気のレシピというものがあってしっかり真似したらそれなりにうまい料理ができるかもしれない。
ネットで検索して人気のあるメニューがあったとして真似してみたらそこそこマイウーな料理になるかもしれない。

勉強するときにどんな段階で何の参考書を使ってというのも、料理のレシピみたいにパターン化されたコース(みたいなもの)が存在しているのか否か。どっちなんだい、ということについてちょっと考えていることを書いてみたい。書いてみたいから書いている。

たまに、あくまでたまにご質問をいただく。本人に任せて放置するのがよいのか、管理した方がよいのかと。
子どものうちは管理が必要な面も多いと思う。トップ校でも管理型指導でもなんとかなるだろうし、放任型の指導でもなんとかなるだろう。

高校生になると学習内容の面で5教科7科目入試の難関受験となればやることが中学の6倍程度にはなるので管理するとなるとしても大変になる。そもそも高校生本人が管理を嫌う場合もあるだろうし逆に管理されるのを好む場合もあるだろう。

ここで、管理か放任か1つのやり方しかないと考えるのは難しくなると思う。個性と言ってしまえばそれまでだがやはり人によって時期によってどうやったら今伸びて受験に間に合っていくかというのは個人差時期差が大きい。様子を見て心技体を見ながら指導できるのが環境としては望ましいと思う。

学校には教科書があり問題集があり授業がある。それらをただしっかりやるだけで難関突破できるかと考えると、なかなか難しい。
過去問30年分程度をどう解くのか、未習得の必要な技術をどんな問題演習を通して身につけたらいいのか、その部分は指導経験がある人に進捗や成果を見てもらうといいと思う。ちょうどピアノの先生や運転の先生が見極めをするように、要素ごと、ステージごとに具体的な何かの要素を確認することはコーチ、講師の最も得意とする仕事なのだから。かたや全体を見ること、全教科を眺めること、教室にいない時間を眺めようとすること、そこはコーチ、講師でも苦労するところである。

マラソンには途中まで並走するペースメーカーがいると思う。いまは受験戦略、学習戦術もネットにあふれてはおり、スタンダードとされる(ような)練習メニューを見ることはしやすい時代になっている。つまり学習者はペースメーカーの走りがどのようなものなのかについては相当の知識を得ることがしやすい時代になっている。

本当によい計画がある場合に、それを実施する、問題演習を進める、覚えるべきことを覚え込んでいくということができれば力はついていく。では本当によい計画はどこにあるのか。

ネットが発達していなかった時代には、どういう参考書問題集を選ぶかも含め学習の組み立ても自分で考える人が多かったはずだ。何の本をやればいいかの標準的な解や多数派的な解というものが今ほどなかったはずだ。どういう参考書や問題集を選ぶのかを考えるところから独学がはじまっていた、よい本を探すのも実力のうちというのが昔の独学のあり方だった。

しかし今は違う。
受験戦略の本が多くあり、ネットにも合格体験談などが多数ある。多数派、個性派、自分に似た環境の人のやり方など多くの勉強法に触れることができるようになった。受験勉強のスタンダードな並走者が見つけやすくなっている。

最近はヴォクは回答していないがYahoo!知恵袋もある。どうしたらいいかたくさんのアドバイスまで無料ですぐにもらえる。掲示板というものもある。書評なども多くのコメントを読めるようになっている。

(つづく)
参考文献
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plus iOS11でめっさうれしかった機能は、画面収録。
自分の画面を写真としてキャプチャーできる機能はこれまでもあり便利だったわけだが、アプリなしの単体で携帯画面の動画をとれるようになったことは非常に大きい。解説なんかもいくつも画面をビフォーアフターで撮りなおししなくても手書きするところを動画にとってそのまま送ればいいということになる。

youtubeの動画がおもしろいことのポイントのひとつも動画収録(画面収録)にある。
いやー、この機能がポンとボタンひとつでつかえるなんて!!
長嶋茂雄さんの言うところの、360度の大改良です、ええ。
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2017年10月01日

コーチえのもとのしてくれた話(8) 「優勝を日々意識する」plus 高地トレーニング plus 記述式試験と選択式試験

おまえたちは優勝を狙って練習して優勝をした。
2番手から5番手まで力の差がないからBチームも強くするようにいい選手をBに入れた。
Bは優勝ではなかったがBのメンバーがAにいたらそれでも優勝したと思ってもよかど。

Aには一番手の天才がおるからAの二番手三番手は誰が入っても大丈夫だったわけだから。
AとかBとかは一番手以外は俺が勝手に分けてるだけだから勘違いするな。
実力は変わらんど。練習しているからよそのチームには負けないけどまーたいしてうまくない。
少しだけ敵よりはうまいちゅー程度だな。未経験者の俺と変わらんうまさだ。
わかったか。

はい。(返事しないと説教追加30分が確定し食事が遅くなるのでタイミングよくチームが返事をする。)

優勝して見えることがあるとわいが言ったのは見えたか?

沈黙

ふー。(タバコをふかしながら)。
お前たちが30歳になったらわかっど。

優勝するには練習を全部したのよ。
県内の天気はどこの学校でもたいしてかわらんだろう?
晴れの日の明るい時間も変わらんだろう?
テニスコートは3面あって不足もない。
水たまりもできないふつうの土で問題ない。
俺がここにきたときは俺の座るところもなかったけど
いまは木のベンチもおいたしタバコの灰皿もおいたから居心地も問題なかど。

あとは全部をテニスに集中させたかで決まるわけよ。
ボール出しはすばやく選手は回転しながら球数をかせぐ。
100打つより200打つ方がうまくなるにきまっとる。
ちょうど足が絡まってもういごけん(動けない)というくらいのときに太陽が沈む、ちょうどよかどが。

plus 高密度の練習をするため受験生は高地トレーニングをしている。
普段の3倍の圧縮率で負荷のある問題を解いている。
33パーセントの得点とると本番80点になるような設定で問題を配分し作成している。

結局毎回のように30パーセントを下回り毎回ほぼ全問を復習することになる。
これにより濃度があがって良質な問題粒子とぶつかる確率が3倍になる。

解いている最中はまるで達成感がないがトレーニングが終わるごとに実力がつく、というところを狙っている。

plus
入試や模試には2種類がある。記述式試験とマーク式あるいは選択式試験である。
前者は理由を尋ねることが中心となる試験で日常からなぜなぜを考えている人が高得点となる。
後者は知識を尋ねることが中心となる試験で多くのことを知っている方が高得点となる。
記述式の対策をするというのは、だから、本来はナンセンスな話で、初めから因果関係を重視して考える学習をしていれば対策はする必要がなくなる。

知識を多く尋ねる場合も同様で覚えるべきことが多くあっても類型化し型を抑えておけば個別に覚えておかねばならないことの数は少なくなる。よい問題になるほど体系化されたことの部分を尋ねる。
同じような考え方や反応パターンをまとめておけば多くのことを個別に覚えておくことの必要がなくなる。

模試や入試ではそれらのことを意識して日頃から因果関係や類型化するような学習を取り入れておくのが一番の準備にもなる。 ほなね。




posted by ヒカリ at 05:49| Comment(0) | コーチ・えのもと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする